四十話:神秘的な世界の中で
「──もう、知ってるだろ?」
それが、彼の最期の言葉だった。
全ての力を失ったように、仰向けに倒れ込んだ彼。
薄らと張ったお湯が、どんどん朱く染まっていく。
「シンッ!」
少女が慌てて彼の心臓を確認するが、動いているはずがない。
雪風の刀が突き刺さっていた箇所から溢れる血の量が、その重症さを物語っていた。
貫通だ。心臓を寸分違わず貫き、背中まで貫通したのだ。
たとえ彼が、シン・ゼロワンがどんなに強力な魔術師だろうと、人である以上心臓を失えば死ぬ。
彼女が、呆然と彼の頰に手を伸ばす雪風が、シンを殺したのだ。
「…………」
彼女が人を殺したのは、何もこれが初めてではない。シン・ゼロワンだってそうだ、暁月紫苑だってそうだ。
戦場に身を置く時間が長ければ長いほど、人を傷付けた回数も多い。
その点で言えば、雪風はシンに匹敵する、いやそれ以上の時間を戦場に置いていた。
「雪風を殺そうとしていた、正神教徒……。何回も、何人も殺したのに……何故です?」
雪風の胸に押し寄せる感情の波は、彼女が初めて感じるものだった。
帰ってこない『おかーさん』を心配して、家から出た途端、火のついた矢によって足を射抜かれ、無意識に返り討ちにした時も。
逃げて逃げて遂には迷宮の最深部に追い詰められて、訳も分からず追手を殺した時も。
──こんな思いは抱かなかった。
「雪風は……分からない。雪風は、殺戮マシーン。雪風は、シンを殺して死ぬつもりだった……! なのに、なんでこの瞬間が来てこんなに胸が苦しいのです……!? 雪風は……、分からないのです!」
最初から、悪い予感はしていた。
彼女が頭様と呼ぶ少女──つまり咲耶に頼まれた時、殺すなという話だったが、雪風は正直無理だと思っていた。
雪風は、やりすぎてしまうのだ。何故かは分からない。ただ、気付いたら自分を殺そうとする刺客を返り討ちにしてしまっているのだ。
「殺戮マシーンが殺さないで決着を着けるのんて、無理、なのです」
殺戮マシーンと呼ばれたのは、いつの頃からだったか。
雪風に腕を取られ絶命する正神教徒が最期の言葉に選んだのが、「愛することのない殺戮マシーンめ!」であった。
その頃から、雪風は正神教徒に対してそう名乗るようになり、正神教内では、殺戮マシーンと言えば雪風を表す言葉になった。
「…………」
体育座りで座る雪風は、ギュッと見に纏うローブを引き寄せた。
ローブからは、シンの匂いがした。
そして、雪風はシンの最期の言葉について考える。
「雪風は、何も知らないです」
生き方なんて、自分を狙う人間を殺す事しか知らない。
何故、殺しただけなのにこんなにも胸が痛むのか、雪風には少しの予想も立てられなかった。
「…………結界が……」
あの白い世界はなく、一面は土色になっていた。
結界が破れた瞬間に生まれる光の粒子が、幻想的に地下の空洞を彩った。
「罪人の雪風は、ここで死ぬのがお似合いです。ですが……シンと一緒に死ねるのなら、それも良いかもしれないですね」
シンの死体の隣に仰向けに寝転び、シンの心臓を貫いた刀、その切っ先を自身の胸に当て、そっと目を瞑った。
刀についた血が、雪風の白い綺麗な肌をゆっくりと伝う。
「ごめんなさいです、シン」
そして、力を込め────
「謝るならさ、そもそもしないで欲しいかな」
「……へ…………?」
あり得ない声が聞こえ、思わず目を開けた雪風。
彼女の視線の先では、
「……シン…………?」
雪風が自害しないように刀の柄を握る男──シン・ゼロワンが苦笑していた。
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