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三十六話:決戦直前

 

「ハァァァァッ!!」


 木の幹を蹴ったエストロ先輩が、弾丸のように迫ってくる。

 その手に持つ刃が、木漏れ日を反射しまるで聖剣にように光って見えた。

 だが…………


「……お疲れ様でした」


 師匠から借り受けた杖が、エストロ先輩の首裏を軽く突く。

 魔法でも槍術でも棒術でもない、ただすれ違いざまに後ろを見ないで放った突きだ。


「…………」


 だが、既に限界に達していたエストロ先輩の身体は、その突きだけで最後の力を失った。

 刺さるほど鋭い闘気が、一瞬で霧散する。


「っと、危ない危ない」


 振り向き、意識を失っせいで空中から落ちていくエストロ先輩を慌てて支えた。

 〈飛翔〉とか〈浮遊〉は使わず、脚力だけで空を飛び空中戦をしていたことからも分かるように、エストロ先輩の実力は高い。

 だけど、魔法なしで空を飛ぶ奴は少し考えれば少なくともパッと五人ほど思い付く。だから、俺の知る人間の中では、エストロ先輩は相対的に普通の実力になってしまった。

 それでも、アイリス会長と一緒に相手とるのは難しかったかも知れない。紫苑を連れてきて良かった。


「…………ついに、ここまで来たのか……」


 俺は、空中でエストロ先輩を背負いながら、感慨深いものを感じていた。

 というのも、小さい頃の俺ではエストロ先輩に敵うことはなかったのだ。実際にやり合ったわけじゃないが、戦えば確実に負けていただろう。

 そんなエストロ先輩を、一対一で下すことができた。それは、俺が昔より成長していることを示している。


「そらちも終わりましたか!」


 エストロ先輩を背負った状態で地面に着地すると、紫苑がパタパタという擬音が聞こえてそうな感じで走り寄ってくる。

 ちなみに、紫苑の浮遊方法は俺も初めて見た。木を蹴るとかではなく、フワフワと浮いていたのだ。魔力を感じなかったから、多分魔法ではないけど……。


「? どうしました?」

「い、いや、それよりこの二人を縛って保護しておこう」

「縛る……でござる?」

「ああ、もしもう一度操られたとしても、縛っておけば障害にはならないだろ? アイリス会長は魔力を使い果たしたし」

「では、拙者は取り掛かるでござる」

「ああ、紫苑は縛っておいてくれ。俺はエミリアたちに連絡する」


 〈ストレージ〉から取り出した縄を紫苑に渡し、俺はエミリアに向けて念話石を使った。

 幸い、念話はすぐに繋がった。


「もしもしエミリア?」

『あ、シン! 終わったんだね!』

「ああ、そっちは何事もなかったか?」

『うんっ、今スーピルさんが綿飴を配って歩いているとこ』

「…………へー、それは面白…………いや何やってんの?」

『あ、あはは……。でも、本当にこっちは何もないから、安心して。それよりシン、これからどうするの?』

「ああ、その事なんだが……」


 俺は、エミリアに自分の考えを説明した。


『そっか…………シンは、やっぱり一人で行くんだ』

「……ああ。本当は、俺じゃなくてグラムや紫苑の方が良いけど……」


 チラリと、紫苑を見る。

 忍び装束は破損が激しく、所々に穴が開いて肌が見えてしまっている。戦闘衣装というよりも、男を喜ばせる衣装に見える。

 この場に俺しかいないからか、それともさっきまで戦闘中だったからか、紫苑があまりに気にしていないのはありがたいな。


「多分、今からグラムを呼んでも間に合わないと思う」

『……うん。そうだね、それに、私はたとえ間に合うとしても、シンが行った方が良いと思う』

「俺が?」


 俺なんかよりも友達である紫苑やグラムが戦った方が、雪風の心にも響くと思うのだが……。


『そうだよ。だってパートナーなんでしょ? パートナーが悪いことしてるなら、シンがそれを叱ってあげなきゃ』

「…………」


 それを聞いて、自然と、笑みが溢れた。

 なんというか、『叱ってあげなきゃ』と言うのがエミリアらしい。

 エストロ先輩以上の死闘になるだろう、雪風との戦闘。それを、『叱る』の一言で表してしまうのだ。

 緊張で硬くなった頬が緩んで、口角が上がってしまうのも仕方がない。


「ああ、そうだな。悪い子にはお仕置きしなきゃいけないもんな」

『そうそう。悪いことしたらお尻を叩かれるんだから。……あ、でも本当にお尻を叩いちゃ駄目よ? グラムちゃんみたいだったら困るから』

「いや、ケツを叩かれて契約するような精霊は流石にいないだろ……」

『ふふ、冗談だって。どう、緊張も取れた?』

「っ……。……ああ、バッチリだエミリア、サンキューな」


 そっか………そうだよな。

 雪風がどうしてこんなことをするのかは分からないが、どんな理由だろうと俺はそれを止める。

 雪風が、こんなことをするはずがないのだ。少なくとも俺はそう信じているし、雪風を信頼している。


「よしっ! これを貸すから上に着ろ紫苑。俺はお客さんを迎える準備をする!」

「ふえっ!?」


 俺は〈ストレージ〉からマントを取り出して紫苑の方にかけてやり、頭に手を置いて髪をわしゃわしゃする。

 綺麗な長い黒髪が俺のせいでグチャグチャになったが、紫苑はポカンと惚けていて何も言わない。

 ……あれ? 俺の予想では『了解にござる! 拙者、ここから御武運を祈っておりまする!』とか言われると思ったんだけど……。


「……あ、あひゃまを……そ、そんな……」

「あの……紫苑さん?」

「ひゃい! なんでしょう!」

「えっと…………これを上に着てれば、その服も見られないから…………」


 しどろもどろになる俺。

 今になって思えば、これってまるで紫苑からの『いってらっしゃい』が欲しいように見えるよな?

 何も言わずに立ち去らず、わざわざ今から行ってきますと言うのだ。普通に恥ずかしい。


「え? あ……すみませぬ……」

「お、おう?」


 だが紫苑は、心ここに在らずと言うか、髪の毛に手を当ててキョトンとしている。


「…………あの、俺は行くから。だから、その、気を付けろよ?」

「はい…………」


 頭頂部に手をやり、頬を微かに赤らめる紫苑。

 その仕草に少しドキドキしながらも、俺は近くの木の枝に飛び移った。

 王都方面から、大きな魔力を感じたのだ。移動スピードと反応の大きさから考えて、確実に雪風だろう。

 賢狼という可能性もあるが、俺たちが今いる所は森でもかなり浅い場所。整備された道もある、散歩とかにも使われるような場所だ。

 だから、王都方面には森ではなく草原が広がっている。賢狼がそんな場所にいるわけがない。


『行ってらっしゃい、シン』

「が、頑張ってくだされ……シン殿」


 俺は二人に送られて、雪風の元へ走り出した。


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