三十五話:古典的な悪戯
──雪風が、犯人?
考えもしなかった容疑者の名前を出されて、俺は慌てる。
「いやっ! えっ!? 雪風が!? な、何を根拠に!」
『見たからね』
「見たって……何を……?」
『彼女の本質を』
「ッ────!」
スーピルが、見た。それはつまり……
「『精霊の目』……」
『そゆこと〜。上手く隠してたけど、私の目には筒抜けだね! 年齢からスリーサイズまでなんでもござれだよ! 今なら初回無料で教えちゃう!』
──『精霊の目』
簡単に言えば、相手の魔力に関する情報を見ることのできる魔眼だ。
熟練の魔術師やはっきりとした自我を持つ精霊は自身の魔力量を隠すことができ、その場合、感覚を頼りに魔力を探る魔術師は魔力量を知ることができない。
だが、『精霊の目』を持つ人間は違う。その隠蔽すらも貫通して、正確な魔力量とその属性を『見る』ことができるのだ。
神官なら無属性(光)、アンデッドなら無属性(闇)とかな。
当たり前だけど、魔術師は属性なんか見えない。見た目から予想するしかないのだ。
『スリーサイズはお姉さんの勘だけどね!』
なのでもちろん、スリーサイズなんかは分からない。
見れるのはあくまで、正確な魔力量と魔力が帯びている属性くらいだ。
熟練の精霊術師でなって初めて獲得できる魔眼で、その割に能力がショボいのであまり人気はないが、結構便利な魔眼だ。
なにせ……
『雪風くんは精霊! それも野良精霊! 精霊使いに扱われているわけじゃないし、さらに言えば邪精霊でもない。あ、あと属性も特にないね』
相手が精霊であれば、スペックプレート以上の情報量が得られるのだから。
似たような『鑑定』というスキルもあるが、あれは魔獣や魔物、無機物にしか効果がない。
対して『精霊の目』は、生物全てに効果があり、しかも分かりやすい対抗手段がない。
(特に精霊の)プライバシー完全無視の魔眼だ。スーピルらしい魔眼だな。言わないけど。
『えー、そっかー! やっぱ男の子だねぇ! うーん仕方ないなぁ〜! 身体152、体重46、上から74、52……」
「いや、誰も聞いてねえよ!」
『嘘だ! 『精霊の目』には確かにシンくんの欲望が見えて……!』
「いや『精霊の目』でも俺の欲望は見えねえから!」
『おおっ! それはつまり、欲望はあったってことだねぇ!』
「うっ……」
図星を突かれた俺は、咄嗟に反論できなかった。
なんか、背中から感じる抱き付く力が強くなったのは気のせいだよな?
エミリアが、俺の背後から目を逸らしたのも何かの間違いだよな? な?
「そんなに知りたいのなら拙者のを教えてあげるでござるから、雪風殿を巻き込まないでくだされ」
「い、今のって俺が悪かったのか……?」
知りたくなかったと言えば嘘になるけど、悪いのは俺じゃなくてスーピルじゃね?
そ、そりゃ確かにスーピルが喋り始めた時、思わず耳を傾けてしまった自分がいたような気もするけど! それで制止が遅れた気もするけど!
『ちなみに精霊だからね……体型は変わらないんだ……』
「…………でも、精霊術師は変わるよね?」
『おい待てシンくん何が言いたい! これ以上言ったら、私のスリーサイズも言うぞ!』
「絶対傷付くからやめた方が良いよ!?」
売り言葉に買い言葉ではないが、思わず俺はそれを言ってしまった。
その瞬間、ピシッと空気が凍りつく。一瞬、何者かに攻撃を受けたかと思ったくらいだ。
『シンくん……お姉さんでも、泣きたいことはあるんだ……』
「ガチのやつだ! まじですみません!」
『ふ……この傷も、シンくんが今さっき受けた冷たい視線に比べれば、ね……』
「償うなら最初からふざけないで欲しいなぁ!」
あと、この話で一番被害を受けたのは雪風だと思うな。身長体重、スリーサイズの上二つがバレたんだから。
まぁ、あくまでスーピルの勘だし信用できるかは微妙なとこだけど。
『…………んで、どう? この間に考えはまとまった?』
「…………その切り替えの速さ。本当に尊敬しますよ……」
俺も切り替えが速い自信はあるが、スーピルには及ばない。
俺の考えがまとまるのを待ってくれているのか、少しだけ誰も喋らない時間が訪れた。
屋根から屋根へ飛び移る瞬間の、靴が屋根を蹴る音が周期的に鳴り、それが五つを数えた頃、俺は再び口を開いた。
「二人の所に、向かいます」
『へぇ……』
「「二人…………?」」
紫苑とエミリアが、首を傾げる。
多分、どっちの二人か迷っているのだろう。
俺が今用があるのは、マスターと雪風ではない。
「エストロ先輩とアイリス会長の二人を、まずは正気にする」
『…………その心は?』
「今も……俺は雪風が犯人だなんて信じられませんよ。俺は雪風のことを深く知っているわけじゃないけど、これにも何か理由があるんだと思う。なら、これ以上雪風に悪事をさせたくない。……それにもし違ったら怖いですしね!」
「「…………」」
少なくとも、学院で生活する雪風は心から楽しそうだった。
美味しい物を口に詰め込んで、幸せそうな顔をしていた雪風。
最近では、自分から王都に出かけようと誘ってくるようになった雪風。
魔女っ子の格好をして、照れながらもみんなに褒められて嬉しそうだった雪風。
あれが、全部演技だったとは思えない。
「シン、らしいね」
「女子に本気を出せないってこと? 自覚はしてるよ」
「ううん、そうじゃなくて……。あの……良いかな? シオンちゃん」
「…………それで、エミリア殿は満足できるのでござる?」
「むぅ……シオンちゃんのそういう所は私嫌いかも。こんなの、私が言えるわけないじゃない」
頰を膨らませるエミリア。
「確かに今の言い方は悪かったでござる。で、ですが! せ、拙者だって、恥ずかしいのでござるよ! だってそれじゃまるで嫉妬を……」
「そ、それは私だって同じだもん! それに私は守られてる側だもん!」
「な、なら拙者だってシン殿に守られているでござる……。その……つ、妻、として?」
「むぅーーーー!」
「う、うーーーー」
「あの…………なんの話?」
俺そっちのけで話されても分からないんですが……。
ま、まぁ、険悪なムードという訳ではなさそうなだけ良いか。
取り敢えず、紫苑が睨み合いに向いていないということだけは、『う、うーーーー』のおかげで分かった。
『シンくんが、自分そっちのけで他人を気遣うから心配してるんだよ』
と、念話石の向こうで、スーピルが二人の代弁をしてくれた。
「え、あの、それって……」
『ま、二人は言えないよねぇ。シオッちは落下したとこを助けられて、エミッちは毎回お世話になってる。その点、お姉さんは何もない!』
「スーピル殿!?」
「うぐぅ……い、いつもいつも申し訳ないです……」
申し訳ないも何も、俺がしたくてしているんだけどな……。
エミリアは、まだエストロ先輩に言われたことを引きずってんのか。
気にしなくて良いって言ったのになぁ……。ま、エミリアらしいっちゃらしいけど。
「まぁ、どっちにしろ雪風と話をするのなら、あの二人とはやり合わなきゃいけないしな」
俺がそう言うと、エミリアが俺の後ろを見て小さく頷いた。紫苑と、俺越しに視線を交わしたのだろう。
「それならシン、シオンちゃんも連れて行って」
「はい。シン殿、拙者もついて行きまする」
「良いのか? それは助かるけど……」
「…………私……だよね?」
エミリアを一人置いて行くのは、今の王都だとちょっと怖いな……。
雪風の件はともかく、王都に向かっている正神教徒とか……ああ、あとはマスターか。マスターの立ち位置がまだ分かっていない。
雪風の知り合いという時点で、少なからずこの事件には関わっていそうだが……。
だが、俺一人で先輩方に勝てるかと聞かれれば、それは微妙と答えるしかない。
紫苑は、エミリアの側に居てもらいたい。
だが……それだとエミリアは、自分が俺の負担なのだと思ってしまうだろう。
そうすれば、優しいエミリアは自分を責める。それもまた、避けたい所だ。
今回は、賢狼の時と違って、準備をする時間が多少とは言え用意されている。
即ち、俺一人で行くという選択が、成り行き上仕方のない選択肢にはならないのだ。
「でも心配だし……」
俺は、頭を悩ませていた。
紫苑を連れて行ってエミリアが怪我でもすれば、俺は絶対後悔する。
紫苑を連れて行かず、雪風を救えなければ……それもまた後悔する。
選ぼうとしても、成功より失敗の方が頭に浮かんできて決断できない。
と、その時、不意に肩を叩かれた。
肩を叩いてきた人を見ようと、俺は振り向こうとし、
「…………へ?」
──フニッ。
俺の頬に、指が突き刺さった。
古典的な悪戯だ。
だが、俺が驚いたのはそこじゃない。
「オッケー! ならお姉さんがエミッちを守ってあげようじゃないの!」
俺の真横を、少女が並走していたのだ。
見間違いようがない、その幼児体型。
聞き間違いようがない、そのウザい喋り方。
彼女が誰だか、俺が間違えるはずもない。
「へい! スーピルお姉さんが華麗に登場! ちなみにファントムはお留守番! でも安心して! ファントムがいなくとも、お姉さんは結構強いぜ!」
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