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三十三話:逃走中でもふざける二人

今、何が起きているのかを、とても簡単に説明しています。

 

 俺も今までやったことのない逃走劇、俺たちは王都の建物を屋根伝いに逃げ回っていた。

 既にエストロ先輩を振り切ったはずだが、足を止める余裕はない。

 だが、俺たちの間の緊張感が弛緩したのは事実だ。俺も、ふざけたい衝動が沸き起こってきた。


「どこまで理解してる紫苑!?」

「よく分かっておりませぬ!」

「そうか! 実は俺も!」

「ええっ!? そうなのシン!」

「犯人の意図とか意味不明だしな!」


 話を整理すると……

 まず、今俺たちの周囲では二つの事件が起こっている。


 ・強力な呪術による気絶


 ・精霊によって操られた二人


 この二つだ。

 操りに関しては、精霊の専門家であるスーピルも断言したから、精霊の仕業だということがほぼ確実になった。


 まず、別々の問題と捉えると……


「後者は呪術に便乗しただけ。つまり、二人を力づくで止めるか、二人の中にいる精霊に操るのを止めさせれば良い」


 もし仮に、犯人が同じ人物(この場合は精霊術師だな)もしくは精霊だとすれば……


「根本を叩かないと意味はないな。二人を止めても、呪術で俺たちを攻撃してくるかも知れない」


 別件であれば二人と戦うだけで済むが、関連した事件なら二人+犯人と戦わなければいけない。


『うーん……これ、言っても良いのかなぁ?』

「どうかしたんですか?」

『うぁ〜……聞かれてたか……。うん、よしっ、なら今の小さな独り言が聞こえたご褒美に教えてあげよう!』

「ほう」

『同一犯人だね、大精霊と契約した精霊術師が断言しよう』


 精霊術師として断言した、この事実の重さは計り知れない。

 結論から言えば、精霊術師が断言するとは、間違っていたら腹を切るという意思表示とほとんど同義だ。


 契約や誓約を何よりも大切にする精霊、そんな精霊と契約を交わす精霊術師には、才能よりも誠実な心が必要と言われている。

 そんな精霊術師たちは、あやふやな考えであれば最初にそれを伝えるし、証拠のない憶測ではものを話さない。

 だから……俺は信じた。この世で何より信頼できる職業ランキング一位の精霊術師、彼女の言葉を疑うことはしない。


「ありがとうございます」

『いやいや! どうってことないって、ま、私は精霊とシンくんのために生きてるか弱い乙女だからなぁ!』

「…………」

『おいてめえ、今、か弱い? とか思ったやろ! おっちゃんにはお見通しやでぇ!』

「切りますねー」

『あ、おい待たんかコラァ! 私今ファントムもいなくて超暇なの! チンパンジーごっこは飽きたんだぁ! ……よし分かった。今話し相手になってくれたらお姉さんの初めてを────』

「…………よしっ」


 俺がやり遂げた達成感で震えていると、そんな俺をエミリアが不思議そうに突っつきながら、


「シン? いいの? スーピルさんの初めて貰わなくて」

「…………一応聞いておくけど、初めてってなんのことだが分かってる?」


 腕の中のエミリアは、俺の予想通り首を横に振った。良かった、意味を分かって言ってなくて。

 ちなみに、気に入ってしまったのか、さっきから俺の頬をツンツンするのをやめてくれない。


 そして、振り落とされないよう背中にしがみついている紫苑だが……残念なことに、二つの膨らみの感触がない。

 ローブの上から背負っているからなんだろうけど……成る程、紫苑が気にしている理由が分かった。俺は好きだけどね、小さいの。


「あの〜、シン殿? 何か今、とても恥ずかしい気分になったのでござるが……」

「気のせいじゃないかな?」

「そ、そうでござるか……」


 少し食い気味な否定だったが、

「むぅ……本当にそうでしょうか……。確かに、シン殿に背負われて恥ずか嬉しい気持ちがないわけではないでござるが……むむぅ……」

 と、耳元で呟く言葉の内容から考えて、犯人が俺だとは思っていないみたいだ。


 ……紫苑は独り言のつもりでも、耳元で喋られれば流石に聞かれてしまうんだよなぁ……。

 まぁ、独り言の内容が面白くて可愛いから教えていないが。


「そんなことより紫苑、スーピルが犯人は一緒って言ってただろ?」

「はあ、ですので、お二人に加えて、精霊術師もしくは邪精霊と戦わなくてはいけませぬ」

「まぁ、確かにそうだな」

「なのでシン殿! 拙者が囮に……」

「却下」

「はにゃ!?」


 自信満々に話していた紫苑。

 その案を俺が一蹴すると、変な声と共に反論してきた。


「な、何故でござる! 確かに拙者の力はこの大役に力不足と評されてもおかしくは……」

「違うって。お前をそんな危険な目に合わせたくないんだ」

「はうぅっ!」


 再び、変な叫び声を上げる紫苑。

 マジでどうしたんだろう、コイツ。


「そ、そそそそんなこと言っても、拙者の気持ちは変わりませぬよでござるですよ!?」

「なんで動揺してんだよ。紫苑の気持ちとかそういう問題じゃなくてだなぁ……」


 純粋に、俺が嫌だ。

 紫苑を置いて逃げるのは、俺も男として納得できることではないし、そもそも「ここは俺に任せて先に行け!」など死亡フラグでしかない。

 絶望的すぎる強敵を召喚する呪文だ、あれは。


「それに……」と俺は続ける。


「力不足だなんて思ってない。むしろ役不足だ。紫苑が本気を出したら、先輩なんか敵じゃないだろ」

「そ、それはいくらなんでも買い被りすぎでは……」

「そうか? 妥当な判断だと俺は思うけど」

「それはないでござるよ……拙者は、落ちこぼれですから……」

「???」


 落ちこぼれって?

 そう聞こうと思ったが、俺は寸前でやめた。

 紫苑が、なんとなく、聞かないで欲しそうだったからだ。

 

「まぁ、それはともかく、今二人とまともに戦う必要はないよ」

「どうしてでござる?」

「シンのことだから、どうせ同一人物で良かったとか思ってるんじゃない?」

「それは……何故でござる?」

「多分シンは、先輩方を操っている人を倒すつもりだよ。だから、王都を走り回っているんでしょう?」

「やっぱ、エミリアには敵わねえな……」


 俺の考えなどお見通しか。

 追いかけられていることなどなんのその、お姫様抱っこを堪能していた王族はやはり違う。

 今では、俺の頬をツンツンする楽しさに目覚めたらしいけど。


「えへへ、でしょ〜」

「むぅ…………」


 照れたように笑うエミリアと、俺の耳元で不満そうな唸り声を上げる紫苑。

 だけど……俺のことに関して、エミリアに勝つのは難しいと思うぞ。一応、一つ屋根の下で暮らしてきてるし、同じ布団で眠ったことも多いし。


『エミッちにはじゃないでしょ! もうヤダァ〜、お姉さんにも、でしょ!』

「切っていいですか?」

『どうもっ! 今さっき友達になった精霊の力で無理矢理念話を繋げたお姉ちゃんだぞ!』

「帰ってください」


 問答無用。

 俺は念話石を操作して、通話を切る。

 だが……


『ふっ……無駄だよシンくん。そんな君には、お仕置きが必要じゃないかなぁ』

「な、何!? 念話石が操作できない!? しかも、お、お仕置きだと……! い、一体何をされるんだ……っ!」

「あ、この喋り方はふざけてる時のシンだね」

「拙者も、今のは分かりました。多分、念話石も操作していないかと……」


 やめて、俺とスーピルのおふざけを冷静に評価しないで。

 確かに念話石は切らなかったけどさ、それも、切ってもまた向こうから通話してくると思ったからなんだよ。

 決して、ふざけたい衝動に負けたわけじゃない。


『その余裕、崩してあげよう!』

「……ふっ、我が余裕はダイヤモンドより硬い! 果たして貴様にそんなことができるかな!」

「うっ……ぐすっ……電話を切るなんて酷いよ、スーはお兄ちゃんが心配で……ぐすっ……お兄ちゃんの……お兄ちゃんの、馬鹿ぁぁ!』

「ぐほっぁ!」


 ダイヤモンドは衝撃に弱い。

 俺の余裕は一瞬で砕けた。


「シン!?」

「シン殿が大ダメージを! スーピル殿、一体何を!?」

『え、デジマ? そっかぁ……シンくんそっちの人かぁ……。よしっ、私これから、お姉さんやめるね!』

「ちょっ……アンタがやると洒落に……」


 スーピルの無駄に高い演技力は知っている。

 これ以上心に深い傷を負わないためにも、近い未来訪れるであろう前後の女子二人の気不味い視線から逃れるためにも、俺はスーピルを止めようとするが…………、


『………あのね、お兄ちゃん。スー、お兄ちゃんが他の女の人と一緒にいると……なんか、胸が苦しいの……お兄ちゃん、スーの胸、変なのかな?』

「ぐはっ!」

『お兄ちゃん、スーの胸、見て? スーの胸、お兄ちゃんが治して?』

「があっ!」


 くそっ…………引き籠もり時代、妹もののラノベやらエロゲにハマりにハマってしまった俺に、このスーピル(妹)はダメージ量が大きい!


「シン……辛そう……これって、共感性羞恥っていうやつだっけ……」

「違うと思いまする」

『お、お兄ちゃん……? 女の人の声が聞こえたんだけど……!』

「っ!? こ、これは違うんだスー! これはただの友達で!」

「ひ、酷いでござる! 責任を取ってくれるという話は何処へ!」

「そうだよ! シン、今の私が好きだって言ってくれたじゃん! なのに友達だなんて、私ちょっと失礼だと思うな!」

『…………お、お兄ちゃん?」


 地の底から聞こえるような声だ。

 殺される! 俺の本能が警鐘を鳴らす。


『お兄ちゃん……嘘だよね……? だって、お兄ちゃんは私と結婚してくれるって……』

「そ、それは小さい頃の話だろ! 小さい頃の話を今持ち出すな!」

「…………え?」

「……エミリア?」

「…………ふんっ」

「なんで!?」


 急に不機嫌になり、ソッポを向くエミリア。

 俺が小さい頃、スーと結婚の約束をしたって話が気に食わないのか?


「もちろん冗談だぞ? 結婚の約束なんてしてないぞ?」

『お兄ちゃん……!? そんなこと言うお兄ちゃんは、スーのお兄ちゃんじゃない……』

「待てスー!」

『お兄ちゃんじゃないなら……えへへ、何してもいいよね♪ だって、もう本当のお兄ちゃんはスーの中にしかいないんだもん♪』

「愛してるから今は休戦! 王女様が不機嫌になったんだ!』

『お兄ちゃんっ……! わ、分かった! お兄ちゃんのためなら、スーはなんでもするね!』

「うぐっ!」

「これ、戦いだったのでござるか……」


 戦いだ。今後、俺がスーピルと対等でいられるための戦いだ。

 今後、スー……じゃなかったスーピルが妹キャラになれば、俺はもう王国にはいられない。

 だが、そんなことを説明する暇はない。今は、頰を膨らませて拗ねているエミリアをどうにかしなければならない。


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