三十二話:二十五番隊の連携
突き付けられる刃先、エストロ先輩が一歩踏み込むだけで、それは俺を貫くはずだ。
「一つ、良いですか?」
「…………なんだ」
「最初から、俺を疑っていたんですよね?」
「…………ああ、そうだ。最初から、私たちはお前をここで裁くつもりだった」
エストロ先輩は、俺の質問に律儀に答えてくれた。だが勿論、手に持つ剣先がブレることなんてない。
その答えは、予想通りのはず。というか、俺の質問は確認のためのものだ。
…………感じている違和感を、確信するための。
「では、エミリアを連れて来た理由は?」
「……………………お前が、油断すると思ったからだ」
成る程……確かに、それはあるかも知れない。だが、この答えにもやっぱり違和感を感じる。
エミリアは完全な無罪だ。エストロ先輩が……そんな部外者を同席させるか?
「それでは、何故俺が眠っている間に仕掛けなかったんですか?」
「それは…………正々堂々としていないだろう?」
この時点で、正々堂々とはかけ離れている気もするが……まあ、これはエストロ先輩っぽいところでもある。
それに、結界を張るための時間が必要だった可能性もあるしな。
しかし、そうか…………。
「……先輩、最後にエミリアを抱き締めて良いですかね?」
「え!? ちょ、何言ってるのシン!?」
「…………良いだろう。だが、変なことしたら主人ごと刺すぞ」
「変なことか……それは厳し……いたっ!? マジで刺すんですかそうですか!」
冗談を言って空気を変えようと思ったのに……一切の容赦なく、背中に剣が生えたぞ今。
出血しているのが、背中を流れる液体のおかげで分かる。
だが…………これも、計画通り。いや、本当に。強がりとかじゃないから!
「あっ…………」
俺がエミリアを力強く抱き締めても、エミリアは抵抗しなかった。
むしろ、おずおずとエミリアからも俺の背中に手を回してくる。…………血だらけの背中に。
「(…………エミリア、落ち着いて聞いてくれ)」
「(シン……そんなことより背中が……)」
「(大丈夫だ、臓器は避けられてある。それよりも、エミリアに頼みたいことがあるんだ)」
「(…………)」
さすが、エミリアだ。すぐに、状況を理解してくれた。
俺がエミリアの身体をさらに強く抱き締めると、エミリアも同じくらい強く抱き返してきた。
協力するってことだろう。
「(いいか、まず俺の背中に治癒魔法をかけながら……………………)」
説明に時間は取れない。
俺は、手短に要点だけを説明した。
「…………あの、長くありません? そんなに長い間、お互いを感じていたいのですか?」
だが、それでも長かったのだろう。アイリス会長が、ついに痺れを切らした。
ちなみに、言葉選びをもう少し考えていただきたい。
「っと、すみません。エミリアの匂いがあまりにいい匂いで」
「シ、シン……」
「なんだお前たちは、こんな場面でもイチャつく気か?」
「おいちょっと待て。一体いつ俺らがそんなことをした」
何その普段からイチャイチャしているみたいな発言。
俺たちはそんな風に思われてるの?
「あ、そんなことよりも先輩方。さっき刺されたせいで背中から血がもうドバドバでしてね。エミリアに回復魔法をかけてもらいたいんですが…………」
「……構わない。傷を負ったお前と戦っても何も面白くないからな」
「傷付けたのはアンタなのに……」
「何か言ったか?」
「いえ何も?」
俺は肩を竦める。
だが、その内心では大きく安堵していた。
ひとまず、第一関門はクリアしたからだ。
俺は、喜びを顔に出さずに、ソファにうつ伏せになる。
「準備できたよシン。やっていい?」
「ああ、頼んだエミリア」
「うんっ」
俺は腰の上にエミリアが跨るのを感じながら、必死に頭を働かせる。
本当はこの姿勢になる必要性はゼロなのだが、俺の表情で考えていることがバレてしまうかも知れないからな。
だがこれなら、俺の顔が見られることもない。
まぁ……腰の感触が気になって集中できないデメリットはあるけど。
「なんか……お前たちはよく分からないな」
「普段はこんなことしませんよ。死ぬまでにしたいことの一つだったから、エミリアに頼んだんです」
「…………他のも言ってみろ。ものによっては、させてやらないこともない」
「そうですか! ではですね…………エミリアとキスをしたいのですが」
「ちょ、ちょっとシン!?」
エミリアが焦ったように言うが、俺は構わず続ける。
「あとはそうですね…………。エミリアと一緒にお風呂に入りたいです」
「シン!? わ、私をからかってるよね絶対!」
「し、失礼な! そんなエミリアの反応を見て楽しむ気持ちは沢山しかない!」
「なにが『しか』なの!? やっぱりからかってるんじゃん!」
「なにがしたいんだお前たちは…………」
こんな空気を読まないやり取りにも、冷静に突っ込んでくれるエストロ先輩。
会話だけなら、本当に平和な学校生活って感じなんだけどな……。
今も、エストロ先輩は納刀こそしていないものの、鞘と柄に手をかけて臨戦態勢を取っているし。
「まぁ、それはともかく。俺が犯人だとして、何故殺す必要が?」
「…………なにか誤解をしているようですが、わたくしたちは殺す気などありません」
「たとえそうだとしても…………先輩方は、何者かに操られていそうですから。先輩方が殺さなくても、引き渡した後に殺される可能性はありますね」
「えっ!? どういうこと!?」
そろそろ、頃合いか………………。
俺は身体を揺らすことでエミリアに合図。
エミリアは俺の言葉が気になっていたみたいだが、素直に背中から降りた。
そのエミリアの様子に、エストロ先輩が訝しげに眉を潜める。
完全に、警戒されたな。だけど、それでいい。俺に警戒してくれた方が、俺の目的は達しやすくなる。
「自分を操っていたのは俺かと聞きましたよね? あれは、自分の術が気付かれていないか不安になったんだろ? だから、既に解決したように見せた」
「「…………」」
エストロ先輩とアイリス会長を操る第三者に向かって、俺は声をかける。
刀を構えることも、杖を構えることもしない。何故なら、今は邪魔になるからだ。
「先程の変わり様。最初から俺を疑っていた可能性もあるが、それにしては少し違和感を感じた」
「どういうこと?」
「アイリス会長の陰が薄い」
「それは……少し、酷いのではありませんか?」
アイリス会長が、眉をハの字にして悲しそうな表情をする。
エミリアも、どこか俺を非難しているような視線を……。
なんで俺が責められんの?
「エストロ先輩がエミリアを責めた後、不思議なことがあったんだが分かるか?」
「その後って……エストロ先輩が魔力を出したこと?」
「一応、及第点かな。闘気を出した瞬間、エミリアが魔力酔いにあったでしょ? でもこれは、少し不思議でさ」
「???」
「慣れってのは重要なんだよ」
「…………っ! そうか!」
「そう、エミリアは頻繁に俺の魔力を浴びている。魔力酔いになるのはおかしい」
「じゃあなんで……」
「…………呪いだろうね」
「えっ?」
エストロ先輩の様子がおかしくなった直後、エミリアは魔力酔いに似た症状を起こした。
あの時は未熟だからと言ったが、よくよく考えればおかしい。
疑問に思わないわけがない。
「新しい事件とかじゃなければ、呪いの犯人だと考えた方が妥当でしょ?」
あくまでこれは俺の予想だが……エストロ先輩たちは、途中まで操られていなかったのだと思う。
結界なんて張らなくても、あの距離であればエストロ先輩の間合いの中だ、俺が無詠唱使いだとしても逃げられるわけがない。
だから、結界はあの後。エストロ先輩が闘気を放った瞬間に、アイリス会長が一瞬で終わらせたのだろう。
「任意で発動するマリオネット…………精霊の仕業か。とすると、敵は精霊使いか邪精霊……」
結果論みたいなものだが……スーピルが研究室から出てきたのも、エストロ先輩たちを操っているのが精霊だとすれば納得がいく。
「というわけで突然の〈極炎魔法〉!」
「っ!? させません!」
俺が真下に向けて放った超火力の魔法。
当然のように、アイリス会長によって火は一瞬で消されてしまう。
そして、その間にエストロ先輩が抜刀、切り掛かってくるが…………
「幻術か! 今の一瞬で!?」
「無詠唱だからこその強みですよ」
エミリアをお姫様抱っこした俺は、既にその場から離脱して窓を蹴破っている。
…………なんか駆け落ちみたいだからお姫様抱っこしたが、背負うべきだったかも知れん。ガラスの破片がエミリアに当たらないようにしないといけない。
「シン!? そっちは結界が……ってあれ?」
窓から自由を求めて飛び出した瞬間、エミリアが必死に言葉で俺を止めようとし……そしてすぐにポカンとする。可愛い。
エミリアが驚いた理由は簡単、さっきまで確かにあったはずの結界が、今ではなくなっているのだ。
結界を解除したのは……
「遅くなりまして、誠に申し訳ありませぬ! エミリア殿、シン殿!」
「シオンちゃん!?」
ござる少女、紫苑ちゃんだ。
クナイを壁に突き刺すことで、壁にくっついている。
そのクナイから手を離し、紫苑は迷わず俺に飛び付いた。背中に回って、しっかりと俺の体にしがみつく。
「いや、半分賭けだったからな。スーピルが頭を回してくれて助かった!」
『へいへーい! お姉さん天才だからね! まあシンくんの会話から何が起きてるかくらいすぐに分かったんだなぁ、これが!』
念話石。エミリアを抱き締めた時、同時にスーピルに向けて念話を飛ばしていたのだ。
エミリアにした指示からスーピルは状況を予想、そして紫苑に念話石で伝えたんだろう。
俺は、紫苑が助けにくるのを待つだけで良かった。
『そう、これがぁぁ! 相手のことを考えない!』
「二十五番隊の行動力だぁぁ!!」
「そんなことは良いから早く〈飛翔〉を使ってくださいでござるぅぅぅ!!」
「シン、地面、地面にぶつかる!」
「…………〈飛翔〉」
あの…………もうちょっと盛り上がろう?
感想評価お願いします!
操られれると一瞬で変化してしまう様子を表そうとして、どこか超展開っぽくなってしまった……。
これまでにも、シンが先輩に違和感を感じていたという情報は時々入れてましたが……。




