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三十一話:事実上の決勝戦

 

 エミリアは、優しい。優しすぎる。

 だから、一番最初に自分を卑下してしまうのだ。普通の人間なら相手の問題を探すところを、エミリアは自分の問題点から見直そうとする。

 エミリアが自分を卑下することは、確かに俺も嫌だ。もっと周囲に責任を押し付けて、楽に生きれば良いと思う。

 今も、反論はいくらでもできたし、開き直れば苦労しなかった。まぁ、おそらく、エストロ先輩は開き直って欲しかったんだろう。

 主人に心配されることは、護衛にとって嬉しいことであると同時に、迷惑なことでもある。

 争いから守るための自分を心配して戦場に来てしまうのなら、それは本末転倒。争いは自分に任せ、椅子で踏ん反り返っていて欲しい。


「最初は……いえ、今も俺はエストロ先輩の考えに賛成です」


 自分の心配はするな。主人を守るために傷付けることが、俺たち護衛にとっては最高のご褒美なのだから。

 アイリス会長はそれを、傷付くのを求めていると表現した。

 確かに、求めているのかも知れない。矛先がエミリアに向く可能性が少しでもあるのなら、向く前に矛を折りに行くだろうし。


「ですが…………俺は、それをエミリアに求めません」

「…………」


 エストロ先輩が、片眉を上げる。

 無言で、続きを促していた。


「だって…………俺は今のエミリアが()()だから」


 立場を気にせず、誰にでも話しかけ、手を差し伸べ、背負い込む。

 護衛である俺に寄り掛かることすら、エミリアは良しとしない。むしろ、俺ごと引っ張ろうとしているまである。

 そうだ、婚約を破棄したことだって、俺のため。エミリアに新しく好きな人ができたのならまた別だが、そんな話も聞かない。だから多分、俺の立場を考えてくれたのだろう。

 婚約を破棄するメリットは、エミリアにとってゼロなのに、いやむしろ、デメリットの方が多いのに。

 ただ俺のためだけに、エミリアは婚約を破棄した。


 フリーランスの護衛とかであれば、エミリアは主人としてこれ以上ない程最悪の主人だろう。

 勝手にやらせて欲しいのに、心配して甲斐甲斐しく世話を焼いてくるのだから。やりにくい事この上ない。


「護衛である以前に……俺は、俺ですから」


 優しすぎる、そんな彼女だから、俺は今まで死力を尽くして守ってきた。

 もちろん、美少女と一緒に過ごしたかったという欲があったことは……まぁ否定できないけどな。


「…………そうか……そうだな。私が間違っていた。二人の問題……いや、問題ですらないのか。既に解決していた事件に、今更外野があれこれ言う必要はなかったな。すまない」


 エストロ先輩が、深く頭を下げた。アイリス会長も、「申し訳ありません」と詫びる。

 普通の貴族なら、ここは「貸しを作るチャンスだ!」と思うところだが……。


「い、いえ! あ、あの! エストロ先輩の言っていたことは確かにそうだと思いましたし、それに……その……何か、心が軽くなった気がしました」

「そうか…………。なら、良かったよ」


 無条件で許した。

 もちろん許しただけで貸しなのだが、エミリアの表情を見れば、そんな思いが一切ないことくらいすぐにわかる。


「…………そうだ、エミリア。これからの事なんだけど……俺も、エミリアに関して新しく分かったことがあるんだよ」

「…………?」

「だからさ、その…………。エミリア、俺の弟子になってくれないか?」

「それって……戦場に連れて行ってくれるってこと!?」

「いや、それはダメだ」

「なんで!?」


 当たり前だろ。

 そのままでいいとは言ったが、戦うのを許した訳じゃありません。そこんとこ、誤解しないように。


「むー……ケチィー」

「仕方ないだろ。エミリアは弱いんだから……。強くなるまではダメだ」

「えっ? それって……」

「ああ。最近色々と物騒だ。少なくともそうだな……正神教徒戦闘部隊に囲まれてもなんとかできる程度になるまで、俺が鍛える」

「ん? さらっと流しそうになったが……それはSランク冒険者並じゃないか? お前は何を目指しているんだ?」

「暁月さんに……レイ・ゼロ先輩。それに、獣人族の次期族長候補であるグラムさん……。あの、世界征服するんですか?」

「えっ!? そうなの!?」

「違うわ! 正神教徒が王都に向かって来ているから今のうちに鍛えてるだけだ!」


 今は三人が抑えてくれているけど、スーピルもコウも個人としての戦闘力が高い訳じゃないからな……。

 コウに至っては、バーサークモードでない時は、エミリアどころか、ケビンにも負けるぞ多分。

 緊急時専用の部隊の一員が、パン屋の(せがれ)に負ける事実……。


「おいっ! それはどういうことだ!?」

「…………へ?」


 突然、バンッと、机が叩かれる音が響いた。

 見ると、エストロ先輩が身を乗り出して、焦っている。

 身体からは闘気を発し、黒っぽい影がチラホラと闘気の中を泳いでいる。

 殺気、というか怒気か。この人がここまで制御できていないのも珍しい。


「シン……その、気持ち悪い……」

「突然の罵倒!? って魔力酔いか。ちょっと我慢してくれよ?」


 エミリアが俺の袖をクイクイっと引っ張り、体調不良を訴える。

 見てみると、突然真正面から魔力を浴びた事によって体内の魔力回路が混乱してしまい、上手く魔力が流れていなかった。


「我慢……? …………んっ!? んっ……んんっ……」


 体内の魔力回路に魔力を送るには、心臓や丹田、あとは体を縦に貫く穴の入り口が効率的だ。

 胸を触るわけにも、お腹に触るわけにも、ましてや肛門に触るわけにもいかないので、唇に指で触れるのは仕方がない。


「本当はキスが最高効率なんだぞ。それよかマシだろ」

「!?」


 あとは、まぁ……夫婦の営み的なものとか、吸血行動とか。

 それに比べれば、ねぇ?

 魔力を流し込んで、回路内の流れを改善する事十数秒。呼吸を止めていたのか、少しだけ息を切らしてエミリアがお礼を言った。

 顔が赤いのは、恥ずかしいからか、それとも息を止めていたからか。


「あ、ありがと……」

「…………ち、ちなみに、魔力酔いは未熟な証拠だ。真っ先にそれを治すからな」

「はい…………」


 エミリアは、肩を落として分かりやすく落ち込む。

 そして、そんな事をしている間にエストロ先輩も落ち着いたみたいだ。

 今はもう闘気も出していないし、あのよく分からん黒い影も見えない。


「…………すまない。取り乱してしまった。……ところで、正神教徒だったな?」

「……はい。他言無用なのですが……」


 隠していても仕方がないだろう。

 俺は、正神教徒について話して聞かせた。

 二十五番隊から三人が足止めしている事、刺激を与えないよう、他の部隊には隊長以外に通達していない事……。


 全て話した後、エストロ先輩は一つ聞いて来た。


「その小屋の者たちは、生きているんだな?」

「はい。その予想です。そして恐らく、王都に来ているのかと」

「そうか……………………」


 エストロ先輩は、考え込んでいた。

 その横では、アイリス会長も何か頭を働かせているみたいだ。


「シン。二人とも……動きが揃ってるね」

「あ〜……そうだな。息ピッタリだな」


 ほとんど、狂いがない。電波時計が二個並んでいるみたいだ。すごい……違和感を感じる。

 俺とエミリアも長年の付き合いだが……ここまで息が揃うことはない。

 だが、この二人のシンクロ具合は、実は双子の姉妹設定とかを疑うレベルだ。

 と、呑気にそんな事を考えていた次の瞬間。


「なぁ、シン・ゼロワン。私たちは、犯人を断罪しなければいけない」

「……………………はい?」


 聞き間違いか?

 エストロ先輩は俺を疑っていないはずじゃ……。なのに何故、こっちに刃を向けている?

 あ、ああ! これは演技か。

 そうだ、誰かと戦い、そして俺の疑いを晴らす。それに、エストロ先輩も気が付いたんだな。


 だが、そんな俺の思いも、即座に裏切られる。


「シンッ…………!」


 エミリアの悲鳴、俺は、咄嗟にその場で〈極炎魔法〉を放った。

 だが…………。


「アイリス会長まで……っ!」


 無効化された。


「なんでっ! シンは疑っていないって!」


 エミリアが声を上げる、が……。

 多分、それは違う。

 戦闘において、『前提』は必要のないものだ。ここで言えば、エストロ先輩たちが仲間だという『前提』を捨ててみると……。


「最初から、俺たちを自分の領域で仕留める気だってことか……」


 酒を飲んだのもエミリアを責めていたのも、全部が全部演技ではないだろうけど……、時間稼ぎという可能性はあるな。

 

「エミリア、窓に向かって魔術を放て」

「わ、分かった! 〈風刃〉! …………弾かれた!?」

「結界か…………。この狭い空間ならエストロ先輩の独壇場だ。くそっ……完全にやられた!」


 俺が睡眠薬による睡眠欲求と戦っている時も、その前も、何故手を出さなかったのかは多分これだ。

 多分、隠れて結界でも張っていたのだろう。

 思えば、アイリス会長の口数が少なかったな。


「お前とは、()()で戦いたかった。恨むなよ、シン・ゼロワン」


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