二十八話:似た者同士
「…………」
「…………」
お互い、何も喋らない。
エストロ先輩は凛とした表情で前を向き、その歩く姿はとても堂々としている。
「あの、何か悩み事でも?」
「……悩み事、か…………」
だが、あまりにも堂々としすぎている。
それはまるで、空元気のようにも見えた。
だから、俺は尋ねたのだが……やはり、予想は当たっていたようで、躊躇いがちにエストロ先輩は口を開いた。
「すまないな、シン」
「……。何がです?」
「いや、我々がお前を疑っている事だ」
「えっと……それはつまり……」
「ああ、これは内密な話だが、あくまでこれはパフォーマンスだ」
「パフォーマンス」
「ああ、詳しい話は……着いたぞ、ここでする」
「ここ?」
特別生徒寮の四階右手奥、場所としては、俺たちの部屋の丁度真上、その反対側だ。
部屋の中は、俺たちの部屋と変わらなかった。左右に寝室だろう部屋が用意されていて、中央は居間になっている。
だが、なんというか……俺たちのところよりも、少しだけ豪奢だった。
やっぱり俺たちの部屋は、敢えて少しだけ質素にしてもらってるんだな。ちょっと、この学院を見直した。
「シン、何か飲むか? と言っても、そんなに種類はないが……そうだ、少し前に知り合いから酒を頂いてな。私にはまるで分からんが……色が綺麗で気に入っているんだよ」
「じゃあ……それを頂けますか」
「よし、私も飲むのは初めてだが……まぁ、色が綺麗だから美味しいだろう。多分」
「不安しかねぇ……」
いやまぁ、俺もお酒なんてほとんど分からないんだけどな。
マスターの店に行っても、果実ジュースしか頼んだ事がないかも知れない。まぁ、新作の味見とかはよくやってたけど、それでも少量だ。
エストロ先輩は、酒杯に琥珀色の液体を注いで、それを掲げた。
軽やかな陶器の音が鳴り、まず俺は匂い嗅ぐ。
「そう警戒しなくとも、毒などは入ってはいない。グラスが怖いのなら、回し飲みしても良いが?」
「いや、ちょっと癖が出ただけなので大丈夫ですよ」
「ほう……公には決して姿を見せないと評判だったが、飲み物を渡される事などあるのか?」
「どっちかって言うと、王城に住む前ですかね……」
師匠の作った料理が本当に安全か調べたりとかな。まぁ、そもそも転移する前からの、俺の癖でもあるけど。
「んで、それより話って?」
「ああ…………単刀直入に聞こう。私たちは政敵ではない。同じ、一人の主君を守る者として一つ聞きたい」
「……………………」
エストロ先輩の目は本気だった。
これは、エミリアとの間でしている演技特訓の時、キラ先生や紫苑がする目と似ている。
まさか……エストロ先輩まで、偽装恋愛だろう?とか聞いてくるんじゃあるまいな……?
「私を……私を操っていたのは、お前か?」
「…………へ?」
ん?
「その反応、やはり違うようだな……。そうだろう、お前は男だもんな」
「あの、色々言いたいことはあるのですが、その『男だもんな』に言い知れぬ不安を感じるのです、はい」
男だから操らないって……何か男に対して大きな誤解をされているような気がする……。
アイリス会長も、エストロ先輩も女性だ。だから、男性に対して何か誤解していてもおかしくはない。
アイリス会長に至っては、見るからに箱入り娘のお嬢様だしな……。剣を極めるエストロ先輩は、そういった事に疎いだろうし。
「ああ、これはアイリス様の言葉なのだが……『男が女性を操ればする事は一つ!』らしい。つまりだな……その、私がお前に性的奉仕?というものをする、とか……」
「やべえ……ここまで顔が引き攣ったのは初めてかも知れない……」
エストロ先輩の主人で、しかも多分悪意の欠片もない純粋な意見だろうから我慢したが、これが悪意満載のキラ先生とかなら今すぐ抗議に行くレベルだ。
お酒か、羞恥か、仄かに頬を赤く染まるエストロ先輩に、俺は溜息をつきながらそれを否定した。
あ、と言っても、俺が否定したのは『操ったらそういう事をさせる』ではないぞ?
それを否定してしまえば、また俺が操ったのではないかと思われてしまうからな。
「あのですね……エストロ先輩でしたら、やる事が一つじゃないのは分かるでしょう」
「…………そうだな、まず、何かの契約を交わすはずだ。まだまだ未熟だが、私の力を欲する者は多い……成る程」
「でしょう? だから、俺は違います」
「確かにそれであれば、お前は違う。お前は、私の力を必要としていないしな」
「あー、まぁ、はい」
正神教徒関係で、今まさに戦力が欲しいだなんて言えない。
確か、あの件は二十五番隊が担当すると聞いた。
一番隊のエストロ先輩とは言え、一番隊は関係ない以上、話が回ってきていない。
ああいや、もちろん、普通なら通達される。だが、通達すれば二十五番が担当している事も伝えなければならない。
しかしそうなると、あいつらに任せられないだの、自分たちがやるだの、面倒な事になるからな。
確か、隊長間だけでしか共有されていないとか。
「それに、お前はシオンという子と付き合っているのだろう?」
「……っ!? ごっ、ゴホッゴホッ……! な、何故それを!?」
「? 忘れたのか? 私はお前を見張ると言ったはずだぞ? 早朝、校舎周りを見回っていたら偶然な。あの状況から助けるのは流石だったよ」
「あそこにいたのかよ……」
まじか…………全く気が付かなかった……。
あの時は色々と混乱していて、周囲に気を配る余裕なんてなかった。
うわぁ……これ、紫苑には絶対聞かせられないな……。あのこっ恥ずかしい台詞を聞かれていたとか、普通に笑えない。
「そんな男が、私のような暴力女を性欲の捌け口に操るわけがないな。すまない、変な事を聞いた」
「ああいえ、むしろなかった事にしてもらいたいのはこっちと言うか……」
「そうか、では、今のは無かったという事に。よし、私は全て忘れた。さて、なんの話だったかな?」
まだ一杯目も飲んでいない。酔いが回っているなんて事はないだろう。
エストロ先輩は、パンッと一つ手を叩き。楽しそうに目を細める。
「ええと、先輩が誰かに操られていたという話ですが……それは本当ですか?」
「らしい、な。生憎と、私はよく分からなくてな……。アイリス様曰く、いつもと少し違ったらしいが」
「ああ、それは俺も感じましたね。特に、大勢の時に違和感を感じました」
「そうか……ふむ……」
「…………今は、なんともないんですか?」
「ん、ああ……多分大丈夫だ。軽い幻術のようなものだったらしいからな。こう、フンッと気合を込めれば一発だ」
「魔術師的に許せない解決法だ……」
原理としては、体内の魔力を活性化して、幻術という体内の毒素を抜いた感じだろうけど……。
魔力消費が激しいから、俺たち魔術師からして見れば論外だ……。
魔力の消費が少ない剣士ならではの、脳筋的解決法。やっぱり物理は最強なんだね……。
「まぁ、犯人に関して、私は追うつもりもない。実害があった訳ではないしな。アイリス様は意気込んでいるが……」
「お互い大変ですね……。自分の事で怒ってくれるのは嬉しいですけど……」
「全くだ……。私たちとしては、自分たちはどれほど傷ついても良いから、大切な主人には安全でいて欲しいものだがな……」
「「はぁ……」」と溜息をついて、酒盃に二杯目を注ぐ。
慣れていないアルコールが回ってきたのか、俺もエストロ先輩も少し酔っていたのだろう。
その後も、苦労話に戦闘話、魔物や魔獣の話など、会話は大いに盛り上がった。果てには、主人への愚痴まで。
時間の経過は分からないが、酒瓶は一つ空いていて、二つ目も半分になってきた頃……
「……シン、すっごく不満だらけなんだね」
「あらあら……わたくし、エストロの本音を聞いたのはこれが初めてかも知れませんわ」
「「っ!?」」
気付けば、主人二人が、生暖かい目でこちらを見下ろしていた。
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