二十三話:別名『自然災害』部隊
シンたちが様々な出店を覗いて街を歩いている頃、近くの建物の屋根の上では、二人分の人影があった。
男と、女だ。
気配を消そうと努力している様子もなく、男に至っては横になって大欠伸をしているが、不思議なことに誰も気が付いていない。
「定期連絡〜。目標は移動中で〜す。仲睦まじく歩いてま〜すっ。団長、発砲許可いいな?」
男が手に持つ念話石で何者かに話しかけると、
『──駄目だ。お前の嫉妬心で全てをおじゃんにする気か。それで……コウ、四人の様子はどうだ?』
硬質な男の声が念話石を通して、二人の耳に届いた。
コウと呼ばれた女が、状況を説明する。
「……暁月紫苑は浮かれているわね。シン・ゼロワンは、何かに怯えている?」
「あ、俺がさっきからずっと殺気放ってるからかも」
『──そ、そうか……止めろよ?』
「言われなくても、市街であいつとやり合うなんてしませんよ〜。この街、気に入ってるんで」
そう言って笑う男、だが、その目は至って好戦的。この街への愛着があと少し足りなければ、地図から一つの王都が消えていたかも知れない。
「続けるわね。獣人族は……面白い子ね、道行く男に目を凝らしているわ。仲良くなれそう」
「いやぁ、それ、多分今の時期が関係してるんじゃないすっかねぇ……? 年中恋人募集中の誰かさんとは違うだろ」
「殺すわよ」
「ふっ! 殺せるようなやってみな!」
「あ、あそこにキャサリン(♂)さんが……」
「すんません。マジで謝りますんで許して」
獣のように鋭い歯を口の中にしまい、すぐに好戦的な態度を霧散させ魂の土下座。
流石、この街の強者ランキングにランクインしているキャサリンだ。
二十五番隊のメンバーですら、戦いを避けたがる女キャサリン。彼女は呉服店を経営している。
「だけどな、団長。例の転校生の方は少し面白い事になってるぜ」
『──面白い事?』
「ああ……」
一泊置いて、
「口の中に、焼きそば・たこ焼き・イカ飯・たい焼き・綿飴・りんご飴・チョコバナナを一度に詰めて美味しそうにしてる」
『──……それは、確かに俺も見てみたいな』
「ああ……シンの顔も引き攣ってやがる」
一つ一つを小分けにしてあるとはいえ、その味は確実に大渋滞を起こしているだろう。
男二人が、未知の世界に興味を持っている横で、コウは溜息をつく。
「団長、雪風さんの報告良いですか?」
『──お、おう、すまないな』
「はぁ……転校生ですが、心の底から楽しそうです。やっぱり、何かの間違いでは? あんな子がそんな事をするなんて、到底私には考えられません」
『──それがあるんだなぁ! これが! あ、ちゃっと待ってテステスマイクテストー! よしおっけぇ! コホン、私が個人的にシン君に(無許可)で付けてる魔道具、魔素継続機に大きな反応が二回あったんだよ!』
「…………ん? そのウザい喋り方はスーピルさんじゃん、研究室の床の味は飽きた?」
『──うんうん! カイヤくんは私プレゼンツの人体実験希望者かなぁ! 良い事良い事! ちなみに私の研究室は床より天井の方が美味いぞ!』
「へー……」
興味なさそうに、大欠伸をするカイヤと呼ばれた青年。
さっきまでの好戦的な態度が嘘のように、今ではウトウトと眠たげに身体を捩っている。
『そもそも魔素とはね、魔力とはまた少し違ったベクトルの力で、精霊が持つ魔力に近いもの。魔力が時間をかけて変質したものが魔素とも、魔素と魔力は全く別の力とも…………』
「スーピルさん、魔素については(どうでも)いいので、何が違うんです?」
魔素については延々と話すスーピルの話を途中で遮り、コウが聞いた。
『お、そうそう。あのなぁー! その二回の反応なんだけど、私的に、ビビッとこれだ! って思ったんだわ!』
「は、はぁ……」
『あ! ビビッとっていうのは、こう電流が走るって言うかぁ、まあビビッとって感じ!?」
「…………」
『おいおい喋ろうゼ〜? まだまだ夜は始まったばかり・ダ・ゼッッ! え、今昼? デジマ?』
「…………スーピルさん」
『──ん、どしたのコウくん。愛の告白?』
「つまりどういうことか聞いてんだよ! 殺されてぇのかぁ!? あぁん!?」
それは、血の底から響くような声だった。
溢れる殺気は、念話石の向こうにも確実に届いただろう。
それは、団長が『やっぱりこいつら使えねー……隠密行動で殺気出すなよ』と一人小さく呟いた事からも分かりやすい。
だが、その殺気を向けられた張本人は、
『──ニャハハハハハっ! ごっめんごっめん。いやぁ、私ってば私ってば! あ、で、なんだっけ、男の仕留め方?』
「あ? ……計測機の話です」
『──あー、あれね。その件なんだけどさ、確証取るためにも連れてきてくんない?』
「…………はあ?」
『──だーかーらぁ! あれ、ぶっ壊れたんだよぉぉぉ! うぅ、まったくシンくんめ……! これはお姉さんへの挑戦状か!?』
「知りませんし、する気もありません」
コウが一刀両断し、念話を切ろうとした瞬間、
『──待つんだコウくん』
「……………………なんです、急に真面目な声を出して」
先程までふざけ倒していたスーピルが、いかにも役に立ちそう風な声を出す。
コウは知らない事だが、スーピルの表情は至って真剣になっていた。その転調に、団長が驚くほどに。
『──私の精霊が今言ってきたんだが、呪いによる犠牲者が出たのは本当かい?』
「そうですが……それがどうかしましたか?」
『──ふむ、それは妙だな……』
「妙?」
一番妙な事はスーピルが呪い、つまり精霊以外に興味を持つ事だと、コウは思っても口にはしない。
『──シンくん、そしてできれば雪風くんと話がしたい。連れて来てくれるね?』
「…………」
スーピルは基本頼りにならないが、ここぞと言う時だけは、未来予知をしているかのような活躍を見せる。
自身が契約した数体の精霊で街の情報を常に入手し続け、その天才的な脳味噌で答えを導き出す。
この世の未解決問題も何もかも、スーピルに掛かれば一日で解き明かされると言われていた程だ。
壊滅的、よく言えば時代を先取りしすぎた対人スキルによって、二十五番隊へ島流しされたが。
「……………………分かりました。紫苑ちゃんには可哀想ですが、最悪実力行使します。……カイヤ……カイヤ?」
だが、返事はなかった。
コウが慌ててシンたちのいる方向に目を凝らすと……
「ったくあいつは……! では二人とも、失礼します!」
屋根を飛び移りながらシンの元へ走るカイヤを追い、コウは自分の立つ屋根を蹴った。
『──遂に、動き出してきたね、団長くん』
『──ああ、始まるぞ』
念話石から微かに漏れた話し声は、誰の耳にも届くことはなかった。
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