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十一話:決着

私事ですが、都内に行ってから体調が悪いです。

 

「やあっ!」

「甘い」


 振り下ろされる両刃の剣。

 親は間合いを見切り、皮一枚でそれを避ける。

 タタラを踏むその少年に、


「はっ!」


 半歩下げた足を軸に回し蹴り。

 少年は、そのまま吹き飛び、闘技場の壁に背中を打ち付けた。


「…………ッチ」


 が、追撃に〈水刃〉を放つことは叶わない。

 右手に生じた殺気を頼りに、魔術をキャンセルして代わりに硬化魔法をかけた刀をそちらへ振るう。


 ──チンッ


 金属と金属が一瞬触れ合う音がし、そして殺気は空中に紛れた。


 ……まただ。


 後一歩のところで、必ず邪魔が入る。

 それぞれの能力は、はっきり言ってそれ程高くない。無論、一般的な水準で言えば目を見張るレベルではあるが、師匠や俺、紫苑やキラのレベルには至っていない。


 だが、俺が今まで戦ってきた()()()()()()の中では、一番強いと言ってもいい。

 師匠やレイ先輩に、二十五番隊の奴らに、彼らが敵うはずもないが、難癖をつけてきた冒険者やベテラン暗殺者よりも勝つのが難しい。


 二人の連携は、それ程までに凄まじい。


「くそっ……すまない。アル」

「問題ありません、マスター。お互い様です」


 壁に身体を打ち付けた金髪の少年に回復魔法をかけながら、俺の邪魔をした少女が少年の頭を撫でる。


「なっ……やめろっ、アル! そこは俺の頭だ!」

「すみません、マスター」

「いや……いい。今度からは気を付けろよ」

「了解、マスター」


 返事をして、アルと呼ばれた少女はこちらに向き直る。


 こうして相対すると、やはりその少女の姿は少しだけ異様だった。

 目には黒い包帯のようなものを巻き、忍び装束は紫苑のものとは違い真っ黒だ。

 そして何より、手の先が刃になっている。

 手刀は手刀でも、文字通りの刀。


 身体を自由自在に変化させる種族と言えば、幻影鏡面魔族(ドッペルゲンガー)を除けば、鉱魔族と呼ばれる魔族しかいない。


 肌を隠している忍び装束も、鉱魔族の特徴である日光に弱い事が原因だと考えれば納得がいく。


「いくぞ、アル」

「了解、マスター」


 そして、マスターと呼ばれる少年は、偶然にも試験日に絡んできた金髪くんだ。

 いや、本当に偶然だ。俺も、金髪くんも驚いた。


「我が名の元に…………」


 金髪くんが魔法の詠唱を始めるが、俺は特に何もしなかった。

 というのも、金髪くんが使おうとする魔法は、むしろ俺にとって都合が良い魔法だからだ。


「〈飛翔〉!」


 飛行の魔法だが、飛ぶのは金髪くんじゃないだろう。空を飛ぶのは、俺のように遠距離攻撃手段がある奴に限った戦法だ。

 金髪くんは剣士だから、飛ぶとしたら……


「マスターのために」

「そうくると思っていたです!」


 空にアルが飛んだ瞬間、どこからか雪風が飛び出して斬りかかる。

 無詠唱で〈飛翔〉を使い空を駆けるのは、やっぱり俺と似た戦い方だ。

 ただ、雪風の場合は急降下からの急上昇というヒットアンドアウェイな戦法ではあるが。


 二つ三つ四つ……連続して、硬く高い音が響く。


「あっちはあっちに任せて、俺たちは俺たち同士でやらねえか?」

「ふん、あの日の平民か。お前とは決着を付けたかったんだ」

「そうか、なら丁度良い。……手加減抜きだぜ!」

「望むところだ!」


 空中で、雪風とアルが。

 地上で、俺と金髪くんが。


 それぞれ、一対一の戦いに持ち込む事に成功した。

 連携のせいで勝てないのなら、連携させなければ良い。

 当たり前の話だ。


 何度か鍔迫り合いを繰り返していくと、体力の差か金髪くんに隙が生まれた。

 金髪くんも、隙に気が付き無理矢理凌ごうとする。


「はあぁぁぁぁぁ!」

「〈水刃〉〈雷斬〉」


 刀に水を纏わせ、さらにそこに電気を纏わす。

 鍔迫り合いの瞬間感電させ、そのエネルギーは刀身を伝って


「ぐっ……!」


 バックステップで痺れる手を守ろうとする金髪くん。

 しかし、


「そうらっ」


 その新しくできた隙を、俺が見逃すはずもない。

 幸い、刀が弾かれたおかげで、袈裟斬りとは言えタタラを踏んでいる訳でもないしな。

 一歩踏み込んだ俺は、斬り上げで追い討ちをかける。


「食らって……たまるか!」


 普通は避けられないし、防ぐこともできない。

 だが、彼は無理矢理足を使って方向転換し、なんなら回し蹴りに繋げて来た。


 咄嗟に衝撃を逃したおかげで、俺は吹き飛ばずに済む。


 だが、その間に金髪くんは距離をとっていた。


 これで、再び仕切り直し。


「……だけど、もう終わらせる」


 俺は、その場で刀を振り下ろす。

 それは、まるで刀身についた血を振り落とすような動作だっただろう。

 が、勿論違う。


火弦(かげん)


 無詠唱で発動させた魔術は、上級魔法の一つで〈炎刃〉の上位交換にあたる。


 火の刃を飛ばすのではなくその場に留める魔法であり、まあその分難易度も高いのだが、不意打ちや牽制には大きく役に立つ。


 俺は今回、牽制で使用した。

 俺の周囲に、火の斬撃が残る。


「〈火弦〉など、そこに立ち入らなければいいだけの事だろ?」

「さて、それはどうかな?」


 訝しげな顔をする金髪くん。

 無論、剣士同士の戦いなら金髪くんの言う事は正しい。でも、俺は剣士じゃなくて魔術師だ。

 これまでの試合も今の試合も、ずっと剣士として戦っていたから、金髪くんが勘違いしていてもおかしくはない。

 だが、俺は魔術師であり、師匠の杖を使用した方が実力としては強い。

 レイ先輩に剣を使ったのも、賢狼に剣を使ったのも、魔術の撃ち合いでは負けると判断したからだ。

 まあつまり、剣は魔術が効かない相手への最終手段。

 俺は杖を使った魔術の方が得意だし、その魔術で倒せなさそうな奴はあまり見たことがない。


「裁きの時。我が信ずる神の名の元に、裁定を下す」

「なんだ、その魔術は……?」


 戸惑いを隠しきれない金髪くんに、どよめく観客席。

 見ているキラやSクラスの面々も、皆戸惑いながらも面白そうな表情だ。


「あの魔力の色……まさか……」


 俺が左手を上に伸ばすと、そこから黒い魔力の渦が生まれる。

 キラ先生の声は小さかったが、静まり返る闘技場内ではよく響いた。頰を赤く染めたキラ先生が、恥ずかしげに身を縮こませる。可愛い。


「水、風、火、土、無。我が血我が肉、我の物なれば、その器を掌中に収めし時、何人(なんびと)も触れられん」


 俺自身も、この魔術を使うの初めてだ。

 だから、何が起こるかは俺も詳しくは知らない。

 ただ、これがどんな効果を引き起こすかは知っている。その程度が分からないだけで。


「鍵が…………」


 誰かが、ポツリと言葉を漏らした。

 俺の首にかかる首飾りが鍵だと知っている人物なのか、それとも目が良い人物なのか。

 師匠の杖でもある首飾りの鍵が、光り輝き始めたのだ。


「この力をもって、それを証明する」

「……っさせない……っ!」


 空中で戦っていたアルが、急降下してくる。

 雪風は呆けているのか、反応が幾拍か遅れた。


 ──そして……


 どちらが、早かったのか。

 魔力が俺を包むのと、手足を刃に変えたアルが俺を切り刻むのと。


「シンッ!」


 エミリアの叫び声。


 静寂に包まれた闘技場は、やがてざわめき立つ。

 俺とアルの安否が、黒い霧に覆われていて分からないからだろう。


「…………勝負は決まったか」


 だが、やはりその場の何人かは既に勝敗を見たらしい。

 生徒会長とエストロ先輩が、踵を返して闘技場から出て行くのを。

 紫苑とキラ先生が安堵の溜息をつくのも。


 俺は、()()()()()()()()


「…………」


 誰も、俺には気付いていない。

 ああいや、一人だけいた。


 偶々ではないだろう、雪風が、一瞬こちらに視線を向けた。

 誰にも気付かれない程度の一瞬だ。


「今の俺が見えてるのか」


 かつて森で出会った騎士学園の生徒、タダノキくんにも言ったが、幻術は動揺が大きければ多い程かかりやすい。

 あの瞬間、闘技場内の全員に幻術をかけた俺の居場所を知っている者は、本来なら居ない筈だ。

 生徒会長やエストロ先輩、キラ先生や紫苑は、俺が逃げたという事に気が付いても俺がどこに居るのかは分かっていないだろう。


 だが、雪風は俺の居場所が分かっている。


「あれで動揺していない……」


 実は、アルが魔術を止めるために攻めてくるのは分かっていた。

 むしろ、それを利用して幻術をかけ、背後からバッサリ行くつもりだったのだ。

 あの魔術は……まあフェイクだ。流石に、こんな場所で見せる訳にはいかない。俺の隠し玉だしな。

 だが、そんな一連の考えを、雪風は知らない。


「まあ、偶々かも知れねえしな」


 聞いても答えてくれないだろうし、雪風の幻術耐性が異常に高いだけかも知れない。

 俺は特に気にせず、小さい子供がやるように指を銃の形をさせ、狙いを定め……


「…………は?」


 だが、魔術を放つ事はなかった。


 ただ呆けるしかない俺の視界には、


「すみません……マスター」

「アルッ…………え? 身体、が…………」


 突然、身体が麻痺したように倒れ込む、対戦者の姿があった。


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