九話:協力関係
「生徒会長……」
今代の生徒会長と言えば、例の校舎や魔法陣を壊した去年の新入生でもあった筈だ。
マジか、二メートルを越す女子かと思っていたが……落ち着いた丁寧な女の人だ。
予想とは大きく違う。違うが……俺は、この人がデストロイヤー的な一面を持っていることに対して、特に驚きはしなかった。
「桁違いの魔力量だな……」
レイ先輩にも驚かれたように、俺の魔力を見る目は優れている。
そんな俺の目で見た生徒会長の魔力量は、普通の人の何倍もある。
こんな魔力で攻撃魔法を放てば、そりゃ魔法陣も校舎も壊れるわな。
「そう警戒せずとも、私は何も致しませんわ。ただ、興味を持った下級生とお話がしたいだけですの」
「OHANASHI?」
「お話ですわ。私、争い事は好みませんので」
「そう言うのなら、まず先に雪風たちの隙を伺うペアを止めさせるです」
「そう言えば……確かに生徒会長一人だけだな」
「はい、です。……そこですっ!」
「────ッ」
雪風が手の中に握る何かを投げると、急にその先に気配が生まれ、そしてコツンという硬いものが人の身体に当たったような音がした。
俺には、今何が起きているのか分からない。
「やはり、バレていましたか」
「すみませんアイリス様。私の力が及ばぬばかりに」
木の枝の上に立つアイリスの斜め後ろに、軍服を纏った女性が現れた。
その額が、少しだけ赤くなっている。
長年(と言っても一週間だが)付き合って来た俺には、その赤い跡だけで雪風が何を投げたか分かる。
「石の力、思い知るがいいです!」
「意志の力なら格好いいのになぁ……」
まあつまり、雪風は俺が試験でやったように、小石を投げて牽制したのだ。
俺と違い、まるで短刀を投げるかのような動作で石を投げていて、多分俺より石を投げる技術は上だ。
また、弟子に抜かれてしまった。
「敵対しないと言っていたのに、随分と好戦的な態度ですね」
「いや、それは違うぞ。シン・ゼロワン」
「? ですが、俺たちの前に現れなかったのは事実でしょう、軍服先輩」
「ぐんぷくっ……!? ……コ、コホン、確かに名前を名乗っていなかったな。私はエストロ。ハンゲル王国軍第一番隊隊員、アイリス様の騎士だ」
「エストロ……」
「ああ、私に家名はないんだ。孤児だからな。アイリス様に拾って頂いたのだよ」
いや、俺が気になったのはそこではない。
王城で暮らしていた頃、それもまだ俺が王国の内情や力関係を知らなかった時の話だが、エストロという名前を聞いたことがあった。
「確か……最優の護衛」
「確かに、子供の頃はそう呼ばれていたりもしたな。……だが、もうその名は捨てた。理由は分かるだろう? 影の騎士よ」
「……俺もその名は断りました。理由は、俺と同じですよね?」
「ああ、多分そうだろうな」
エストロ。
齢十にして王国軍所属の騎士を二十人抜きし、武を嗜む者たちに衝撃を与えた女騎士。
その特徴は、勝利への渇望。勝てば官軍と言って憚らず、持てる知恵と技術を駆使して必ず勝利を取りに行く人物だ。
ただそれでいて、裏取引や規定のルールから外れる事は大嫌いで、闇討ちや毒殺なんて行わない。真正面から勝利を得るのが彼女だ。
最優というのは、優れたという意味の他に、敵に優しいという意味も込められている。
そして当たり前だが、エストロ先輩が護衛として甘いわけではない。
敵対すれば容赦はしないし、真正面から戦って勝利してしまうのだから、そもそも彼女に搦手は必要ない。
つまり、敵に優しいというのも、それでも勝利するという褒め言葉だ。
「…………」
「…………」
視線を合わせて、頷き合う俺とエストロ先輩。
だが、俺たち護衛同士分かりあっている横で、そのペアはご立腹になっていた。
「護衛二人で分かりあって……わたくし、少し悲しいですわ」
「す、すみませんアイリス様。実際に相対して、私も少しばかり興奮してしまいました」
「いいえ、良いのです。わたくしも、貴方のそのような表情は久しぶりに見ましたから」
「ア、アイリス様……」
わざとらしく涙を拭く生徒会長の横で、微かに頬を赤くして慌てるエストロ先輩。
そして、その隣の木に立つペア、つまり俺たちだが、俺も雪風に詰め寄られていた。
「シン、雪風を置いてけぼりにしないで、です」
「ああ、ごめんって。ちょっと、共感できる事があってさ。シンパシーを感じていたんだよ」
「しんぱしー、が何かは分からないですが、影の騎士の名は何故捨てたです?」
「あ、うん。恥ずかしいのと、目立ちたくないから、かな」
エストロ先輩もそうだが、護衛、特に一人だけで護衛をしている場合は、自身の情報を周囲に伝える事など言語道断あり得ない。
目立って仕舞えば、それだけ注目を浴びているという事で、個人練習なんかにも見学者が来てしまったりする。
おふざけ部隊でもある二十五番隊所属の俺は、見学者が来た時には大道芸を見せてれば良いのだが、しっかりした部隊である一番隊のエストロ先輩はそうもいかない。
そもそも、はみ出し者の部隊に所属した俺と、有名な一番隊に所属したエストロ先輩では、見学者の数も違うだろうしな。
……いや、本音を言えば一番の理由は恥ずかしいからなんだけどね。エミリアに「やっちゃえ、影の騎士」とか言われたら、俺は泣くかも知れない。まあ、俺はバーサーカじゃないけど。
というか、師匠と再会した時に気不味い事になる。「あ……影の騎士……はい、影の騎士……」とか愛想笑いを浮かべられたら、俺は死を選ぶかも知れない。
「そういえば、シンさん」
「はい?」
どこから取り出したのか、手元のメモ帳に「シンは目立つのが嫌い……」と書き込んでいる雪風を眺めていると、エストロ先輩をからかい終えて満足したのか、生徒会長が話しかけてきた。
「これはエストロの案なのですが……協力しませんか? 貴方方とは、ぜひ決勝で戦いたいのです」
「えっと……」
「何が目的です?」
俺がどう伝えようか迷っていると、雪風さんが書きにくい事をズバリと聞いた。
オブラートに包むどころか、ナイフで突き刺しに行っている。
「…………」
これには、さすがの生徒会長も呆気にとられる事しかできないみたいだ。
「ふふふ、まさかここまで単刀直入に言われるとは思いませんでした。目的、でしたね。貴方方の監視ですよ」
質問が簡潔だと、答えも簡潔になるのだろうか。
これまた、オブラートに包むどころか、鎖を投げつけてくるような回答だった。
「監視……?」
「勿論、生活を監視したりはしない。私たちは生徒会として、危険分子に注意を払いたいのだ」
「あ、危険分子って言っちゃうんですね」
この言い方。生徒会長はともかくエストロ先輩は、誘拐犯がエミリアでなく俺を狙っている事を知っているのだろうか。
今のエミリアは、俺だけでなく、キラ先生や紫苑によって身の安全は確保されているし、むしろ過剰戦力なくらいだ。
だが、対して俺の護衛はいない。
俺なら一人で身を守れるだろうという判断だが、エミリアに比べて心細いのも確かだ。
エストロ先輩の提案は、中々俺にとっても都合がいいかも知れない。
「良いですよ、協力関係を結びましょう」
「ああ、よろしく頼む」
少しだけ、話に聞いていたエストロ先輩らしくない気もするが、ありがたいのは事実だ。
俺とエストロ先輩は、握手を交わす。
「…………」
雪風が黙っていたのが、少し印象的だった。
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