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三話:特別試験

 

 俺を呼んだ監督の先生は、ジーク教頭と名乗る人物に俺を引き渡し、すぐにどこかへ行ってしまった。

 採点作業中だったらしい。

 忙しい中ありがたいのだろうが、そんなに忙しいのなら別に厄介事を持ってこなくても……と思う。


 ジーク教頭は苦笑いの似合う細身の先生だった。顔の作りも良いだろうに、疲れた表情のせいで、聞いた年齢より老けて見える。

 まあ確かに各国から種族問わず様々な生徒が来るとなると、その分揉め事も多く、教頭は頭を抱える毎日なのだろう。

 生徒の年齢自体、場合によっては大きく離れていることもあるみたいだしな。混血が増えて来たことによって、種族ごとの寿命の差は埋まって来たとは言え、例えばエルフとかはまだ人族より二〜五十年は長く生きる。

 そういう長命の種族の子供は場合によっては二十代の人もいるらしく、今の最高年齢は二十七歳だとか。


「あの……それで、俺はどこに連れて行かれるんですか?」

「え、ああ。そういえば言っていませんでしたね。貴方は王女様の護衛と聞き及んでおりますが、その実力を一応見せて頂ければと思いまして」

「護衛が信頼できるかも分からない相手に、意味もなく自分の実力を見せると思いますか? そもそも、エミリアに護衛がいることはあまり知られていないんですが?」


 正確には、護衛がいることではなく護衛が同い年の少年ということだが。

 一人の若い男が護衛ということは有名だが、それが平民の俺だと考えるなど普通はあり得ない。

 何故、お前が知っている? 言外に、いや結構分かりやすくそう伝えると、ジーク先生はまた疲れた笑顔を浮かべて、


「これは入学に当たって、ライゼン王から聞いた話でして……」


 今、ナチュラルに不正入学を認めなかったか?

 なんだよ。なら筆記試験であそこまで目立つ必要はなかったじゃないか。いや、エミリアの言うように、護衛だとバレた時に抑止力になりやすくなるから良いのか?

 いや、でもなぁ……。俺は王女の護衛とかでなく、普通の学園生活が送りたかったんだよなぁ……。


「ライゼン王から聞いたと言われても、それを示す証拠がなければ信じられませんね」


 ちなみに、俺が(とぼ)けないのは惚けても無駄だと判断したからだ。

 ジーク先生は確信を持っているらしいし、例えばジーク先生がエミリアを狙う一派だとしても、知られている以上ここで嘘を言う必要は特に感じない。

 ドンと来い、ぶっ潰してやる。

 来ないなら来ない方が良いけど。


「それはそうですが…………」

「話は終わりですか?」

「……では、その、無詠唱が使えるのかだけでも示して頂けませんかね……? 噂に聞いたものでして」

「…………無詠唱ですか……。まあ、既に知られている情報ですから……今更ですかね。それくらいなら、と言いたいところですが、一つ条件があります」

「条件……?」


 不安そうな顔でこちらを見るジーク先生だが、安心してほしい。そんなに難しいことじゃないはずだ。


「ええ、僕が護衛だということを隠していてほしいのですよ。どうせすぐにバレる気もしますが……」

「……成る程、勿論、それくらいでしたら引き受けさせて頂きます。隠蔽できそうなら、できる限りの協力もしましょう」


 苦笑しながら、ジーク先生はそう言った。

 感情の読めない苦笑だな。喜んでいるのか、それとも俺が腫れ物扱いされているのか、全くと言って良いほど判断がつかない。


「で、無詠唱を示すということですが、ここで見せれば良いんですかね?」

「いえ……一応相手を用意しておりまして……ですが少し来るのが遅いですね。呼んでくるので、ここで少しお待ちください」


 対戦相手は信頼できるのかなどをジーク先生にさらに聞こうとしたのだが、その疲れた顔からは想像もできない速度で彼はどこかに行ってしまった。

 俺の今いる場所は模擬戦などを行う所らしく、円形の試合場を取り囲むように、観客席が階段状に並んでいる。なんだろう。円形のサッカー場? あ、ローマのコロッセオか。

 そんな中、一人ポツンと取り残されても困るんだが。

 しかし、誰もいない闘技場とは中々見ていて面白い。俺は身体ごと周りを見渡し……


 いた。


 俺の視線の先、客席に隠れるようにして、そいつがいた。

 俺と目が合ったことに気づくと、バッと急いで隠れるが……こちらからだと丸見えなんだよなぁ……。

 あの、可愛らしい隠れ方。というか、あの銀色の髪は見間違えようがない。


「付いて来たのか……エミリア」


 俺が溜息を吐きながらそう言うと、顔を少しだけ赤らめながらエミリアがバツの悪そうな顔を出す。「エヘヘ」なんて笑われてしまえば、可愛い過ぎてそれ以上なにか言う気なくすわ。


 エミリアはトトトッと階段を降りて来て、そのまま飛び降りた。そして、俺の近くまで走ってくる。


「ご、ごめんね? でも、シンは私の護衛なんだから私から離れるのは駄目だと思うの。ほら、あの教室に怖い人がいるかも知れないでしょ?」


 いや、あの教室の中に強い奴はいなかったぞ?

 そりゃ、将来的に伸びそうな奴はいたし、俺も自分が人を見る目があると自信を持って言える訳ではないけど。少なくともあの中ならエミリア一人で大丈夫だと判断して…………。

 いや、違うな。


「そうだな。確かにエミリアの言う通りだ。これからはちゃんと見守っておかないとな」

「見守られるって言葉は少し嫌だけど……うん、そういうこと」

「ああ、食事や睡眠時は同室だから大丈夫だが、問題は入浴だ。というわけでこれからは、大浴場ではなく部屋の風呂場に一緒に入ることにします。宜しいですね、お嬢様」

「い、一緒!? そ、それは……は、恥ずかしいというか、その……ま、まだ早いから!」

「まだ?」

「あっ! ……う、う〜〜!」


 顔を真っ赤にして唸っている俺の主人が可愛い件。

 あれだ。エミリアと話していると、なんかジーク先生との駆け引きが馬鹿らしくなってくる。


「そういえば、部屋にお風呂ってあるの?」

「んー? 部屋の間取りを見た時……って、そうか、馬車の中では寝てたもんな。俺の肩の上で」

「だ、だって昨日は眠れなくて……。あとその話は忘れて!」

「試験日の前なんだから、ちゃんと寝なきゃ駄目だろう? エミリア」


 まあ、結果が悪くても入学は確定しているんだけどさ。

 それにあの問題で、前日によく眠れなかったくらいで、エミリアが落ちるとは思えん。


「寮は特別生徒用の寮で、俺達以外に使っている普通の生徒は少ない。と言っても、研究のために卒業しない人もいるし、同じ学年については分からないけどな?」

「特別生徒といえば……猫系獣族の時期村長候補って言ってた女の子がいたよ?」

「まじか。流石エミリア様だ。聞いてなかった」

「始まる直前に『ニャハハ! グラム様は猫系獣人族の長となる者で特別生徒になる者ニャ! お前ら、ひれ伏すが良いニャ!』って言ってたよ……って、シン、どうしたの? 急に拝み出して」

「いや、ちょっと女神様がいたから」

「え! どこどこ、シン! わ、私も拝まなきゃ!」


 そう言いながら、後ろを振り返ってキョロキョロするエミリア。

 鏡を見れば、すぐに見つかるんだけどなぁー。

 鏡を見ればなぁー。

 てか、エミリアの猫言葉、これは新しく宗教が出来そうだ。これは世間に広めて……いや、俺が独占したい気もする…………!

 ヤバイ、鼻血出そう。


「ごめん、冗談だよ冗談」


 冗談でもなんでもなく、大真面目だったけど。


「そうなの? なんだー、女神様を見たかったなぁ」

「いや、だから鏡を見れば……じゃなくて、寮の説明を続けるぞ? まず、Aランク冒険者のレイ先輩。ただ、彼女は研究するために在学しているらしい。ちなみに、二十七歳でエルフ族」

「む、女性の歳をそう簡単に教えてはいけません。でも、冒険者?」

「ああ、彼女はランクこそAランク冒険者だが、実力は既にSランクの域にあるらしい。敵に回したい存在ではないからね」


 流石に、俺もSランク冒険者に勝てるとは思えない。

 ランク=実力ではないが、彼女はずっとソロだったらしいのだ。

 ソロでAランクという時点で化け物なのに、Sランクにならないのも在学してるからという理由。


「他には……研究者はプライドが高い奴が多いらしいから、そこを気をつけるくらいかな。実力主義的な所もあるみたいだし、エミリアなら大丈夫だとは思うけど」

「シンは?」

「俺? 俺はまあ……上手くやるよ。最悪、部屋に引き籠もってれば良いしな」

「全然良くないよ……」


 呆れた声を出すエミリア。

 まあ、間取りは見てのお楽しみで……ジーク先生遅いな?

 なんだろうか。少しトラブルでもあったんだろうか。

 例えば「あたしが試験官の代わり? 消えな」的なことが。そうなると、ジーク先生とはもう会えなくなるのだが……。


「すみません、お待たせしました。相手の方も、そろそろ来られるかと」


 声がした方に顔を向けると、そこには疲れた顔のジーク先生がいた。

 心なしか、さらに額の皺が増えている気がする。

 この距離でもそう感じるのだ。確実に増えているな、あれは。いつのまにか顔中皺だらけの妖怪になったりしないよな?


「そちらは……エミリア様ですか! 大変お待たせして申し訳ありません……!」

「私は勝手に付いて来ただけだから大丈夫です。それと、もっと楽にしてください。えぇと……」

「ジーク先生です、エミリア様」

「気にしないでください。ジーク先生」


 俺は、二人きりでなければエミリアに敬語を使う。

 勿論、エミリアが王女だと知っている人の前でだけだが。


 俺が先生の名前を補足すると、少し照れながらそう言い、エミリアは観客席の方に戻って行った。

 おい、まさかジャンプで行くんじゃないだろうな、と思ったが、流石にジーク先生の前でそんなことはしないらしく、壁で立ち止まる。

 すると、一言二言小さく呟いたかと思うと、なんと地面から氷の柱が生えました!

 氷の柱は、どんどんと成長して行き、上に乗るエミリアを押し上げて行きます。

 そうして、程良い高さになると、エミリアは観客席に降りました。

 流石エミリア様です。

 うん、ジーク先生も苦笑いして……って、苦笑い以外の表情を見たことないな。驚いているのか分からないな。これじゃ。


 ちなみに、エミリアのやったことは実は結構高度なことだ。少しでも斜めにしてしまうと、氷の上に乗る自分は滑ってしまう。均一に氷を成長させるには、かなり高い魔力操作を必要とする。

 それを、苦しい顔一つせず行ったのだ。

 相変わらずのエミリア様でした。おしまい。


「……貴方が、無詠唱が使えると言う男ですか?」


 ジーク先生と一緒に感心して……少なくとも俺は感心していると、入場門から声が聞こえた。

 なんとなく、そちらに目を向けて……目を見開いた。


「…………え?」


 信じられない。目の前の光景が。

 ああ、どうして、どうして彼女が。


「な、何ですか。私を子供だと見くびると痛い目にあいますよ」


 子供っぽい、というかはっきり言って、六歳から十二歳の子が通う初等学園にいてもおかしくないレバルで小柄だ。もっとはっきり言おう。ロリっ子だ。

 蒼の髪に、水色の瞳。

 こちらを睨むそのジト目も、身体が小さいと言われて頰を膨らませるのも。


「──ょお」

「あ、貴方今初等学園生と言いかけましたよね!」

「師匠!」


 師匠だ!

 俺が間違える訳がない!

 これは、この人は、俺の、俺をあの時助けてくれた、師匠だ! 

 ……そうか、俺が七歳の時に十八歳! あれから九年だから今の師匠は今年で二十七歳! 

 丁度この学院で一番高齢の人は、二十七歳でエルフ族! ロリフもエルフだから、これは師匠のことか!

 ど、どうしよう。

 師匠、俺のこと分かってくれるかな。

 いやでも、さっきも師匠って叫んだし、何よりあの時間は師匠にとっても大きいものだったはずだ!

 ああ、まさかこんなところで師匠に会えるなんて……!


「お久しぶりですせんせ────

「あの、どちら様でしょうか?」


 ………………………………え?

 どちら様でしょうか?

 え?

 あ、う? あいうえお? 


()()()()()。私はレイ・ゼロです。これから、貴方の教育係を務めさせて頂きます」


シンは自分の師匠のことを、心の中では『師匠』と呼びますが、口では『先生』言います。



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