五話:舞踏会のお誘い?
「ふぅ……」
勝利が確定した瞬間、今まさに振り抜こうとしていた刃を寸止めにして、俺はゆっくりと着地する。
ローブに泥がついてしまったな……。
後で入念に洗おう。
「シン殿ッ!」
「ん、ああ紫苑……ッ、とと……」
呼ばれて背後を振り返ると、こちらにダイブしてくる少女がいたので、咄嗟に受け止める。
……いや待てなんでだ?
「それは無論、先程の勝負に感動したからにござりまする! 些か他人任せな戦法ではありましたが、しかし敵の心を操るのもまた戦法。やはり拙者の考えは間違っておりませぬ!」
「ごめん全然わかんないや」
興奮したように語る紫苑からは、ただ「さっきの戦いすごい!」以外の理由が見られない。
それとも、賭けに勝ったことでここまで喜んでいるのだろうか。それにしては少しだけ喜びすぎというか……魔法を見せてあげた小さい頃のエミリアに似ている、
……まあ、美少女に抱き着かれて俺も満更ではないんだが。
「む……こ、これは失礼を! し、しかし、拙者が……そうでござるか……」
「何その意味深な反応!?」
抱き着いていることに気が付いたのか、パッと俺から離れた紫苑が、頰を染めて恥ずかしげに顔を伏せる。
スライム事件で散々俺にしがみ付いていたのだから、咄嗟に抱き着いたことへの羞恥心ではないだろう。
となると、本当に理由が思いつかない。
ここでアーサーが居たりすれば、視線で教えてくれたりする……ことは特にないな。
助けてくれるのは、紫苑とレイ先輩の耳打ちくらいだが、二人の助けは望むべくもない。
「拙者が……い、いえしかし、それでは……」
「どうした紫苑?」
「……っ! な、なんでもありませぬ! ただ少し自分に対する固定観念が崩れそうで……」
「いや、十分大きくないか!?」
エミリアも紫苑も、なんでもないの基準が高すぎる。
エミリアに限っては、どうしようもなくモヤモヤしてるのにいつも通りとか言い始めるし……普段から俺にイライラしているということだろうか?
それは悲しみが深いゾ。
「シン殿、拙者はこの問題を考える必要性があると思うでござる」
「ん? ああ、良いんじゃないかな? 俺に出来ることなら手伝うぞ?」
何に悩んでいるのかは知りたいが、紫苑は何かを決意したみたいだった。
小石を投げる技術とかだろうか。そんなもん俺が知りたい。
「ほ、本当でござる!?」
「ん、んん? あ、ああ本当だ。何に悩んどるかは知らんが」
いや本当に知りたい。
「じゃ、じゃあまずは拙者の依頼が世間的にどうなのかを……その次は…………あの、この不思議な気持ちの名前、を……」
何かブツブツ言い始めてしまった紫苑の目は真剣だ。頰が少し赤く染まっているのは、抱き付いた事を恥じてるのか?
集中している少女の邪魔をしてはいけないな。俺は雪風の方に向きなおる。
「……シン・ゼロワン……」
「はい、えっと……雪風さん?」
「雪風でいい、です。私もゼロワンと呼ぶです」
「あ、ああ宜しく雪風」
「……?」
挨拶して手を差し出すと、首を傾げられた。
……………ん?
ちょっと中学時代に握手を断られた過去がフラッシュバックしたが、俺は気にしない。過去なんて見ても意味ないからね。未来に生きていこう。
「雪風は、負けたです」
「いや、まあ……うん」
あまり傲慢なことは言いたくないが、確かにそれは否定できない。いや、俺もルール違反スレスレだったが。
だがそれは、レイ先輩と一戦交えた時と同じ事。ルールに反していなければ、どれだけグレーゾーンでも勝者が勝者だ。
「活躍もなかったです。雪風は、Sクラスに入る資格はないです。だから、宜しくじゃないです」
──ああ、そういうことか。
こいつは、さっきの試合に納得がいっていないわけだ。
本来の力を出せていないのだから、Sクラスに入れることがないと思っているわけだ。
「あ……」
だから、
そんな雪風の手を強引に握って、無理矢理握手をする。
「キラ先生が認めなくても、俺がお前を認める。お前が必要だって分からせる。これから宜しくな、雪風」
♦︎♦︎♦︎
俺が決め台詞を放ち、雪風が嬉しそうに微笑む。
思わずハッと息を飲んでしまうその眩しい表情は、フードに隠されていて、目の前の俺だけが見れる特別な姿だ。
空気が和む。
闘技場内は歓迎ムードになっていた。
「いや、お前にそんな権限はないのじゃが……」
と誰かが言ったらしいが、そんなことは誰も気にしない。
雪風が入ると、Sクラス内の男女比率がどんどんおかしくなることも、俺は全く気にしない。
教師含めて三対五だという事実からは、そっと目を逸らす。
「舞踏会? 俺に踊れと? ふざけてるの? もしかして死にたいの?」
そして今、俺はキラ先生に、およそ一週間後に始まる舞踏会に出ないかと誘われていた。
無論拒否だ。
キラリちゃんとは多分背丈が合わない……なんてことは口が裂けても言えないな。師匠や先輩の方が合わせられないもんな。
というか、王城で生活していた時代も俺はパーティーだけは絶対に出席しなかったんだ。今更、ここで出るわけがない。
まあ……祝いの席に出席しなかったのは、顔見せしない護衛として一部令嬢から人気だったと、そんな噂を聞いたのもあるんだけどね?
偽装とはいえ恋人の横でその事をカミングアウトするほど、俺は考えなしのラブコメ主人公じゃないので。
「のお、時々起こるお前の失礼な言葉はなんなのじゃ?」
「テンプレートってやつ?」
「てんぷれーと? なんじゃ、その美味しそうな名前は」
「それは多分テンプラですね」
「??? ……まあ、良い。踊りじゃなくて戦う方の武闘会じゃ。決闘と言い換えても良い」
「ああ……そっちの……」
俺が嫌な表情をしたのを目敏く見つけたのか、キラ先生は、
「お主の発想の良さは面白い。それに単純な実力ならトップレベルじゃ。不真面目という欠点を除けば、ペア戦にソロで優勝するぞ?」
「なんですかその羞恥プレイ。大会規定とか色々と心配になりますよ」
「ふむ……しかし、他にすることもあるまい。一度出てみないか?」
粘り強いキラ先生。
別に出ても構わないのだが……少しだけ、ここまで粘る理由が気になった。
俺でなくとも……ペア戦だなんて協調性が求められる種目に、俺が呼ばれることがまず異常。
変なことをされたら、容赦なく味方ごと撃ち抜くぞ、俺は。
「別に出ても良いですが……なんでそこまで俺を推すんです。Sクラスという意味でしたら、魔狼事件でペアを組んだ生徒もいるでしょう?」
紫苑とキラが二人一組で戦ったように、魔狼に二人三脚で挑んだ生徒もいるだろう。
そっちに頼んだ方が、十分安定して勝ち進めると思うぞ。
「クラスは関係ない。お前の言うペア達は既に出身が決まっておるしな。理由は、二十五番隊の知名度を……」
「誠に残念ですが、今回のお話はなかったということで……」
「分かった! 分かったのじゃ! 本当のことを言う! ……知名度大事だと思うのじゃが……」
「悪名で既に有名なので」
「……うむ……実はの、優勝商品に、ある特別な品が出るのじゃ」
さりげなく無視された。悲しい。
「それを取ってきて欲しいとかなら辞退するぞ」
「……半分正解で、半分間違いじゃ。優勝商品の名は……」
ゆっくりと呼吸を整えてから、キラ先生は言った。
「神薬。世界最高峰の回復薬じゃ」
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