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四話:不確定要素だらけの作戦

 

 とても、とても大きなものを背負ってしまった気がする。


 ♦︎♦︎♦︎


 動いちゃ駄目、魔法も禁止、魔術を使うなんていう抜け道もしっかりと禁止された。

 完全に、機動力と言う俺の強みを殺しに来ているのは何故だろう。

 紫苑ちゃんが同情を誘ったおかげで、『直径1メートル円内の土に足で触れていれば大丈夫』という妥協を勝ち取ったが、これはつまり飛んで避けることが不可能になったことを意味する。

 つまり、足を狙い撃ちされたり、いやそもそも……


「地面に干渉されたら終わりなんだよなぁ……」


 発動してからはレジストがほぼ不可能な魔法、例えば〈泥沼〉とか使われたら、俺はズブズブと沈んでいくしかない。

 沈むなら溶鉱炉が良い。いや、やっぱどっちも嫌だわ。

 ……まあつまり何が言いたいかといえば。


 ……勝ち目が見つからねえんだよなぁ……。


「…………」

「…………」


 試合開始して最初は、お互い牽制のしあいだ。

 と言っても、今の俺は隙をつくことなんて到底できないから、アホな顔でボォーっと突っ立てるだけだが。

 それが功を奏したのか分からんが、雪風は中々攻めてこない。

 なので、


「行かないのなら、こっちから行くぞ」


 こちらから打って出ることにした。

 途端に緊張する空気、この状況で俺が何かしようとすること、それが意外だったのだろう。

 アホな顔で立っていて、アホな顔でやられる姿しか予想していなかったのだろう。

 ……あ、エミリアを除いてな?

 エミリアだけは、何故か俺の勝ちを疑っていないみたいだ。

 元々キラキラした純粋な瞳でこちらを見ていたエミリア以外、紫苑やキラ先生などの観戦する目にも、心なしか力が籠った……気がする。


「? しかしそこから攻撃することは……っ!」


 動きを止めて首を傾げていた雪風が、目を見開いてその場を一瞬で離脱する。

 勢いを殺さず、闘技場の壁を蹴って俺の方に飛びかかって来たのを、知り合いに打ってもらった愛用の刀で受け流し、俺はもう一度同じ攻撃を放つ。


「……ッ!」


 通常、刀で受け流した後は、斬撃に繋げるのが普通だ。

 無論、突いても叩いてもいい。

 まあつまり、受け流されたら、武器を使った何らかの攻撃を警戒するもんだ。


「あうっ……」


 それは雪風も同じみたいで。

 受け流されたと理解した瞬間には、咄嗟に振り向いて追撃の対策を取っていた雪風が、しかし小さく声を上げる。

 コツンと小突かれたように一瞬顔を上に向け、無事着地した彼女の額は少し赤い。


「……石?」


 俺の間合いの外で、雪風が戸惑いの声を上げる。

 その目は、俺と自分の間に転がる小さな石ころに向けられていた。


 俺が投げた物、雪風を仰け反らせた物、それは石だ。


「石でござるか……」


 困惑したような観客席の面々の感情を、紫苑がたった一言で代弁した。


 うんまあ、石ころ投げるなんて普通は考えないよな。


 無論さっき雪風が逃げたのも、俺が唐突に投げたせいだ。雪風は石だと理解するよりも先に、まず逃げることを選択したのだ。

 これがナイフとかなら、直線にしか進まないことが分かっているので、ナイフだと理解できれば慌てる必要はない。

 だが、小石は小さい。判別がつく前に逃走本能が働くくらい、小さくて見えにくい。ナイフと違って、見えにくい。

 相手の挙動に集中していれば尚更だ。


「卑劣な手段と言えば、そうなのかネ……」

「天才的発想だと言ってくれ」


 まあ、看過されたらそこでおしまいの浅知恵ですがね。


 そして、そこからは魔法合戦が始まった。雪風はもうフードを被っているので、動く気もないのだろう。

 あ、いや。俺は避けてるだけだから合戦ではないな。

 一方的に相手を狙い撃ち、もう一人は避け続ける……ただのいじめじゃね?

 教師が提案していいルールじゃないよね?


 まあしかし、俺は直径一メートル円内だというのに、よく逃げていると思う。さすが、ドッジボールで最後まで生き残った実力は伊達ではない。

 ……狙われなかった、というか最後の方に「あれ、いたの?」と言われたことは秘密だ。そんな事実はなかったんだ。


 と、そこで魔法の弾幕が一旦止まった。

 雪風、途中からルールを利用した戦法に変えて来ていたからな……。

 初級魔法が被弾し後ろへ下がるだけで、俺は外の土を踏んで失格。それを利用していた。

 中々えげつない事をされるお人だ。


 んで、弾幕が止んだ理由だけど、それは単純。

 俺を仕留めに来るのだろう。


「…………汝、己の罪の重さに沈むが良い。〈泥沼〉」

「ですよねぇ……」


 彼女は、容赦なく〈泥沼〉を使って来た。

 足元がぬかるみ、徐々にズブズブと沈んで行く。


 なんだろうか、ここで俺は親指でも上げながら消えて行った方がいいんだろうか。また戻って来るとか言いながら。


 いやまあ、というかね。そもそも、俺が勝つこと自体が、まず不可能に近い事態な訳。……今のは少しうまいかもしれない。


「シンっ!」

「シン!」

「シン殿!」


 エミリア、キラ、紫苑の声。

 ……紫苑の声は、お金に関係ないと思いたい。

 三人の応援だが、俺にできることなど、直径一メートル円内の地面を踏み続けるだけだ。

 こうなって仕舞えば、もう何も出来ない……


「と、思うだろ?」


 …………が、これを待っていた。


 そのために、隠し球的な天才的発想たる小石作戦をあんなに早く決行したんだ。

 全ては、こうして俺を確実に仕留めに来てもらうため。

 地面に、干渉してもらうため。


「はぁっ!」


 一つ気合を入れて、魔力を解放する。

 魔法でも魔術でもない。学院長が入学式にやったような、ただ魔力を体外に放出するだけだ。


 普通なら、何も起こらない。


 だが、この土は今〈泥沼〉の魔法の影響を受けている。

 つまり、()()()()()()()()()()というわけだ。


「だからこそ、こんなことができる」


 魔力に合わせて、勢い良く飛び散る土の塊。

 ここまで言えばもう分かるか?

 あれだ、先輩との試合と同じ理屈だ。


 俺は、範囲内の土に触れていなければならないだけで、別に()()()()()()()()()()()


「戦うことを諦める、これも作戦の一つだよ」


 飛び散る土の一つに乗った俺の握る刀の峰が、ゆっくりと彼女の首筋に触れ……


「試合終了! 勝者シン・ゼロワン!」


 俺が着地する前に、キラ先生が試合終了を告げた。


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