四話:不確定要素だらけの作戦
とても、とても大きなものを背負ってしまった気がする。
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動いちゃ駄目、魔法も禁止、魔術を使うなんていう抜け道もしっかりと禁止された。
完全に、機動力と言う俺の強みを殺しに来ているのは何故だろう。
紫苑ちゃんが同情を誘ったおかげで、『直径1メートル円内の土に足で触れていれば大丈夫』という妥協を勝ち取ったが、これはつまり飛んで避けることが不可能になったことを意味する。
つまり、足を狙い撃ちされたり、いやそもそも……
「地面に干渉されたら終わりなんだよなぁ……」
発動してからはレジストがほぼ不可能な魔法、例えば〈泥沼〉とか使われたら、俺はズブズブと沈んでいくしかない。
沈むなら溶鉱炉が良い。いや、やっぱどっちも嫌だわ。
……まあつまり何が言いたいかといえば。
……勝ち目が見つからねえんだよなぁ……。
「…………」
「…………」
試合開始して最初は、お互い牽制のしあいだ。
と言っても、今の俺は隙をつくことなんて到底できないから、アホな顔でボォーっと突っ立てるだけだが。
それが功を奏したのか分からんが、雪風は中々攻めてこない。
なので、
「行かないのなら、こっちから行くぞ」
こちらから打って出ることにした。
途端に緊張する空気、この状況で俺が何かしようとすること、それが意外だったのだろう。
アホな顔で立っていて、アホな顔でやられる姿しか予想していなかったのだろう。
……あ、エミリアを除いてな?
エミリアだけは、何故か俺の勝ちを疑っていないみたいだ。
元々キラキラした純粋な瞳でこちらを見ていたエミリア以外、紫苑やキラ先生などの観戦する目にも、心なしか力が籠った……気がする。
「? しかしそこから攻撃することは……っ!」
動きを止めて首を傾げていた雪風が、目を見開いてその場を一瞬で離脱する。
勢いを殺さず、闘技場の壁を蹴って俺の方に飛びかかって来たのを、知り合いに打ってもらった愛用の刀で受け流し、俺はもう一度同じ攻撃を放つ。
「……ッ!」
通常、刀で受け流した後は、斬撃に繋げるのが普通だ。
無論、突いても叩いてもいい。
まあつまり、受け流されたら、武器を使った何らかの攻撃を警戒するもんだ。
「あうっ……」
それは雪風も同じみたいで。
受け流されたと理解した瞬間には、咄嗟に振り向いて追撃の対策を取っていた雪風が、しかし小さく声を上げる。
コツンと小突かれたように一瞬顔を上に向け、無事着地した彼女の額は少し赤い。
「……石?」
俺の間合いの外で、雪風が戸惑いの声を上げる。
その目は、俺と自分の間に転がる小さな石ころに向けられていた。
俺が投げた物、雪風を仰け反らせた物、それは石だ。
「石でござるか……」
困惑したような観客席の面々の感情を、紫苑がたった一言で代弁した。
うんまあ、石ころ投げるなんて普通は考えないよな。
無論さっき雪風が逃げたのも、俺が唐突に投げたせいだ。雪風は石だと理解するよりも先に、まず逃げることを選択したのだ。
これがナイフとかなら、直線にしか進まないことが分かっているので、ナイフだと理解できれば慌てる必要はない。
だが、小石は小さい。判別がつく前に逃走本能が働くくらい、小さくて見えにくい。ナイフと違って、見えにくい。
相手の挙動に集中していれば尚更だ。
「卑劣な手段と言えば、そうなのかネ……」
「天才的発想だと言ってくれ」
まあ、看過されたらそこでおしまいの浅知恵ですがね。
そして、そこからは魔法合戦が始まった。雪風はもうフードを被っているので、動く気もないのだろう。
あ、いや。俺は避けてるだけだから合戦ではないな。
一方的に相手を狙い撃ち、もう一人は避け続ける……ただのいじめじゃね?
教師が提案していいルールじゃないよね?
まあしかし、俺は直径一メートル円内だというのに、よく逃げていると思う。さすが、ドッジボールで最後まで生き残った実力は伊達ではない。
……狙われなかった、というか最後の方に「あれ、いたの?」と言われたことは秘密だ。そんな事実はなかったんだ。
と、そこで魔法の弾幕が一旦止まった。
雪風、途中からルールを利用した戦法に変えて来ていたからな……。
初級魔法が被弾し後ろへ下がるだけで、俺は外の土を踏んで失格。それを利用していた。
中々えげつない事をされるお人だ。
んで、弾幕が止んだ理由だけど、それは単純。
俺を仕留めに来るのだろう。
「…………汝、己の罪の重さに沈むが良い。〈泥沼〉」
「ですよねぇ……」
彼女は、容赦なく〈泥沼〉を使って来た。
足元がぬかるみ、徐々にズブズブと沈んで行く。
なんだろうか、ここで俺は親指でも上げながら消えて行った方がいいんだろうか。また戻って来るとか言いながら。
いやまあ、というかね。そもそも、俺が勝つこと自体が、まず不可能に近い事態な訳。……今のは少しうまいかもしれない。
「シンっ!」
「シン!」
「シン殿!」
エミリア、キラ、紫苑の声。
……紫苑の声は、お金に関係ないと思いたい。
三人の応援だが、俺にできることなど、直径一メートル円内の地面を踏み続けるだけだ。
こうなって仕舞えば、もう何も出来ない……
「と、思うだろ?」
…………が、これを待っていた。
そのために、隠し球的な天才的発想たる小石作戦をあんなに早く決行したんだ。
全ては、こうして俺を確実に仕留めに来てもらうため。
地面に、干渉してもらうため。
「はぁっ!」
一つ気合を入れて、魔力を解放する。
魔法でも魔術でもない。学院長が入学式にやったような、ただ魔力を体外に放出するだけだ。
普通なら、何も起こらない。
だが、この土は今〈泥沼〉の魔法の影響を受けている。
つまり、魔力の干渉を受ける土というわけだ。
「だからこそ、こんなことができる」
魔力に合わせて、勢い良く飛び散る土の塊。
ここまで言えばもう分かるか?
あれだ、先輩との試合と同じ理屈だ。
俺は、範囲内の土に触れていなければならないだけで、別に範囲内にいる必要はない。
「戦うことを諦める、これも作戦の一つだよ」
飛び散る土の一つに乗った俺の握る刀の峰が、ゆっくりと彼女の首筋に触れ……
「試合終了! 勝者シン・ゼロワン!」
俺が着地する前に、キラ先生が試合終了を告げた。
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