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三話:背負う者

 

「…………」


 雪風と、この子は確かにそう名乗った。

 まさか……まさかこの子は……


「極東出身だったりする?」

「極東……? 雪風にはよく分かりませんが、出身は天照国だと思うです」

「そ、そうか……」


 何というか……独特な子だな。

 俺も得意というわけではないが、この子とは会話のテンポが掴みづらい。


 俺の質問にも淡々と機械的に答えていて感情が見えないし、それ以上に目元が見えない。

 黒いフードを目深に被ってしかも若干俯き気味なので、鼻先がチラチラと覗く程度。


 何より、こうして相対しても実力が全く読めないのが不気味だ。

 所作(しょさ)だとか、身体の揺れだとか、胸の大きさとか、観察していると人それぞれに違う特徴があったりするのだが、この子はそれが分かりにくい。

 注視すれば注視する程、身体の輪郭が微かに揺れる、ボヤけてしまう。


「えっと……転入試験はどうだった? 簡単だった?」

「結果が出ないと分からないです」

「あーいや、解いた感触とかさ、色々ないかな?」

「解いた感触……難しくはなかったです。一応、ほとんど記入できたです」

「そ、そうそれは良かった」

「はい、良かったです」

「…………」

「…………」


 雪風が俺に一礼して、そこで会話終了。

 会話を広げる余裕すらない。

 一言喋る度に、削られる精神力。

 一言間違えれば、罵倒されてしまうという恐怖。

 この子に冷ややかに罵倒されたい気もするが、そんなことをすれば観客席の女三人に冷たい視線を向けられて負のスパイラルに嵌まる(はまる)こと間違いなしなのでやめておこう。

 そもそも俺はドMでないのであしからず。


「ところで、マスター。()()()()状態で始めても大丈夫なんですかね?」

「…………む?」


 俺が師匠……じゃなくてレイ先輩と試合をした時は、ジーク先生が立会人として居た。

 この試験は、結果よりも内容を重視するタイプの試験だ。

 結果だけ伝えたところで、八百長やら、そもそも嘘をついている可能性だってあるのだから、信憑性は薄い。

 だから、やはり内容を見て判断するための教師が居ない限り、試験は始められないと俺は思うです。


「ふむ……なにか忘れていないかネ? 中々豪胆かつ蛮勇というかアホだヨ?」

「いや、忘れてもなにも試験である以上……」


 見落としがあるならともかく、忘れていることに心当たりはない。

 俺は至極真っ当なことを言っているのであり、頭が足りないなどと言われる筋合いはない。

 文句を言ってやろうとマスターの方を見て、俺は目が合ってしまった。

 ジィーとこちらを見る目の持ち主は……


「こ、こんにちはキラ先生? いい天気ですね?」

「そうじゃな、夜に人型の花火を打ち上げたい空じゃな」


 俺が失念していたのは、キラ・クウェーベルも教師であったことだった。


 ♦︎♦︎♦︎


 キラ先生は、先程俺と出会って闘技場までついて来て、そこで俺とエミリアに恥ずかしい思いをさせたのだという。

 うん、恥ずかしい思いをさせたと分かってるならやめてもらえないかな?

 まあ、そんな不平不満はともかく、Sクラス関連の案件ということで立会する教師もキラ先生その人だったのは、さすがに言ってくれないと分からないです。


「まあ、今の妾は少しだけ気分が良いのでな。許そうでないか」

「ありがたき幸せ」


 大儀そうに頷くキラに、俺は丁寧にお辞儀する。

 平時なら俺の命は消えていたが、何故かキラ先生の機嫌が良くて助かった。

 いや、そもそも教師として数えられないだけで、そんなに怒るのはどうかと思うんだけども。

 師匠と呼んでも笑って嗜めるレイ先輩とは大違いだな。まあ、レイ先輩の懐の広さは宇宙にも匹敵するので仕方のないことかも知れない。


「まあ、というわけで妾が居るのでこの試験は成立する」

「ルールとかは、どうされるのでござる?」

「ルールか……それは妾に一任されているが……」


 キラが表情を暗くさせる。

 どうしたのだろうか、何か落ち込むようなことでもあったのだろうか。

 もしそうなら、特別生徒寮の一室にもう一人住むことになるな。キラリちゃんは俺が守る。


「うむ……ジャンケンじゃ駄目かの……?」

「いや駄目だろ」

「駄目だと思います」

「当然駄目でござる」

「考えるまでもないかナ?」

「…………」


 五人分の否定がキラ先生に突き刺さる。

 途端に彼女は、うっ……と苦しげな顔を……保護してあげなきゃ……。キラリちゃんは俺が守る。


「単純な試合では、何故駄目なのかネ?」

「うむ、それなのじゃが……制限をかけぬとシンがふざける」


 酷い言われ様だ。


「それは……あるかも」

「目に見えるでござる……」

「お酒以上に手に負えないからネ……」

「うむうむ、あやつ、アホじゃからな」


 本当に酷い言われ様だ。


「アホなんです?」

「いや違う。俺は凡才だ。勘違いしないでくれ」


 ()()()()()首を傾げる雪風に、誤った知識を聞かれる。

 全く……こんな素直な子に俺の誤った知識をってちょっと待て。


「どうしたです?」


 俺があることに気がついて二度見すると、やはり俺の目を見ながら雪風が首を傾げている。


 ……そう、目が合っている。


「フード、取って大丈夫なのか?」

「戦闘時にはさすがに被らないです。あなたは、フードを被っていて勝てる相手ではないです」

「お褒めに預かり光栄です……」


 何を言っているんだとばかりに返されたが、そちらこそ何を言っているんだ。

 フードに過度な執着があるのか、肌を見せることを異常に恐れているのかと思うだろ、普通は。


 フードに半分以上隠されていた顔は……一言で言えばとても美人だ。

 クールかつ理知的な瞳とか、あの瞳で罵倒されたらってこの話はしたな。

 というか、性格がまだ分からないとは言え、女神の一柱に数えられてもおかしくはないレベルだぞマジで。

 いや……一応紫苑もレベルで言えばそうなのだが、あれは少し距離を感じるというか……もし俺がスライムに転生した時真っ先に抹殺しに来そうな感じがあって一歩及ばず。

 キラ先生は数百年生きる龍族なので元々神みたいなものだし、事実スペック的にも数えて良いが、何故か抵抗を感じるので無理だ。

 キラリちゃんは、どちらかと言えば天使枠なんだよ……!!

 え、グラム? グラムは猫だろ?


「……そう思うと、俺の周囲って異常じゃねえか? どう思うマスター?」

「ごめん、話の流れが理解できてない」

「そうかマスター……老いちまって……」

「君も中々に失礼だよネ! まあ、異常かで言えば異常だヨ! 類は友を呼ぶってやつかナ?」

「成る程、つまり俺がイケメンだと」

「ごめん、話の流れが理解できてない」


 ズバッと斬られて少し悲しい。

 だが、マスターの渋さに敵う気はしないので、それも仕方のない評価と甘んじよう。


 俺たちがそんな不毛な会話を繰り広げている間にも、キラ先生は一生懸命考えていたようだった。

 上げた顔は、気持ち良いくらいに嬉しそうな表情をしている。

 キラリちゃんが楽しそうにしてくれて俺も楽しい。


「シン、お前は動くの禁止、魔法の使用も禁止じゃ」

「…………は?」


 ちょっと理解できない言葉が聞こえて来た気もしたが、いやいやまさかそんな。


「すみません、もう一度言って──」

「なあ、お主ら賭けをしないか?」

「どちらが勝つかかネ? それなら私は雪風に入れさせてもらうよ」

「私は勿論シン!」

「おーい、無視しないでくれー」


 だがしかし、四人とも俺の言葉が聞こえていないようで、誰にいくら賭けるかで盛り上がっている。

 エミリアの賭け金が少し耳を疑う数値だったのは気にしたら負けだ。

 雪風が、俺に同情の視線を向けてくる。

 君だけだ……俺を分かってくれるのは……。


「して紫苑、お主はどっちに賭ける? あとエミリア、もし勝っても全額払えんが良いな?」

「はい、損しないので良いです」

「そ、そうか……紫苑、お主はどうする?」


 キラ先生が聞かなかったことにした。

 俺も聞かなかったことにしたい。


「え、あ……拙者は……その……」


 聞かれて慌て出す紫苑。

 一応仲間として、同じ厄介者部隊の人間として俺に賭けたいが、それは必ず負ける賭けだ。

 なので賭け金を下げて俺に賭けたいが、エミリアが高いせいで、賭け金が低すぎると期待していないことがバレバレになる。


「その……拙者は……その……」


 泣きそうな顔でうろたえる紫苑ちゃん。

 頑張れ紫苑ちゃん。負けるな紫苑ちゃん。

 いや、俺としては普通に雪風に賭けてくれて良いのだけれど。

 俺だって雪風に全額賭ける。


「シン殿に……エミリア殿と同じ額を……」

「…………」

「…………」

「…………」


 俺、マスター、キラ先生、三人の表情は一様にぐちゃぐちゃだ。

 様々な申し訳なさで、ちょっと罪悪感に押し潰されそうだ。

 いや、俺は何も悪くないんだけどね?


「勝つのだぞ、シン」

「うん、私のことは気にしなくていいヨ」


 キラ先生とマスターの声。


 ──何故だろう。

 とても、とても大きなものを背負ってしまった気がする。


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