二話:猛特訓?
「────好きです、シン」
「…………」
俺は、唖然とするしかない。
世界がひっくり返ったような、固定概念だとかそういうのが全て崩れ落ちていくような、目の前な出来事にそんな衝撃を受ける。
「好きです。貴方のことが、ずっと前から」
照れながらも、決して目を逸らさず、その想いの丈を俺にぶつけてくる。
顔は真っ赤で、身体は緊張で微かに震えている。
いや、震えだけではない。手は痛そうなくらい強く握っているし、頰も強張っている。目も不安げに揺れ、一歩間違えれば泣いてしまいそうだ。
女の子が、ここまで勇気を振り絞ってくれたのだ。
俺も、真摯に答えようと思った。
「エミリア…………俺も、お前が好きだ」
「────っっ!」
エミリアが驚きに目を見開いて、途端に破顔する。
場面を気にしているのか、嗚咽を我慢して両手で顔を覆うエミリア。
そんな彼女を俺は……
「…………」
何も言わずに抱き締めた。
エミリアは抵抗せず、コトンと額を俺の肩に付けて、おずおずと抱き返してきた。
「シン……」
「エミリア……」
お互いの名前を呼び合う、それだけで耳が幸せに震える。
「えへへ……これでもう、私は全部シンのものだね」
「ああ、誰にも渡さない」
「〜〜〜〜!! それは、ズルイよ……。そ、そういう恥ずかしいのは禁止!」
「そ、そうか。な、ならもう言わないことにするよ」
そう言って俺がエミリアの背中に回した手を解くと……
「……あっ…………」
エミリアの口から、可愛らしい声が漏れ出た。
「エミリア?」
「あ、いや、これは違うの! その……これは、その……〜〜〜〜!!」
無意識だったのか、狼狽したエミリアは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
だが、耳のせいでどれ程恥ずかしがっているかは丸わかりだ。
「ほら、照れてないでちゃんと言えって。どうして欲しいんだ、うん?」
俺がエミリアの頭を撫でながらそう言うと、エミリアはキッと顔を上げ、
「シンの演技は……すごく恥ずかしくなるの!」
俺の演技に駄目出ししてきた。
♦︎♦︎♦︎
闘技場に向かう途中、紫苑とキラに出会った。
出会ったのだが……少し様子がおかしく、エミリアと手を繋がないのかと聞いてきたほどだ。
流石に混乱したものの、マスターが試験について説明してくれたおかげでその場は難を逃れた。
逃がれたのだが……
「………………エミリア殿、照れすぎでござる」
「………………シンのせいにするでないぞ?」
「………………ノーコメントでお願いするヨ」
観客席に座る三人の前で、何故か演技をすることになってしまった。
いや! 本当に謎なんですけどね!
紫苑とキラ曰く、演技だとバレれば面倒なことになると言うのだが、そんなことは既に知っている。
だが、客観的に俺たちの演技がどう見えるのか、そろそろ知りたかったのも事実だ。
レイ先輩に頼むつもりでいたのだが、こうして帰ってきてみれば、レイ先輩は襲撃にあって意識不明。到底頼める訳がない。
だから、その転校生が来るまでの間、こうして闘技場で審査してもらっているのだ。
「だが、シン。おぬしも悪いぞ?」
そして三人は、エミリアに駄目出しした後は俺に矛先を向けた。
「俺ですか?」
「うむ、仮に本当に付き合ったとして、他人の目の前でそういったことをするのか? しないであろう?」
「そうだね。騙すんじゃなく、付き合った時のための予行練習だと思えバいいんだヨ」
「予行練習……」
「いざという時にボロが出ないため、部屋でそういったことをするのには拙者も賛成でござる。しかし、それを人前で行うのは……」
キラが鞭、紫苑が飴。そしてマスターは助言者。
そんな三人の意見は、基本的なことだが俺にとっては眼から鱗。
これはもう一度、エミリアと作戦を練り直す必要があるかも知れない。
「ごめんな、エミリア。もう一度やらせてくれないか?」
「ううん、私も恥ずかしがって目を合わせられていなかったから。それじゃあ、シン、次は……」
照れたように笑いながら俺の手を掴んで、再び練習を再開しようとするエミリア。
「まあ待て。今ので大体は分かったのじゃ。そろそろ転校生も来る頃、エミリアは話があるからこっちへ来い」
「キラリちゃん……」
「うむ? 二人ともどうしたのじゃ、その不満そうな顔は。妾が何かしたかの? あとキラリ言うでないのじゃ!」
「あ、いえ大丈夫です。今行きます」
意気込んだ途端に時間切れとなり、エミリアが観客席の方へ行ってしまう。
その時一瞬、俺の方を振り返ってウインクをしてくれた。
「いや、分からねえよ……」
ウインク一つで何を言いたいのか分かるほど、俺とエミリアはツーカーではない。というかむしろ、分からないことだらけだったりする。
「いやいや、今はそんなことより目の前に集中!」
頰を叩いて邪念を追い払い、師匠より受け継いだ装備を装着して待つことしばし。
「こんにちは、です。私の名前は雪風と言うです。これから宜しくお願いします、です」
全身を黒いマントで覆い隠した、不思議な少女が登場した。
♢Another view♢
「どうしたんですか? キラ先生」
「うむ、それなんじゃが……おぬしら、お互いの思う『恋人像』がかけ離れている気がしてな」
「恋人像?」
「そうじゃ、おぬしは、一体どういうことをすれば恋人だと思っておる?」
「えっと……手を繋いで街を歩いたり、一緒に買い物に出掛けたり……あ、あとキスしたり?」
「ふむふむ」
「あとは……膝の上に座ったり、一緒にお風呂に入ったり、同じ布団で眠ったり……」
「……う、うむ」
「首輪を付けたり、踏んだり、しばっ──
「ストップストップ! 突然何を言って……コホン、目を覚ましてくだされエミリア殿」
「うむ……中々強烈じゃったな。それは、二人の息が合わぬわけじゃな」
「も、もしかして間違ってたかな……?」
「間違って……まぁ一概に間違っておるとも言えぬが……」
「間違いにござる!」
「む?」「シオンちゃん?」
「恋人とは、そのような奴隷のようなことをする者ではございませぬ。ち、父上には、キスも結婚するまで避けるようにと……」
「子供が生まれたら大変だからね……っ」
「子供? いえ別にキスをしても……ああ、いえ確かにそうでござるな」
(成る程……やけに甘い意見が多いと思えば、紫苑自身もそちら側の人間であったのか。じゃがエミリアは酷い。子孫形成の方法すら知らぬとは)
「……待つのじゃ二人とも」
「「??」」
「一つ目、エミリアが言った行為は、事実行われておる。それも、婚前婚後関係なく」
「二つ目、恋人と奴隷はそう変わらん。違いと言えば、自主性の存在だけじゃ。つまり恋人のあり方は人それぞれ、奴隷のような付き合いもあれば、おぬしらが考える付き合いもある」
「三つ目、知識が圧倒的に足りない。特に紫苑は諜報任務に携わるのであろう? 色事には詳しくなければならん。エミリアはそうじゃな……シンやレイにでも聞け。聞いてくれれば、妾だって教える」
「四つ目、慣れろ。これは特にエミリアにとっては死活問題じゃぞ? あまりにも不慣れで、演技だとバレバレじゃ。シンが手馴れすぎている分、おぬしの荒が目立つ。いや、あやつもあれはあれで酷いが」
「「…………」」
「そう落ち込むでない。ほれ、これを貸してやる」
「これは……何にござるか?」
「漫画じゃ。印刷技術の発展に伴って市場に出回るようになり、最近人気だというから買ってみたのじゃが……中々に過激じゃ」
「か、過激……」
「そう恐るなエミリア。しっかりとおぬしでも読める物を選んでおる。おぬしらには丁度良いであろう。ちなみに、紫苑にはこれをプラスじゃ」
「む? こちらは紙に包まれて中が見えないようになっておりますが……まさか未読書でござるか?」
「まあ……部屋で呼んでみよ。そして、決して他人には見せるな。……妾も赤面したし……」
「キラ先生?」
「な、何も言っておらぬわ! ええい、これから二日に一度、妾が特別に授業を持ってやるから覚悟するのじゃぞ!」
「「…………!! はい!」」
(何故彼が手慣れているのかが気になるのは、私だけなのかナ……?)
感想評価お願いします!
それと、体調によっては次話が土曜日になるかもしれません……