一話:知り合いの伝言のためだけに店を閉める男、『マスター』
二章本編スタートです!
作中時間だと、入学してから数日後という異例の速さで二章です(笑)
「────きて……──起きて、シン」
「────ッ!!」
身体を揺さぶられて、意識が覚醒する。
「う……あ……エミ、リア……?」
「はい、エミリアです。もう、シン。シンまで寝ちゃったら意味ないじゃない」
「…………え?」
一瞬、エミリアが何を言っているのか分からずポカンとするが……すぐに全てを思い出した。
「レイ先輩は!? まさかもうどっかに行って……」
「先輩ならまだ寝てる。ほら、右手に感触がない?」
「右手……? あ、あれ? いつの間に……」
若干呆れた様子のエミリアの視線の先を見ると、そこにはお互いの指と指を絡め合わせる、所謂恋人繋ぎをしている俺とレイ先輩の手があった。
「…………いや本当にいつの間に?」
「私が来たときには、もうその状態で寝てたよ? と言っても、私が来たのもついさっきなんだけどね」
そっと手を離して俺が首を傾げていると、窓際の鉢植えに水をやりながらエミリアが答えた。
もう春なので芽が出ているのだが……なんの植物かは分からない。
「ついさっき? ああいや、その前に結局原因は分かったのか?」
「原因……かは分からないけど、入学式の日に使った召喚用の魔法陣に手が加えられていたの。でも魔法の威力が高すぎたのか、損傷している所があってなんの魔法か分からないんだって」
「召喚用魔法陣……」
威力が高すぎて魔法陣が損傷したなんて聞いたことはないが……先輩の抵抗にも打ち勝つレベルの魔法とくれば、確かに回路が破損してもおかしくはなさそうだ。
グラウンドに描かれていた魔法陣は新品そのもので、それなりの耐久力はあった筈だが、それでも破損している…………。むしろ、犯人が証拠隠滅を図ったのではないかと疑ってしまうな。
「いや待て。そもそも、なんで誰も気が付かなかったんだ?」
「うん、それなんだけど……多分改変されたのは昨日の明け方かも知れないって。異変に気付いたレイ先輩がそれを偶々見てしまって、魔法の餌食になったって予想してる」
「色々と腑に落ちない所はあるけど……それが一番妥当か。そうすると、校内の魔法陣も危ないんじゃないか?」
「ううん、今のところ改造されていたのは校庭の魔法陣だけだって」
「そうか…………」
何か、違和感を感じる。
恐らくその違和感が正解への道筋なのだろうけど……多分それだけじゃない。軽薄そうな男が魔狼事件の犯人だったように、答えは単純ではない気がする。
「まあ、考えていても仕方ないか……情報が少なすぎる。先輩も無事みたいだしな。犯人は痛い逝き方させるけど」
レイ先輩が倒れた時は肝を冷やしたが、俺の迅速な治療活動が功を奏したのか、後遺症が残ることもなく、いつかは目を覚ますらしい。
その日程がしっかりと予測できないのが少し不安だが、一週間から一ヶ月以内には目を覚ますらしい。それでも目覚めなかったら、再検査を行う。
安全が確認されている患者にしては対応が良い気がするが、それも先輩がこれまで学院に貢献してきたからだろう。具体的には何をしたのかは知らないけど。
「良かった、先輩も大丈夫なんだ……」
「今は何事もない。ああだけど、少し心配なことがあってさ……」
「心配なことって?」
「……再襲撃だ。もしこれが先輩を狙ったものなら、確実にもう一度先輩を暗殺しに来る。そうでなくても、目撃者の存在を消そうとして再び来るかも知れないだろ?」
先輩が貢献……とか言ったが、待遇が良いのも恐らく口封じを案じてのことだろう。
先輩が狙われることを、先輩を愛する俺が許容できるはずもない。
だから、エミリアに俺は頼み事をしようと思っている。内容は最低かも知れないが……エミリアなら分かってくれるだろう。
「私達が先輩を預かる、でしょ?」
「────ッ!」
「そのくらい、顔を見れば分かるよ。大丈夫、私も同じことを考えていたから」
敵わない。
エミリアに適いそうにない。
「やっぱ、すごいな……」
「そ、そうかな……? いつもシンを見ていれば、あれくらい誰でも分かると思うけど……」
「俺、そんな分かりやすい顔してた?」
「んー……私にとっては、分かりやすいかな?」
そう言ってエミリアは、「な、なんか恥ずかしいこと言ってるね……」と照れた様に頬を掻いた。
長い銀色の髪が揺れ、翡翠の瞳が瞬く。照れたことを誤魔化すかのように、コホンと可愛らしい咳払いをして、レイ先輩の布団を直す。
スラリと伸びた手足、身体全体が黄金比のお手本のようなその美しい姿を見れば、女神でさえ鏡をたたき割って感動にむせび泣くだろう。
しかも、高貴さの中にも、同じくらいの幼さが在るのがまたいい。つまりエミリアは神。異論は認めない。
「…………」
そして、もう一人の女神は今、ベッドの上で静かに寝息を立てている。
癖っ毛の髪は透き通るような美しい青で、今は瞼に隠れて見えない瞳の色も青。まさに、水の申し子というか、レイ先輩というか……女神というか……まあ、つまり神。異論は認めない。
色々と小さいことを気にする合法ロリ魔術師、汚れた俺には直視できない美しさだ。
…………。
……………………。
「……あのさ、エミリア」
「ん? どうしたの?」
そして、もう一人。医務室の入り口から顔だけを覗かせる、渋い口髭を生やしたおじ様がこちらを見ていた。
あれは神じゃないぞ? ただのオヤジだ。
見覚えのあるおじ様だが、今の姿ははっきり言って不審者だ。俺の知り合いには不審人物が多いとはいえ、エミリアのストーカーやってる知り合いはいない。
そんな方達には早急に、楽しい楽しい、魔道具に魔力を込める簡単なお仕事に就いてもらった。
今頃は、檻の中でノルマをこなしている最中だろう。
「あそこでストーカーがこちらを見ているんだけど」
「え? ……ああ、マスターさん? なんか、シンに用があるんだって」
「俺に? なんだろ、新作コーヒーとか、新しいカクテルとかかな?」
「用件は知らないけど、絶対に違うと思うよ」
エミリアが真顔で答えた。
だが兎に角、話を聞いてみないことには判断できない。
仕方なく、俺はそのおじ様を呼んだ。
「ふむ……呼ばれてしまっては仕方ないネ」
「いや、思いっきり待ってただろ?」
「はて? 何のことか分からないネ?」
「白々しい……まあいいや、どうしたんですマスター、店の方はいいんですか?」
入り口から覗き見していたのは、魔導書の古書店を地下に持つ、とあるバーの店主だった。
俺がレイ先輩に行かないかと誘ったバーで、例のアラフィフが経営しているバーだ。
知る人ぞ知る名店で、店主は親しみを込めてマスターと呼ばれている。
「ああ、今日は休みにしていてネ、実は、私の知り合いが転校することになったんだヨ。今日はその付き添い」
「転校生? こんな時期に?」
入学式から数日しか経っていないぞ?
転校生と言うよりも、入院とかしていて出席できなかった生徒だろ。
「ん、まぁ……色々あってネ、勿論試験には合格した上での転校だヨ? それでなんだけど……」
「?」
「君が実技試験の相手を務めることになってネ、私が呼びに来たのサ」
「え、えっと…………?」
寝起きだからか、いまいちマスターの言っていることが分からない。
困った俺は、エミリアに視線で助けを求めた。
「シンがレイ先輩と模擬戦したみたいに、転校してくる子も模擬戦で実力を測るんだって。それで、模擬戦を経験済みのシンが相手することになったの」
「ああ、そういう…………」
やっと合点がいった。
ただ、それだとマスターの知り合いはSクラスに入れるレベルの実力があると認められていることになる。
「本当は今日の予定だったが、明日にしても良いヨ。どうやら、今日は忙しいみたいだしネ」
チラリとレイ先輩に目を向けて、マスターが言った。
詳しい事情は分からずとも、緊張した雰囲気を感じたのだろうか。
明日に変更するという申し出は、普通にありがたい。
身体は疲労しているし、今はそんな気分じゃないのもある。
だが……俺は承諾した。
「いいのかナ?」
「ええ、今やれることは今の内に終わらせておきたいので」
俺がそう言うと、エミリアが優しく微笑んだ。
「うん、それなら私が案内するね、付いてきて」
先を歩くエミリアに付いていく形で、俺達はあの闘技場っぽい場所へと向かった。
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