冒頭──とある明晰夢
ここから二章スタートです
「先輩…………」
医務室のベッドの上で静かに眠るレイ先輩と、ベッドの側に座って彼女を見る俺。
何故先輩が倒れているのか見当も付かず、ごうごうと聞こえる耳鳴りは、まるで外では強い吹雪が吹いているかのような錯覚を起こす。
俺の頭の中は、雪原のように真っ白。
先輩と二人で吹雪に閉じ込められた感覚は、あの時と似ていて…………あれ?
「あの……時?」
そこで、強い違和感を、見たことのないものに既視感を感じるという、猛烈な違和感を覚えた。
先輩が寝ているところを見たことはないし、師匠と過ごしていた時期も、心配で側に寄り添うなんてことはなかった。
「ならこれは…………ッッ」
このような状況に心当たりがないか、頭を働かせていたその時、突然俺の頭に刺すような鋭い痛みが襲った。
「うっ……くっ…………!」
あまりの痛みに心臓の鼓動が速くなる連れ、その拍動に合わせてズキンと走る痛みは強くなっていく。
「なんだよ……これ……!」
頭を掻き毟り、歯を食いしばる。
汗がジワリと滲み、胃の中の物をぶちまけそうな激しい嘔吐感が全身を這う。
(どっかから術の影響を受けているのか……? だけどそんな気配は……ッ)
第二波だ。
今度は先程よりも激しい痛みの拍動だ。
想像を絶する痛みに、既視感や違和感なんてどうでもよくなってくる。
「────!!」
ふと、目の前の色が飛び、目の前が真っ暗になった。
そして──
『ここは、どこだ?』
俺は知らない場所にいた。
周りを見渡してみても、何も見えない。
俺の周囲は、吹雪によって断絶されていた。
『確か……俺は医務室に居て…………』
慌てて確認するが、俺が座っていた椅子も先輩の寝ていたベッドもない。
猛吹雪でほんの数センチ先も見えない空間に、俺は何故か一人で居た。
『転移魔法……じゃないよな』
このまま突っ立っていても拉致が明かないので、俺は一歩を踏み出し吹雪の中を歩いて進むことにした。
学院の医務室から、およそ生物は生き残れない空間への転移なんて聞いたこともない。転移魔法は、一度行った場所にしか行けないのだ。
つまり、俺を転移させた誰かは、この地に来たことがなければいけない。この吹雪の中から帰ることなど不可能に思えるし……それ以上に転移魔法ならあり得ないことがあった。
『寒く……ない?』
猛吹雪の中歩いているというのに、顔に叩き付ける雪の一つもなく、着ているのが防寒タイプでないローブなのにも関わらず、全く寒くない。
気になって手を伸ばしてみれば、手にぶつかる軌道を描いて降っていた雪は、障害物などないかのように俺の手をすり抜けた。
うん、やっぱりこれは転移じゃないな。
俺という存在が、この空間では物理的に存在しないことになっている。
『明晰夢ってやつかね……?』
折角の明晰夢が猛吹雪の夢とか悲し過ぎる。
もっと女の子とデートしている夢だとか、色々と見るべきものはあるだろうに。
『そういえば、明晰夢って介入とかできんのかな? もしできるなら勿論…………ん?』
声がした。
ほんの微かに、呻き声のような、泣き声のような声が聞こえた。
進んでも進んでも全く景色が変わらない。少し気になって、俺は声の聞こえた方へ進んで行く。
『お、なんかシルエットが…………氷?』
ぼんやりと見えた影は目と鼻の先だったようで、すぐにその姿を現した。
成人男性の身長くらい大きな氷の柱だ。
普通に考えたら……というかセオリー通りで考えれば、中で人が氷漬けになっているだろう。
表面は霜に覆われていて、中は見えないのが幸いか。氷漬けの死体を見る趣味はない。
でも、少し気になった。この氷がここにある理由が、この氷の中にある気がした。
『この霜、どうやって剥がせば……え?』
物理的な干渉ができない、だから霜を拭うこともできない。
どうしようかと氷に手を伸ばした俺の手が、ヒンヤリと冷たい感触を覚えた。
この手が何に触れているかは明らかだ。目の前の巨大な氷の柱、それに俺は触ることができている。
『まさか…………』
一つツバを飲んで、手を横にゆっくりとスライドさせる。
中を覆い隠していた霜、それが俺の手の動きに合わせて取れて行き…………
『…………え?』
中に、幼い子供がいた。
布の一枚も纏っていない、生まれたままの格好の少女が、足を畳み体を小さく丸めて氷漬けにされていた。
だが、何よりも俺を驚かせたのは、少女が眠っていることじゃない。
『せん……せい……?』
その少女は、俺の師匠にそっくりだったのだ。