二話:これが、試験……?
──この学院の正式名称を答えなさい。
(…………は?)
待ってくれ。何この質問。初等学院の試験ですか? 小学生じゃねえんだから。
……まあ、突っ込み所はあるけど、得点になるのは良いことか。
(答えは、ハンゲル王立魔術学院……と)
ところで、学園と学院の違いって何だろうな?
魔術学園と間違えて書いたから少し気になっただけで、特に深い意味はないけど。
ちなみに、初期はハンゲルではなくマーリンだったのだが、語呂が悪いと王国から名前を取ってハンゲルとしたらしい。ハンゲル王国の当時の王様は、中々思い切ったことをするな。
ちなみに、ハンゲルはこの国の初代王様でもある。
ハンゲル自体も有名だから、こうして学院の名前に使われていても全くおかしくはないけどな。魔術を纏めたマーリンと、それを広めた親友のハンゲル。二人は──。
うん、二問目に『ハンゲルについてなんか書け』とか書いてあるけど、これくらいで良いだろうか。質問がアバウト過ぎて、間違ったことを書いていなければ全部正解になる気がするけど。これもサービス問題か?
──初級の回復魔法は、中級に比べて魔力と効果の効率が三倍程悪いと言われているが、初級回復魔法には中級回復魔法にはない便利な効果がある。その効果について書け。
(お? 中々面白い質問だな。んー、これって、俺があの湖でエミリアに使った魔法のことか? それなら、確か効果は自然治癒力を少しだけ上昇させること……)
(えーと、計算問題も出るのか。四桁同士の掛け算ね、答えは…………2258596。やっぱ、日本の高校とはレベルが違うか……)
(いや、馬術って…………やっぱ国を考慮してあんのかなぁ……選択問題だし)
(貴方の尊敬する冒険者とその理由……!? 貴族殺しの問題だな。ま、俺は勿論師匠だけど! その理由は……どうしよう、用紙が後最低三十枚欲しい……)
結果、簡単過ぎた。常識問題がほとんどで、解いてて面白い問題が全くと言っていいほどなかった。勿論、中には手応えのある問題にも出会えたけど。
ていうか、二つ選ぶ選択問題を七個全て解いたのに、時間が余るってどういうことよ。しかも、尊敬する冒険者の所に一時間以上かけたからな。最終的には最近生まれた魔法で、手紙などに使われる魔法も使ったぞ?
使ったのは、魔法陣の中に情報を詰め込む魔法で、分かりやすく言えばパソコンのファイルみたいな物か? 文字をそのまま表示するのではなく、一度ファイルに纏めて、ファイル名で表示する、みたいな。
……あれ? そう言えば、師匠の手紙に書かれていた魔法陣って、この魔法とやっていることは同じじゃないか?
……これは、研究のしがいがあるな。
「いや、でもししょ……先生のは情報量が異常だったからな……。この魔法の制限を軽く超えていたし」
あの時、教えてもらった魔法。あれからあの魔法陣を解析して分かったのだが、なんと魔法理論というか、よく分からない何かが情報として詰め込まれていた。
「…………えっと……ああ、そうだ。テストの話だ」
テスト……テスト…………。
全ての空欄が埋まってしまったから、もうすることがなくて意気込みや計算などを書く自由記述欄に師匠の素晴らしさを延々と書いていたな。
採点者がどう思うか。少し楽しみだったりする。
もう、何回見直しをしたことか。……師匠を褒め称える文章を。
このテストは学力というよりも、時間配分を上手くできるか、つまり計画的に物事を進めるという、魔法及び魔術の研究に必要不可欠な能力を問いている訳だ。
ちなみに、魔術と魔法の違いだが、道具や儀式など準備を必要とするのが魔術。詠唱さえすればすぐに使えるのが魔法だ。
魔法は適性が必要な分、応用が効きやすいため極めて戦闘的。
魔術には、適性が必要ない。理論への理解と、起動するだけの魔力があれば誰でも使える。ただし、準備や道具が必要で応用も効きにくいので戦闘には向かない。
師匠のような魔術師は、戦闘中に魔法と魔術を同時発動したりする。つまりチート。
ただ本質的には同じだから、面白い話、杖を使わなければ魔法、杖を使えば魔術と考えることもできる。
それはともかく……
「テスト、流石に簡単過ぎるよなぁ……」
うーん、これはあれだな。天狗になってる貴族を振い落とそうとしているんだな。
朝から昼まで五時間半ぶっ通しで筆記試験というのも、受験生の集中力を試すためだろうか。
俺は三時間半くらいで、尊敬する冒険者以外全て解き終わらせたけどね。
と、なんかこっちに歩いてくる奴がいるんですけど。
うわぁ、面倒事の臭いがする。やだなぁ、あっち行けよおい。
ただでさえ、こういう身体よりも頭脳派な学院は男子が少なくて、そのせいで俺はこの教室内で肩身の狭い思いをしているっていうのに。
これ以上目立ちたくないんだけど。
「おい貴様、試験の最後の方、ずっと空を見ていたがそんなんで恥ずかしくないのか」
「来ちゃったよ…………」
「よく周りが貴族だというのにも関わらず頭を上げられるな。平民は常に貴族に向かって頭を下げておくべきだろう。おい、聞いているのか!」
「ん? …………お貴族様のお言葉など、私には大変勿体のないものです。私の耳で汚すわけには行きません」
「ふん、分かれば良いのだ!」
「…………」
あれだな、こいつアホだろ。
俺はエミリアの護衛であって、どこかの貴族のご機嫌取りじゃないんだよ。
試験会場で騒ぐような愚を犯すつもりはなかったから皮肉で誤魔化したけど、うん、やっぱアホだな。
でも、周りの奴らも「うわぁ……」みたいな表情で金髪くんのことを見ているから、少し安心した。
今の時代、表立って平民いびりをするなど普通に情勢が読めていないというか、時代遅れ感半端ない。
しかも、こんな他国の貴族や平民もいる中でそんなことを言うなど、素晴らしい大物かただの考えなしか。
(まっ、どっちでもいいや……)
うん、俺は気にしていないんだ。
特に何も。本当だぞ? 魔法を放つなんてしないぞ?
あんな安全な家の中でしか魔法を扱ったことのなさそうな坊ちゃんに魔法を放つとか、普通に殺人罪エンドが見えるから。
だから、あのね?
後ろの席のエミリアさんや。
そこまで頬を膨らませて金髪くんを睨まないでも……
「可愛いから許す」
「えっ! えっ!?」
「でも、見せるのは勿体無いから、それをするのは俺の前だけにしろよ?」
「えっ! あ、あの、それって……その…………」
「ここで言わせんなよ……」
「あ、ご、ごめんっ」
「いや、気にしてないから…………」
危ない危ない。エミリアの察しが良くて助かった。
いやー、護衛だとバレるのは状況がよく分かっていない以上避けるべきだからな。しかも、頬を膨らませるなんて、そんな無防備な仕草を見せていれば、悪い男が寄ってきてしまう。
…………護衛としてそれは阻止したいしな。
そうやって俺が頷いていると、「えへへ」と笑みを浮かべていたエミリアが、「そうだっ」と話を始めた。
「シン、頭良かったよね?」
「何故疑問形なのかは気になるが……悪くはないとは思うな」
「それで、その…………何問分からなかった?」
「…………」
…………そう来たか。
何問分からなかったか。つまり、ほとんどの問題が解けていると予想しているわけだ。いや、実際全部解いたからその予想はほとんど正しいが。
でも、あれだな。
さっきの質問でギョッとしている奴が数人しかいないということは、やはりここの筆記試験は簡単なんだろう。金髪くん含めて全員固まっている気がしなくもないが、俺には見えない。
いや、だってあんなレベルだぞ?
師匠の元でなら、できて当然の問題が半分以上だぞ?
尊敬する冒険者なんて、書くスペースが足りないことを除けば俺には簡単過ぎて……ってこの話はもういいか。
「えーと…………し、質問の意図が分からないな」
「じゃあ、全部の回答欄埋めた?」
「せ、選択肢問題があるじゃんっ!?」
選択肢問題も全て埋めてるけど!
「んー、でもシンなら全部書いてそう」
「ソンナコトナイデスヨ」
「本当? シン、汗が凄いけど」
「え、あ、いやー、難しかったね! 俺は分かるところから解くんだけどさ、もうすぐにやることがなくなっちゃったよ!」
嘘は言ってない。
分かる問題から解いていたら、分からない問題がなく、すぐに全問解き終わってやることがなくなっただけだ。
少し、無理がある気もする誤魔化し方。
「あ、やっぱり全部解いたんだ!」
長い付き合いのエミリアには速攻でバレた。
「「「ザワザワ」」」
「……………………………………………………」
やめろ、そこ、ざわつくな!
「トイテナイヨ」
「もー、そんなこと言ってー、シンのことだから問題用紙とか答案用紙の自由記述欄とかに呪文書いてるでしょ?」
………………………………ん?
今なんて言った?
……………………呪文?
「あ! 王級魔法の呪文消すの忘れっ…………あ」
「ほらー、やっぱり書いてるじゃない。嘘を言うのは駄目!」
「「「「ザワザワ、ザワザワ」」」」」
あー、ヤバイ! これは早々目立ってしまった! くそっ、これじゃ俺の想定する学園生活が…………!
朝起きたら彼女がエプロンを着て朝御飯を作ってくれて、授業の合間には授業の復習を簡単にして、お昼休みは二人で一緒のお弁当を食べ、放課後には手を繋いで帰る!
休日には学園の図書室で勉強したり、商店街を見て回ったり、外壁の外に出て魔法の特訓なんかも……!
俺が日本で出来なかった理想の学園生活を、ここで謳歌したいんだ!
やめてくれ! 金髪くんの憎悪の眼差しが怖い!
すると、狼狽する俺を見たエミリアは「落ち着いて、シン」と俺の頭をポンポンと叩く。ああっ、金髪くんの眼差しが……!
「駄目だよ、シン」
エミリアは俺の頭を撫でるのをやめ、耳元に口を寄せて俺にだけ聞こえる声で言った。
いや、むしろ全然落ち着かないんだけど。
金髪くんの憎悪の視線の中で、嫉妬の感情の割合が一気に増えたんだけど。
てか胸当たってる!
「王女の護衛で同室なんだから、シンはどっちにしろ目立っちゃうよ? だったら今ここで、シンの凄さを教えてあげた方が面倒じゃないよ?」
「…………!」
お前、天才か!
成る程、確かにそうすれば金髪くんのような、平民を差別するような奴らにも舐められることがない。
さらに言えば、護衛がこんな凄い奴なんだぞ、と周りに伝えられれば、そんなことよりエミリアの胸の感触が凄いんだけどどうすれば良いかな?
ああっ、思考が停止する! というか、意味が分からなくなる!
「あの、胸、当たってる」
エミリアだけに聞こえる声で囁くと、
「〜〜〜〜!」
顔を真っ赤にしてパッと離れた。
もう、あれだ。自分の椅子を蹴り飛ばす勢いだ。
そこまで、嫌だったのか…………。少しショックだ。
「あ、いや、でも…………」
「どうした? エミリア」
床を眺めていたエミリアが、モジモジしながらも口を開く。あれか、次の職場は地下牢で魔道具に魔力供給する仕事か。わーい、王女様の推薦付きだー。
はっきり言って、護衛終了。さて次の就職先は……とか考えている俺は、エミリアの表情の僅かな変化に気付かなかった。
「その、シン!」
「はい、どうもシンです」
「あの! 私、シンのことが…………」
「俺がどうしたの?」
「シンのことがす──」
「受験番号324番、シン・ゼロワン!」
エミリアが何かを言いかけたが、教室内に響く怒声によってそれは聞こえなかった。
エミリアの大事な言葉を遮って何様なんだよ……と思いながら怒声の主の方を見ると……。
やけに青褪めた若手の教師が、俺を呼んでいた。
「どうしました?」
本当に何も心当たりが(王級魔法以外で)ないので、試験監督の先生がどこか青褪めた顔でこちらに詰め寄ってきても、ちょっと鼻息荒いですよくらいしか感想が思いつかない。
でも、なんかやらかしたらしいな。
「シン・ゼロワン! 闘技場で実技試験を先に、一人で受けさせる! 準備時間はない! さあ、付いて来い!」
「あ、ちょっ…………」
なんだ、この先生。力が強いんだけど!
え、ちょっ……本当に何が起きてるの!?
「ごめんエミリア! 後でまた話の続きを聞かせてくれ!」
教師に引き摺られて退場という、なんとも情けない姿を晒しながらエミリアに呼びかける。
魂が抜けたかのように呆然とするエミリアは、
「シンの…………バカ」
よし、ドラゴンと決闘してこよう。そこを死地とする。