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エピローグ1

 

「どういうこと、シン?」


 賢狼と協力関係を結んだ翌朝……つまり師匠の小屋で睡眠を取って後の帰り道、俺はエミリアに問い詰められていた。

 事件を知っていて伝えなかったこと、一人で賢狼と戦いに行ったこと、そしてグラムに『おいた』したこと──


 最初の二つは結果論と、エミリアが酔っていたこと(それも俺たちの仕業だとエミリアは知らない)で一応納得してもらったが、最後は言い訳のしようがなかった。


 どうやら、グラムとの話は念話石を通じて湖中に響いてしまったらしく、大群に辛うじて勝利したSクラス全員が聞いてしまっていたらしい。


 そして、口が紙のように軽い誰かがエミリアに伝えてしまい…………今に至る。


 学院への帰路だというのに、エミリアは追及を緩める気は無いようで、物理的にグイッと迫ってくる。

 ちなみに反対側の手は、グラムがちょこんと握っている。その顔は赤くなっていて、服装の割に乙女だった。


「いやほら……山は降りたとはいえ、もう学院が見えているとはいえ、まだ森の中だし前を向いて歩こう? ね?」

「恋人が他の女の子にプロポーズして前を向ける女の子は希少。少なくとも私はできません」


 右腕に抱き付く力を強めて、頰を膨らませたエミリアがジィッ……と見てくる。

 紛うことなき修羅場という奴だが、エミリアの一挙手一投足が可愛らしいせいで緊張感が湧かない。


「む、なにその顔。私は真面目な話をしているの」

「うん、それは分かってるし、勿論反省もしてるんだけど……」

「けど?」

「グラムに悪いと思って…………」


 エミリアと付き合っているとは言え、偽装だから構わないじゃないか。そう言おうかと思ったが、それはあまりに失礼すぎる。

 偽装だからといって、エミリアが恋人でない訳ではないしな。むしろ、あやふやな関係だからこそ大切にしなければいけないと思う。


 ただ、ここで「あんな猫無視するよ!」なんて言おうものなら、俺は最低の人間と指差されてもおかしくない。

 触ってしまったのは事実だしな……。知らなかったなんて、触っていい理由にはならない。


「う…………それは、ズルイよ……」

「…………」


 下の方に目線を伏せながら、エミリアが

 無論俺もズルイのは分かっているが、俺が返事を返せないのはこの罪悪感が俺の頭にあるからだ。

 ()()という二文字が思い浮かんでくるが、エミリアについてもよく分かっていない。

 婚約を破棄したとは言え、じゃあさよならとならないことは流石に分かる。

 そもそも、俺とエミリアは恋人な訳で……だからこそSクラスの皆は、気まずそうに俯いたり遠巻きにこっちを眺めているんだし……。


「ああっ、くそっ、全然対処法が思い付かねえ……」

「…………」


 俺が歯噛みしていると、何故かエミリアが驚いた顔をしていた。


「どうした、エミリア?」

「いや、あの、シン。対処法って……その言い方は……」

「あ、いや、今のは言葉の綾で……単にどうすればいいのかを……」

「ううん、違う」

「違って、何が?」

「シンがそういうつもりで言った訳じゃないくらい、私は分かるよ。私が言いたいのは、シンがすることなんて一つだってこと」

「俺が、すべきこと……?」

「うん、当然、責任を取らなきゃ駄目でしょ?」

「へ?」「にゃ?」


 俺とグラムは唖然とした。

 理由はないが、エミリアがまさか許すだなんて想像もしていなかった。

 会話に一切参加していないグラムが、思わず顔を上げてしまう程に衝撃的な発言だった。


「それにね、シンには言いたいことがあるの」

「あ、ああ……」

「私は、シンが移り気なのは怒ってない」

「いや、移り気とかじゃなくて……」

「でも、手を出した女の子を勝手な都合で()ったらかしにするのは駄目」


 メッ、と人差し指をピンと立てるエミリア。

 何か、とても大きな誤解を生みそうな発言なので一言言わせてもらうと、俺は別に移り気というわけでもないし、グラム以外に手を出した人なんていない。


「分かってる。シンが女の人に何かするところなんて見たことないもん」

「むしろ見てたらやばいだろ、それ……。いや実際やってないんだけど。グラムが初めてだけど」

「うん、知ってる。でも……時々初等部の女の子を眺めてため息ついてたじゃん!」

「にゃにゃ!? も、もしかして変態だったのにゃ……?」

「違う、違うからな!? あれは単純に先生と同じくらいの子がいたからで……」

「わ、妾を引き合いに出すでない!」

「先生は先生でも師匠です!」

「どっちだろうと、変態であることには変わらないだろうに……」


 アーサーが、呆れた様にため息をつく。

 ふと後ろを振り返ると、Sクラスの面々はサッと目を逸らした。

 そうか……変態……なのか……。


「シンが女の子を連れてくるのはムカムカするけど、でもグラムちゃんはいい人なの」

「にゃ…………」


 俺を挟んで、グラムとエミリアの視線が交わる。

 だが、険悪な雰囲気はなく(両者とも成り行きだから当たり前だが)、むしろ安心する空気が流れた。

 何が起きたのかよく分からないが、二人は仲間同士になったみたいだ。新たな友好関係を築いておられる。


「えっと……その……もしかしてエミリアは浮気とか嫌じゃないのか?」

「え? そんなの嫌に決まってるよ?」

「にゃ…………ごめんにゃ……」


 エミリアがはっきりと言い、グラムの耳が元気なく萎れる。

 だが……これで気が付いた。

 エミリアは、特に俺のことを異性として……


「でもね、シンがその子のことが好きで、その子もシンのことが好きなら……仕方ないって思うの。私の努力が足りないだけだから」

「…………それって……」


 それではまるで、エミリアが俺を振り向かせようとしているみたいではないか。

 まさかと思って、エミリアをまじまじと見つめると、顔を紅潮させ「えへへ……」と照れたように笑った。

 そして、一つ頷き……………………


「うん、私はシンのことが────」


 ────ピーピーピーピー!


 エミリアが言おうとした言葉は、念話石から響いた着信音に掻き消された。

 昨日落とした時に設定を変えてしまったのか、音量が大きい。

 いや、しかもこれは緊急時に鳴るようにしている音じゃないか? エミリアが緊急時に知らせられるよう、レイ先輩と協力して改造しておいた筈だ。

 

「…………」


 話の腰を折られて悲しそうな顔をするエミリアだったが、「出ていいよ」と言ってくれたので俺はお言葉に甘えて通話を受け取る。


 エミリアからの念話な訳がないので、相手は勿論、レイ先輩だ。レイ先輩が、俺に助けを求めている。


「レイ先輩? どうかしました?」

「…………」


 返事はなかった。


「あの、せんぱ──」

「……ごめんなさい、シン…………」

「先輩!? ちょっと先輩!?」


 あまりにも弱々しい先輩の声に、俺は驚いてどういうことか説明してもらおうとする、

 だが、無慈悲にもそこで通話は途切れた。

 掛け直してみても、繋がらない。


「…………!」

「あっ、ちょっとシン!?」

「にゃ、にゃにゃ!?」


 後ろからエミリアとグラムの声が聞こえるが、構わず全速力で走り続ける。

 何か、何かとても嫌な予感がしたからだ。

 幸い、学院はもう目と鼻の先だ。


 ──そして、俺のその予感は当たっていた。


「せん、せい…………?」


 辺り一帯が黒く焦げた学院のグラウンドのその中心、爆心地で、レイ・ゼロ先輩がフラリ倒れ込んだ。


『良かった……』


 俺に気が付いたのか、こちらを見たレイ先輩の口が、そう、言っている気がした。


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