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三十三話:決闘のお誘い

 

「…………」


 何も言えずに木の側で放心している俺の所へ、グラムが右腕をさすりながら歩いてくる。

 飛びかかろうとする賢狼は、トップスピードだった。それをグラムは、文字通り真正面から迎え撃ったのだ。

 グラムのしなやかな細腕では、骨の一本や二本折れていてもおかしくはない。


「ううっ…………。痛いにゃ」


 グラムは、恨みがましそうな目で俺の方を睨む。

 俺に責任はないと思うのだが、グラムは腕をさすりながら「うう〜〜!」と唸り始めた。


「えっと……俺は簡単な治癒魔法しか使えないけど……いる?」

「…………(コクリ)」


 美少女に至近距離から見られる恥ずかしさを誤魔化すように頰を掻きながら、俺がグラムに治療するか聞くと、グラムは黙って頷いた。


「そ、それじゃ……失礼します」


 治療をするためにグラムの右腕に触れると、ブン……ブン……と一定のリズムを刻んで空気を叩いていた尻尾はピタリと止まり、耳はピンと立ち、その顔が強張った。


「か、勘違いするにゃ! 別に痛くにゃんてないのにゃ!」

「いや、まだ何も言ってないけど……」

()()ってことは、言うつもりだったのにゃ!? なら、その認識を正さなきゃいけないにゃ! ほ、ほら、こんにゃことをして、も…………」


 パッと俺から離れたグラムは、力一杯木の幹に拳を打ち込む。

 打ち込まれた木は、ポスッと小さな音を立てた。


「(……い、いたい…………)」


 ギュッと強く目を瞑り、泣きそうな顔になるグラム。

 耳も尻尾も、力無さげにヘタレこんでいる。

 右腕が、力が抜けたようにブラリと垂れ下がる。どうやら最後の一押しだったらしい。


「……骨を折ってるのに無理矢理動かすからだよ」

「うにゃ……反省してるにゃ……」


 尻尾はスカートの中にしまい、耳は髪の毛に隠れるように折れ、身体は縮こまっている。

 右腕をダラリと下げたままこちらを見るグラムは、心の底から反省しているらしかった。


「骨折は面倒なんだよなぁ……粉砕してるならお手上げだけど……」


 俺が習得している治癒魔法は、中級まで。

 上級も使えないことはないが、紙防御の魔術師は、回復力よりも回避力を重視した方が生存率が上がる。

 こう、他人の怪我を治療するのは滅多にないことだけど……


「うん、ギリギリ治るかな。ああ、でもちょっと待って」

「うにゃ? 今してくれないのにゃ? い、今してくれたら……頭を撫でる権利を上げるにゃ!」

「あー……すぐ終わるから待っててな」

「うにゃぁ!? …………な、なんでにゃ……グラムの髪を撫でる権利を捨てるにゃんて……初めて見たにゃ……」


 何やらショックを受けているグラムだが、それどころでないのを思い出したのだから仕方がない。

 俺は、〈ストレージ〉の中からロープを取り出して、地面に伸びている賢狼の側に屈む。


「こいつを縛らなきゃいけないことを思い出してな」

「…………ふん」


 右腕を押さえながら付いてきたグラムは、当然俺を手伝うこともできず、いじけて足元の小石を蹴っている。


 …………俺の方向へ向けて。


「…………おい、せめてあっちに蹴ろ」

「断るにゃ」


 俺の反応を待っていたのか、食い気味に断られてしまった。少しだけ、表情が柔らかくなっている。流石猫、ツンデレちゃんだ。

 うん、だけだもういい、こいつは無視しよう。

 腕の痛みは可哀想だが、この賢狼を止めることも重要だ。

 俺は手際良く賢狼の手足を縛り、意味があるかわ分からないが猿轡も噛ませておく。


「さあ、終わったにゃら、早くするにゃ!」


 丁度俺が終わったタイミングを見計らって、グラムが尻尾で俺の後頭部を叩き始めた。

 チラリと見ると、何故かやけに自慢げな顔だ。


「はいはい……んじゃ、腕を見せて」


 俺はグラムの腕を手に取り、肩から手首までを中の骨に沿うようにして指で撫でた。

 白く綺麗な、スベスベの肌だ。

 腕は細く、筋肉は柔らかい。レイ先輩ほど華奢ではないが、それでもあの賢狼を吹き飛ばした腕とは思えない女の子の腕だった。

 ふと、獣化したらどうなるのか気になった。


「なら、これって獣化したら治るんじゃねえか?」

「……できないにゃ」

「え?」

「私は、獣化ができないんだにゃ。だから、族長となるには高い功績が必要なのにゃ。だから私は決めたのにゃ。グラムよりも強い人を夫にするのにゃ」


 族長になるためなら、結婚相手なんてどうでも良いと言っているようにも聞こえるが、グラムの表情は何かを諦めたようではなく、希望に満ち溢れ表情だった。

 強さはあくまで条件であり、自分の好みじゃなければ結婚する気はないのだろう。


 賢狼を一撃で倒す少女よりも強い男が居るとは思えないが……俺は何も言わずに止まってた手を動かした。


「んっ…………」


 するとすぐに、擽ったそうにしていたグラムが、艶かしい声を漏らす。

 グラムが反応した場所を調べると、肘の下あたりの骨が折れて内出血もしている事が分かった。

 だが、粉砕している訳でもなく、どうやら治りそうだ。


「ちょっと待っててな……………………うん、終わった」

「うにゃ? もう? もうにゃ?」

「ああ、思ったよりも綺麗な折れ方をしていたからな。衝撃を逃がそうと腕を曲げていたのか?」

「うにゃ……無意識にゃけど……さすがグラム様にゃ!」


 グラムが、腰に手を当てて胸を張る。

 腕も治って、どうやら完全復活したようだ。


「……どうした?」


 と、紫苑に終わった事を伝えようと通話をかけたその時、グラムがこちらをチラチラと見ているのに気が付いた。


「ふふん、ご褒美に尻尾を撫でても良いのにゃ? まあ、猫系獣人の尻尾を触る事を──」

「え、いいの?」

「ふにゃ!?」


 一瞬で背後に回り、美しい毛並み壊さないように、グラムの尻尾を優しく掴む。

 そしてそのまま、両手を使って尻尾を撫でた。

 太くてフサフサな尻尾は、顔を埋めてみたくなるが、流石にそこは自制する。

 だが、グラムに止められるまで思う存分手で堪能して…………その時、違和感に気が付いた。


「…………にゃ、ダメ、にゃ……しっ、尻尾は、ダメなの、にゃぁ……」


 あれ? 俺の予想では、飛び上がってこちらを睨み付けてくる筈だっんだけど……。

 グラムは予想とは全く違って、顔を赤く染めながら腰が抜けたようにヘナヘナとその場に乙女座りで座り込んでしまった。


「急に尻尾を掴むなんて……えっちい人だにゃ……」

「あの……もしかして、尻尾が敏感だったりする?」


 少し場所が違うが、前世の知識で言うと、猫は尻尾の付け根を撫でられる事を喜んでいたイメージがある。

 猫系獣人ではその部分は尻の上なので、尻を触らない限り大丈夫だと思っていたのだが……。


「うにゃ、その……添い遂げると決めた相手にしか触らせない、猫系獣人の大切な場所にゃ……。エルフにとっての真名と同じにゃ。それを、あんな…………」


 肩を震わせているグラムは、背中側からだと泣いているのか、それとも怒っているのか分からない。

 ただ、俺が重要な事をしでかしてしまった事は分かった。


「その……グラムさん?」


 俺は、グラムにそおっと話しかける。

 すると、次の瞬間、


「うおっ!?」


 俺の身体を、グラムが押さえつけていた。

 完治した腕を使って、しっかりと俺の上でマウントを取っている。

 剣も扱うとはいえ一応魔術師である俺は、グラムのその素早い動きに対応できなかった。


「グラム、何、を……」


 している、そう言いかけて、俺は言葉を失った。

 こちらを見るグラムの表情が、あまりにも予想外、なんとニヤリと笑っていたのだ。


「シン・ゼロワン! 貴様、私と勝負するにゃ! 日程は後で伝えるにゃ! そこでお前が勝てば、お前を私の伴侶と認めるにゃ!」


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このままだと、二章の名前は『入学・下〜決闘編〜』とかですかね(笑)。

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