三十二話:最強の猫
「────!」
咆哮を上げ、賢狼が真正面から飛び掛かってくる。
いかにこのローブが優れていようと、防御面に関しては弱点だらけ。もしあいつの爪に捕まれば、俺はひとたまりもない。
「はぁっ!」
魔力を地面に流し、三枚の土の壁を作る。
この三枚を一度に破るなど、常識的にあり得ない。
『ウィンド!』
だが俺は、風魔法を使って大きく後ろに跳躍。
すると、地面から足が離れた途端、賢狼の凶爪が俺の着ていたローブを引き裂く。
「危ねぇ……」
初級魔法の一斉掃射で賢狼が怯んでいる隙に距離を取り、さっきの攻防を思い返す。
三枚の土壁。咄嗟に作ったものとはいえ、俊足の賢狼に破れる硬度ではない。
回避に使った風魔法も、魔力消費軽減とコントロールを求めて風魔術を使っていたら危なかった。
杖に魔力を流す時間分俺の回避は遅れ、俺は今頃真っ二つになっていたところだ。
「だけどもし俊足の賢狼なら、さっきのでも遅れていた可能性は高いよな。速さは遅くなっているのか?」
もしそうであれば、軽薄そうな男はミスを犯したことになる。
俊足の賢狼のまま戦っていれば、俺は確実に負けていたのだから。
「そもそも、タイプチェンジなんて不可能なんだけ、どッ!」
賢狼は、魔法の着弾点から上がる砂埃を咆哮で吹き飛ばし、再び飛びかかってきた。
同じく俺も三枚の土壁を作るが、その硬度は段違いだ。
当然、俊足の賢狼では破れない物の筈。
「やっぱり、パワータイプになってるか」
が、今度も難なく突き破られた。
それを予測し先にその場を離脱していた俺は、再び魔法の一斉掃射を放つ。
それと同時にローブに魔力を流し、ローブの機能を使って先程の引き裂かれた部分を修復した。
「パワー型なら、こうした方がいいか」
師匠の杖を鍵に戻し、俺は〈ストレージ〉から剣を取り出す。
少し考えて、師匠のローブの形状も軍服のように変化させた。
「────!」
再び咆哮を上げて飛びかかってくる賢狼。
「その動きはもう飽きた!」
今度は、賢狼の動きを見切って、すれ違い様に一太刀浴びせる。回避ではなくカウンターだ。
「ッチ」
だが、刃は通らない。
魔力の通しを良くしているだけの剣なので、斬れ味が特別良い剣ではないが、それでも明らかに賢狼の毛皮は硬い。
追撃を防ぐため後方に爆炎を放ち、俺はその場で飛び上がる。
「〈飛翔〉!」
発見された当時は風魔法だと思われていた魔法で、風魔法に分類されるが、実は重力魔法。
重力魔法の基礎と言われているが、他の魔法が見つかっていないので重力属性唯一の魔法でもある。
習得難易度は〈ストレージ〉以上で、しかも消費魔力が大きい。これもまた、習得している奴は少ない。
「取り敢えず……〈炎刃〉」
刀身に炎を纏わせ、眼下の賢狼に襲いかかる。
三回ほど爪と切り結んだ後、軍服の裾を翻して再び空中に上昇する。
他に〈水刃〉〈氷刃〉〈風刃〉、そして〈雷刃〉まで使ったが、どれも目に見えたダメージは与えられていない。
「強いて言えば〈雷刃〉か。だけど、あれは操作が難しいからな……」
やはり中級魔法では駄目だ。
数の暴力が駄目なら、俺の最大火力で迎え撃つしかない。
「いや待て、他に手段はないのか?」
とそこで、ふと頭に本当にそれで良いのかという疑問が浮かんだ。
「別に、こいつを倒す必要はないんじゃないか?」
例えば、軽薄そうな男によってこの事態が引き起こされているのなら、賢狼と男の契約を断ち切ることで解決するかも知れない。
他には、時間制限を待つというのもある。
賢狼のタイプチェンジなど、普通は不可能だ。この賢狼は、人間で言えばドーピングのようなことをしているのだろう。ならば、効果はいつか消える筈だ。それを待っても良い。
「……よし、喰らい尽くせ〈蒼龍〉!」
王級水魔法。自律して動く水の龍だ。
「────!」
賢狼の咆哮、迫り来る〈蒼龍〉を迎え撃とうと脚に力を込めるが、しかしその瞬間〈蒼龍〉は方向を変える。
賢狼を操る男の方向へ、〈蒼龍〉は一直線に向かって行き、その大きな口を開いた。
飲み込まれれば、窒息死は免れない。
「くそっ! 出でよ我が眷属!」
男は悪態をつき、手で地面に勢いよく叩く。
すると、地面に接している男の手を起点に魔法陣が描かれ、その魔法陣から大量の魔獣が召喚された。
「召喚術師……成る程、魔獣使いじゃねえのか。だから、あんなことも簡単にできる……」
魔獣使いは、魔獣との信頼関係がなければ成り立たない。賢狼に嫌がられ、魔狼を無為に擦り減らす男が、何故賢狼と契約出来たのか気になっていたのだが……契約すらしていなかった。
人間で言う、奴隷と従者の違いってやつだろうか。
「なら……話はもっと簡単だな。力ずくで賢狼を止めて、効果が切れるまで眠らせとけば良い」
邪魔になりそうだった男は〈蒼龍〉に任せれば、俺は賢狼と一対一で戦える。
「…………」
周囲を見渡すが、やはり場所が悪い。
こうも密閉された空間だと、爆発を伴う魔法は自分の首を締めることになるからな。自然と、殺傷力の低い魔法を使わざるを得なくなる。
「魔術師の本領は準備に基づく高火力。それに向こうも心配だ。…………よし」
俺は一つ頷き、〈蒼龍〉に気を取られている賢狼に向けて、〈炎刃〉を何度も放ち意識をこちらに向かせた。
「付いて来い、賢狼! 外で決着を付けるぞ!」
空中を浮遊したまま、部屋の入り口から洞窟内の通路に戻ると、予想通り賢狼は俺を追いかけて来た。
最後の置き土産に爆発系魔法を部屋の中に連射し、俺は結果を確認する前にその場を離脱。
後ろから、「酸素がぁ!」と叫ぶ男の声が聞こえて来たが、それに愉悦を感じる暇もなく賢狼の咆哮がその声をかき消してしまう。
「こっちだ、こっち!」
入り組んでいる洞窟だが、魔狼の死体が残っているおかげで道は分かる。入り口から見て部屋に繋がらない道は守りが少ないのだから、死体の数が多い方に出口がある。
「ッチ……」
気配が近づいていることを察知した俺は、一つ舌打ちをし、後ろに向けて〈魔弾〉を放つ。
無属性の魔法で低威力だが、魔力効率が良く牽制には大いに役立つ魔法だ。
「見えた!」
そうして、賢狼との距離を一定に保って逃げ続けていると、洞窟の出口が見えた。
出口には光と……そして、人影があった。
「こんな所に誰が…………」
急に止まる事も出来ず、高速ですれ違う。
向こうも俺の方向、いや賢狼へと走り出していたのか、相対速度のせいで顔は見えなかったが…………あの猫耳猫尻尾には覚えがある。
慌てて背後を見て…………
「猫を舐めるにゃ!」
猫系獣人の少女──グラムが、賢狼の鼻先を拳で捉えていた。
「待て、そいつは…………」
パワータイプだ。
その俺の言葉は、最後まで続くことがなかった。
魔法を停止し慣性に従って動く体を、木の幹を蹴って無理矢理止めた俺の目の前で、洞窟の壁が崩れたのか粉塵が上がっている。
だが、そこに居たのは賢狼ではなかった。
そこに立っていたのは、拳を振り抜いたグラム。
賢狼は吹き飛ばされ、打ち上げられ、洞窟の天井にその身体をめり込ませていた。
小鳥や獣達も息を潜めた静寂の中、ドサッと静かな音がして、天井から賢狼が落ちる。
「………………」
あまりの衝撃的な光景に、声をかけることも忘れて唖然とする俺の前で、
「い…………痛いにゃぁ〜〜!」
グラムが半泣きになりながら、振り抜いた右腕をさすっていた。
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ところで、
魔狼達を一瞬で殲滅するエミリアに、力重視の賢狼に力比べで打ち勝つグラム。
図らずも、最強の二人が友達同士になってしまってますね……。




