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三十一話:乱入者

 

「お前に恨みはねえが、Sクラス──エミリアを狙ってると分かれば容赦はしねえ」


 師匠のローブ、師匠の杖。

 この世界の最強装備を身に付けた俺は、怯むことなく宣戦布告する。


「────」


 賢狼が、何かを喋ることはない。

 魔狼系の魔獣は、たとえ最終形態である神狼になろうとも、喋ることも念話を使うこともないのだ。

 魔獣使いとして契約すれば別だが、この賢狼と俺が意思疎通できる未来は訪れない。


「賢狼としての尊厳だとか、安心しな。お前の死骸は塵一つ残さねえよ。あの世で隠居生活でも送っていればいい」

「────」


 賢狼も俺も、互いに殺気や敵意なんてものは見せていない。

 俺もこいつも、自然体。

 身体全てに意識を向けているようで、無意識。

 一挙手一投足に警戒しているようで、無警戒。

 ただ、自分の思うままに喋り、自分の思うままにある。


「なあ、賢狼。本当に、俺は謝りたいんだ」

「────」

「お前の気持ちは分からねえ。だけど、お前が家族の生存のために今ここにいる、そのことだけは分かるんだ」

「────」

「その上で、頼みたい。大群を引いてくれ」


 ──そう、これが俺の考えだ。

 賢狼に敵わないのなら、戦う必要はない。


 俺の望みは、無論エミリアが安全でいること。

 そして、魔獣である賢狼の望みは種族の安泰。


「互いに利害は一致している。悪い話じゃないだろ?」


 自然体で、俺は賢狼に問いかける。

 ──俺と、手を組まないか。


 森の中で見つけたあの軽薄そうな男に、こいつは意思に反する行動を取らされている。そう考えた俺の、唯一の提案だ。


「────」


 賢狼は、答えない。

 もし答えたとしても、賢狼の考えが俺に伝わることはないが、そもそも賢狼は俺に答える気がないようにも見えた。

 目の前の賢狼は、土壁に四方を囲まれた円形の空間の中心で、ただ静かに俺を見ていた。


「人間である俺を信用できない。それは当たり前だ、俺も、魔獣であるお前を信用できるとは思えない」

「────」

「契約しようとは言わない。ただ、友としてありたいだけだ」

「────」


 賢狼は何も答えない。

 いや、そもそも俺の言葉を理解していない可能性すらもある。

 だが、俺は構わず続けた。


「──俺は、この山を購入するつもりだ」

「────!」


 俺が切り札の一枚を切った時、賢狼は一瞬目元を動かした──気がする。


「この山は、高ランク冒険者でも苦戦する魔獣や魔物の巣窟だ。そして、この山自体が国と隣接している訳じゃない。所有する目安はついている」


 俺も、伊達に王城生活で贅沢していた訳じゃない。

 この山を購入できるのか、土地として所有して大丈夫か。

 王国の重鎮だけでなく、エミリアの兄の妻──つまりアーサーの姉にも尋ねて、そして所有化する許可を貰った。


 この山は一応王国の土地だ。王様が認めれば、他の貴族も手出しはしにくい。


 自分で言っていて、訳の分からない話だな。

 でも、俺がここまでするのには理由がある。


「これも、先生の捜索……先生に繋がる何かを探そうとしたからなんだけど、な」


 レイ先輩の存在で、これまで主に賞金首狩りをしたりして稼いでいた金を、山購入ではなく他の事に使おうと思っていたのだが……。

 この賢狼達のために、この山を自分のものにしてもいいかも知れない。


 ちなみに、探索のために何故購入しようとしたのかと言えば、居座ることができないからだ。

 長い時間調査するためには拠点が必要なのだが、その拠点を作るような場所がない。

 師匠と過ごした小屋、あそこは魔物や魔獣から攻め込まれ難い立地だが、その分逆に移動も難しい。

 だから、他の場所にも生活スペースを作りたかった。

 木々を伐採して空間を作り、そこに家を建てようとしていたのだが、勝手に伐採することは法律違反だ。

 

 もう一つ、理由がある。

 それは、師匠との家を残したいからだ。あの子屋は、俺にとって始まりの場所であり、帰るべき場所だとも思っている。

 誰かに見つかってしまえば、あの家は取り壊されるかもしれない。それは避けたかった。


「お前達の生活スペースを破壊することはない。小さな小屋を二、三軒建てるか、大きな屋敷を一軒建てるか。それくらいなら構わないだろ?」


 無論、山を購入と言っても、あくまで限られた範囲。

 そこまで強い魔物や魔獣がいない範囲だけだ。

 そうでなければ、俺の財布が破綻する。

 だが、そんな狭い範囲でも十分に交渉には役立つ。

 何故なら、魔狼の大群が住んでいる場所は、俺が購入しようとしているような、弱い魔物や魔獣がいる土地だ。

 ここでも、ピタリと一致する。


「どうだ? 悪い話じゃないだろ?」

「────」


 賢狼は、答えない。

 だが、その姿は考え込んでいるように見えた。

 これが王狼なら、交渉は難しかった。

 賢狼だからこそ、人間と協調する路線を検討できるのだ。

 あと少し。

 そう感じた俺は、最後の一押しを───


「おいおいおいおい、勝手なことをしてもらっちゃあ困るんだよ」

「ッ!?」


 殺気を感じ、慌ててその場から飛び退く。

 その直後、先程まで俺が立っていた場所に氷の槍が突き刺さる。


「お前は……!」


 幸い追撃はなく、態勢を立て直した俺は、慌てて魔法の飛んで来た方向を見る。


 そこに居たのは、あの軽薄そうな男だった。


「あん? 俺を知ってるのかお前? ……まあ、いい。邪魔立てしようっつうなら殺す」

「…………」


 男は、そのままこちらにゆっくりと歩いてくる。

 男は隙だらけ、速度の速い魔術を連射すれば確実に仕留められる歩き方だが……場所が悪い。

 男はしっかりと、俺との間に賢狼を入れるように歩いている。

 この状況で俺が攻撃をすれば、敵対行動だと賢狼が勘違いする可能性が高い。


「いやらしい奴め……」

「褒め言葉だな」


 男は、賢狼の隣で止まった。

 ここで狙い撃つこともできるが……いや、やはり危険な賭けだ。


「お前はこいつと敵対したくない。そうだろ?」

「…………ああ」


 隠していても意味はない。俺は答えた。

 だが男は、それを聞いて心底嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべ、賢狼の首根っこを掴んだ。

 嫌がり首を振る賢狼だが、次の瞬間、


「残念。今から敵対しまーす」

「────!!」


 男がそう言った瞬間、賢狼が声にならない悲鳴を上げた。

 男はそれを確認してバックステップ。賢狼から距離を取る。


「────!!」


 さっきまであれほどすまし顔で王者の風格を見せていた賢狼が、今はただ悶え苦しんでいる。

 銀色の美しい毛並みは、賢狼が身をよじる度に黒く変色し……いや、黒く変色する身体から逃れようと賢狼が身をよじっているのだ。

 澄んだ青色の瞳は、真逆の血のような赤色に染められ、立ち上らせていた白く神々しさすら感じる魔力は、今ではドス黒い瘴気に変わっている。


「なんだよ、これ……」


 思わず、一歩後ずさる。

 あの、知的で高貴な賢狼はもういない。

 そこにいたのは、ただの化け物。


 ──禍々しい一匹の魔獣だった。


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