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十九話:負けられない争い


『さぁ始まりました! 第一回ハンゲル王国体育祭! この、全世界数ある体育祭の中でも最高の舞台! 当然選手も最高峰! なんと今回はあのハンゲル王国王女も参戦しているぞぉー! 毎回何かが起こるこの祭! 今回も新たに歴史を作ってしまうのか!? 選手の活躍に期待しましょう! 実況は私、封印されちゃった系美少女、マキナがお送り……しますっ!!!』


 澄み渡る青い空に、照りつける暑い日差し。

 夏、真っ盛り。

 少女……マキナのテンション高めな声が競技場に響き渡った。


「どうしよう、どこからツッコもう……」

「マイク持つと人格変わるタイプなんですかね?」

「いや、ボクは割と変わっていない気がするけど。忘れたのかい? 彼女は体育祭には体操着以外あり得ないと熱弁するタイプだ」

「成る程」


 白と紺のポピュラーな体操着を着た、みんなを見る。


 言われてみれば確かにそうだ。

 各々の思う格好で体育祭に臨もうとした俺たちは、マキナに「ちょっと待ってください」と止められ……体操着への熱い思いを長時間聞かされたのだった。


 マキナの熱い思いに感銘を受け、俺たちはマキナの用意した体操着に更衣。

 普段なら絶対に着ようとしないであろうエストロ先輩やメアまで、今回ばかりは体操着である。


「…………」

「変態が変態なこと考えてる……」


 失礼なメイドだ。

 体操着姿を見ていただけで変態呼ばわりとは。


「なんにゃ? シン、まさか興奮しちゃったにゃ?」

「してない。してないからそれ止めろ。それされると自然とそうなっちゃうから」

「ほぼ"それ"なのです。"それ"で会話が成立すると思っている人間なのです」

「シンなら大歓迎」


 俺を変態と呼ぶなら、むしろこの三人の方が変態的ではなかろうか。

 今回体操着を着るに当たって、一人を除いて俺たちにはある選択肢が与えられた。

 

 選択肢とは、下に履くものをどうするか。

 グラムと雪風とティーが選んだものは、他のみんなよりも肌の露出が激しいもの。

 即ち、なんとこの三人、ブルマなのである。


 俺も現物は初めて見た。

 実際に存在したんだ、これ。

 というかこの世界にもあるのか、これ。


 理由を聞けば、三人揃って"動きやすそうだから"。

 恥ずかしくないのかと聞くと、"エッチな気持ちになっちゃうにゃ?"、"シンはいやらしい目で見るのです?"、"むしろシンには見て欲しい"。

 どうやら、俺以外に男もいないのであまり気にしていないらしい。


 グラムに至っては胸が大きいせいで少し大きめのシャツを着るしかなく、長めの裾が気になると言って胸下で裾を挟んでしまっている。

 そのためお臍が丸見えだし、胸も強調されてしまう格好に。俺が目を逸らすと調子に乗ってニヤニヤしだしたので、それならと開き直ってガン見してやるとメアから鋭い蹴りと蔑む視線を貰った。


 世の中不条理だ。くっついてくるグラムとティーを引き剥がし、俺はしみじみと思う。

 でも、俺以上に世の中の不条理を実感している人間もいるんだよなぁ。


「大丈夫か紫苑。鼻血とか出してないか? 気絶してないか?」

「大丈夫じゃないでござる! どうして拙者だけ、拙者だけ……!」

「安心しろ、グラムと雪風とティーがいる」

「自ら選んだのですからまだ良いでしょう! 拙者は選択権すら与えられなかったのですが!?」


 今回、体操着を着るに当たって、俺たちには選択肢が与えられた。紫苑を除いて。

 これは完全にマキナ側のミスらしいが、みんながブルマとハーフパンツで悩んでいる中、紫苑だけは前者一種類しか用意されていなかった。

 つまり、紫苑はブルマを履くしかなかったのだ。

 

 グラムたちが選ばなかったのを履けば……とも思ったが、グラムとティーは大きさが合わないし、雪風のもかなり違和感があるらしい。

 競技中に脱げてしまう心配をするくらいなら……と紫苑は泣く泣くブルマを選んだ。


 だが、やはり紫苑にはハードルが高かったようで、個室の更衣室に籠ったきり出てこない。

 そしてそんな異変には実況のマキナも当然気が付いているようで、紫苑に優しく声をかけるのだが……


『大丈夫ですよ、紫苑さーん。みんな女の子ですから』

「それでも恥ずかしいのでござる! それに拙者のはしたない姿をシン殿に見せるわけには……!」

「待つのです。それは雪風たちを馬鹿にしてるです?」


 流れ弾を喰らう三人。

 俺は良いと思うよ、その格好。

 

 ちゃんとした服を紫苑に用意してやれないのか?

 そうマキナに聞こうと思って観客席の上にある実況席を見上げると、マキナは考え込んでいた。あれ、嫌な予感……。

 

『うーん、それなら紫苑さんは敗退ということに……。残念ですねぇ、豪華商品がありましたのに……』

「豪華商品? なんだい、それは」

『優勝チームには、なんでも一つ願いを叶える権利が。さらに個人賞として、一番活躍した人にそこのシンさんを好きにする権利が与えられます』

「成る程、ちょっと二人きりで話をしようか」


 勝手に人を報酬にするな。

 

(ごめんなさい! でも体育祭を盛り上げるためなんです!)

(どんだけ盛り上げたいんですか……?)

(盛り上げるためなら悪魔にだって魂を売る所存です! 悪魔に魂を売っても良いんですか!?)

(斬新な脅し方ですね! 分かりました、良いですよ!)


 突然頭の中に響いた声。テレパシーのような物だろうか。

 しかしマキナは中々の体育祭狂いらしいな。


 俺がしばしば許すと、マキナは「ありがとうございます!」と何度もお礼を言ってきた。ちょっとうるさいくらいだ。


『好きな人を一日好き放題できる権利! これは負けられない!!』


 おい、なんか一言増えてるぞ。

 だが……俺にそれを指摘することはできない。

 何故なら……


「「「「「「…………」」」」」」


 明らかに、一部のやる気が一変した。

 アイリス会長とエストロ先輩が目を丸くし、キラが苦笑するくらいには。

 そしてそれは……


 シャッ! というカーテンが開けられる音。

 振り向くと……


「拙者も参加しまする!」


 顔真っ赤にした紫苑が、目に羞恥の涙を浮かべて、しかし確かに参加を宣言した。


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