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十七話:慣れるために必要なこと


「こちらでござる! シン殿!」


 紫苑の着替えを待って、部屋に入った俺を明るい声と共に出迎えてくれたのは……


「ぶっ! おまっ、何やってんの!?」


 バニーガールの衣装を纏った紫苑だった。

 

「ど、どうでござるか?」


 紫苑がクルリと一回転。

 長い髪の毛が広がるが、俺の視線は大きく開いた背中や可愛い尻尾のついた腰の方に吸い寄せられてしまった。


「いや、えっと、その……」


 とてもエッチです。


 なんてこと言えるはずもなく、俺が頑張って発した言葉は、


「好き」


 とても簡潔な言葉。

 しかし簡潔ながら大きな意味を持っている。

 言われた紫苑は頬を赤らめながら嬉しそうにはにかみ、控えめに俺の腕に抱き付いてきた。


「そうでござるか……。なら、頑張った価値もあったというものでござる。実は、今もかなり恥ずかしくて……」

「そう……だろうな。でも、どうしてバニーガールなんだ?」


 大胆とは聞いていたが、まさかバニーガールとは思わないだろう。

 紫苑にとっての大胆なら、せいぜい肩が出ているとか臍が出ているとかだと思っていたのだが……まさかバニーガールとは。


「拙者は忍び、そして忍びは主君あってのもの。故にシン殿に奉仕するための姿であれば、耐えられるのではないかと思ったのでござる!」

「そ、そうか……」

  

 考えてみれば、紫苑は仕事中という意識だけで高所恐怖症を克服しているのだ。

 忍びとして主君のために尽くす、それを意識すれば普通の人ですら恥ずかしい服でも着られるということか……。


「拙者は忍び故、シン殿のためなら何でもするのでござる! 暗殺に諜報、身辺の護衛、シン殿が望むこと全てを!」

「その格好でか!?」

「あ、いえ、流石にちゃんとした服にしまするが……あれ? それならこの服になる必要はないのでは?」

「あ」


 奉仕のための服だとしても、バニーガールの姿でできる奉仕なんて限られている。というか俺は一つしか思いつかない。

 同じ思考に至ったのか、みるみる紫苑の顔が赤くなって行く。


「ち、違いまする! 拙者はそのような意味で言ったわけではありませぬ! 確かにちょっとだけシン殿が興奮してくれないかと期待したりもしましたが、奉仕の意味はそれとは違って……」

「分かった! 分かったから落ち着け! 今結構大事なこと暴露してるからな!」

「シン殿とそういった行為に及ぶつもりは一切なくて……ああでもしたくないわけではなくて、むしろしたいとは思うのですが、最初はやはり変な格好ではなくちゃんと雰囲気のある所で……」

「オーケー紫苑、一旦口を閉じようか」

 

 パニックになっている紫苑を抱き締め、子供をあやすように背中を撫でる。

 その間も紫苑は中々危ない発言をしているが、紫苑のためにも全て聞き流す。

 具体的な内容を話し始めた時には、俺も流石に魔法で聴覚を遮断したが。


 そうしているうち紫苑も段々落ち着いてきたようで、


「す、すみませぬシン殿……お恥ずかしい所を……」


 俺の腕の中で、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに謝った。

 ちなみに格好はまだバニーガールだ。

 

「ああ、大丈夫だ。むしろよく頑張ったな。偉いぞ」

「そ、そんな……拙者は結局取り乱してしまいましたし、今考えてもどうしてあのような大胆なことを……〜〜〜〜!!」

「大丈夫だ。すごくエロ……じゃなくて可愛かった」

「今本音漏れましたよね!? ぐぅぅ……何故拙者はいつもこうなのでござろうか……」


 確かに、紫苑はよく調子に乗って自爆しているイメージがあるな。

 意識だけで苦手なものを克服できる分、苦手なものなのに大胆に行動して、集中力が切れたりした途端悲鳴を上げる。


 うーん、最初は公私を分けられてすごいと思ったが、考えると中々のポンコツっぷりだな。


「でも、どうして急にそこまで大胆な格好に挑戦したんだ? メイド服とかの方がまだマシじゃないか?」

「そ、それは……バニーガールに慣れれば普通の服は簡単に着られると思った故……」

「成る程。一理あるな」


 魔物と戦うのが怖かった頃の俺を、腹を空かした魔物の巣に放り込んだ師匠。それと同じ論理だろう。

 でも、

 

「それはあくまで自然でなきゃ効果は半減するぞ?」

「どういう……ことでござる?」

「今紫苑がバニーガールに慣れたとして、それは俺に見せる時に限った話かも知れないだろ? やらなければ、という意思がある状態ならバニーガールの格好ができても、その気持ちがない時にはできないんだ」


 魔物の巣に放り込まれた時、俺は戦いたくて魔物と戦ったんじゃない。魔物と戦わなきゃ死ぬから、がむしゃらに戦って、そして生き残って、魔物への恐怖心がなくなったのだ。

 その時に、魔物が怖いから克服しようとか、そういうことは一切考えていなかった。考える暇はなかった。

 

「成る程……ではどうすれば良いのでござる?」

「うーん……そうだな……。着るしかない状況になって、さらに服のことなんか気にしてられない状況になれば……」

「街中で、服だけを溶かす魔物からバニーガールの服を着ながら逃げるとか?」

「そんな特殊な状況中々起きないし、他の奴にその格好を見られるのは俺が嫌だ」

「シン殿……」

「まぁ、あんまり頑張りすぎるのも体に悪い。焦らずゆっくり慣れて行けばいいさ」


 そう、俺が締めくくったその時、


「シン、紫苑、ちょっと良いか?」


 扉がノックされた。

 

 ──そして翌日──


「と、いうわけでぇぇぇっ、真冬の体育祭、開催だにゃぁー!」

『イェーイ!!』


 メア考案、真冬の体育祭が始まったのだった──。



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