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十六話:プランB

 

「…………」


 小説を読みながら、しかしメアの意識は小説の内容に向けられていなかった。

 メアの目が向く先は文字の並ぶ紙ではなく、一階ホールの隅の方で繰り広げられているコントだ。


「ヨ、ヨロシク、オネガイ、シマス……!」

「あ、ああ……」


 ゴーレムでもまだ流暢に喋れそうなくらい片言なエミリアが、顔を真っ赤にしながら腕を広げる。

 そんなエミリアを抱き締めるのは、エミリアの真意が分からず困惑顔のシン。

 簡単には逃げられないくらい割と強く抱き締めているのは、エミリアの希望によるものだ。


 お互いがお互いを大切に思い、立場と世間体とかそういう面倒なものを取っ払った途端結婚しそうなくらい、相手を好いているエミリアとシン。

 そんな二人が抱き合っているというのに、何故だろう。嫉妬心や羞恥心を感じない。


 事務的……とはまた違う。自然でないのだ。どこからどう見ても、誰がどう見ても不自然極まりない抱擁なのだ。


 エミリアがシンを好きだという気持ちはちゃんと溢れ伝わってきていて、シンのエミリアを大切に思う心も伝わってくる。

 なのに、距離を感じるのだ。

 物理的にくっついているはずの二人の間に、空間を感じるのだ。


「…………」


 クッキーを一枚口に放り込んだメアの視線の先で、羞恥心の限界を迎えたエミリアが逃げ出した。

 シンは仕方ないな、とばかりに苦笑しているが、やはり少し悲しそうだ。


 もう、何回も見た光景だ。

 あれから、エミリアがシンに宣言してから数日経って、その間何度も二人は抱き締め合ったが……一度としてエミリアが逃げ出さなかったことはない。


 逃げ出すまでの時間は確かに長くなっているが……これでは慣れる前にシンの方に限界が来るかも知れない。

 例えばエミリアが入浴している浴室に入って行ったり……追い込まれなければシンと目を合わせることも難しいエミリアにとって、それはあまりに刺激が強すぎる。


 早急に次の手を打たなければならない。

 それがメアの考えだった。


「あ、シン殿。また特訓に手伝って欲しいのでござるが構いませぬか? 今日は少し大胆な格好に挑戦してみたいのでござる!」

「了解、いつも通り紫苑の部屋で良いよな?」

「はい! ふふん、今回レイン殿から頂いたものを見れば、いくらシン殿といえども鼻血を出すこと間違いなしでござる!」

「それは楽しみだな。でも大丈夫か? そんな服着るのはまだハードル高くないか?」

「た、多分大丈夫でござる……」


 吹き抜けになっている二階の廊下から紫苑が顔を出し、シンに『特訓』の手伝いを頼んだ。

 恐らく、苦手なものを克服するための特訓だろう。紫苑の苦手な物はスライムと着物以外の服だが……先の会話の内容からして、今回は服の方らしい。


 階段を登ったシンは紫苑と楽しそうに会話しながら、紫苑の部屋(紫苑が泊まる時に使う部屋)に二人で入って行った。


「…………」

「やはり違いますね。紫苑と話している時の様子を見ると、やはりエミリアの時とは違う。シンがエミリアに対して遠慮している気がします」


 メアの考えていたことを、レイが言ってくれた。


「うむ、エミリアの緊張がシンにも伝わっておるんじゃろうな。……しかし分からんな、もう好きだと伝えたのじゃろう? 妾ならもっとガツガツ行くが……」

「長い間一緒に過ごしていたからじゃないかな。実際ボクが彼に告白しなかったのも、関係性が悪い方へ変わるのを恐れたからだし」

「恥ずかしいだけじゃないのか?」

「本人はそう言ってるけどね……でもボクだって()()に気が付いたのは最近だ。関係が変わってからじゃないと、意外と気が付かないのかもね」

「そういうものなんだな……」

「そういうものだよ。だから恐れず気持ちを言葉にすることが大事なんだ。早くしないとボクみたいになるよ?」

「圧倒的説得力ですね……」

「悲しい話じゃのぉ……」

「あははっ、まあボクは彼と一緒にいられて彼に愛されればそれで良いんだけどね!」

「…………」


 何故か、本当に理由は分からないのだが、メアは咲耶と顔を合わせづらくなった。

 咲耶に同情しているとかではない。咲耶の言葉の一つ一つが、メアの心に深く突き刺さるのだ。


 だからそれはきっと現実逃避のようなものだったのだろう。

 メアは手元の小説に目を落とし、一生懸命文に目を通す。エミリアを観察していた時もページを捲る手は動いていたから、シーンも最後に読んだ所と随分違う。


「……とすると、恐れを解消させたりするのが効果的なんでしょうか……」

「さぁ、ボクにはなんとも。でも、今の作戦は悪くないと思うよ」

「作戦というのはいつもの()()のことか? そろそろエミリアが気絶しないか心配なのじゃが……」

「確かに、今のままじゃシンもエミリアも色々我慢の限界が来るかも知れないか……。慣れるっていうのは良いんだけど、もっと自然な感じにならないもんかなぁ……?」


 ──自然な感じ、か……。


 咲耶たちの話はいつの間にか本題に戻っていたようで、メアは少しだけホッとした。


(自然な感じって言っても、中々触れ合う機会なんてないよな……)


 エミリアが階段の下にいる時、シンを階段の上から突き落としてみるか? いや、それはちょっと強引か。それに危険だ。


(もういっそ同じ部屋に閉じ込めるとか……ん?)


 物騒なことを考え始めたメアの、ページを捲る手が止まった。

 規則的に鳴っていたページを捲る音が突然なくなり、咲耶たちがどうしたのかとメアを心配そうに見る。


「どうかしたのですか? メア」

「これだ…………」

「「「これ?」」」


 見事に重なる三人の声。

 そんな三人に向かって、メアは小説のあるページを見せつけた。


「これだよこれ! これなら自然に二人をくっつけられる!」


 そこに書いてあったのは……

 

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