三十話:賢狼
──突然だが、賢狼について話そう。
賢狼とは魔狼の進化の先に存在する、人に近しい知能を持った魔狼だが、それ以上に王狼との大きな違いがある。
それは、可能性だ。
まるで小中高校生を鼓舞する大人のような台詞だが、賢狼には無限の可能性がある。
統率の才能、当然だ。
俊足の才能、勿論ある。
治癒の才能、これもある。
園芸や建築などの才は知らないが、少なくともリーダーとして魔狼達を率いるための才能を、彼らは必ず持っているのだ。
故に、確立された攻略法がない。
俊足の賢狼であれば、防御が何よりも重要だ。
ひたすら猛攻に耐えて、相手の隙を突いて倒すしかない。
統率の賢狼であれば、何よりも初撃が大切だ。
大群を相手にしては、必ず負ける。戦闘力の薄さを突き、頭である賢狼を一番に倒さなければいけない。
治癒の賢狼であれば、攻撃力と速度。
治癒が意味をなさないように、つまり急所を高火力の攻撃で突いて即死させるしかない。
このように、賢狼はその才によって、討伐に必要とされる能力が違うのだ。
攻撃バカが俊足の賢狼に挑んでも、攻撃が当たらず即座に殺されてしまう。
故に、賢狼は嫌われる。
どんな能力を持っているのかも分からない賢狼、そいつを相手にすることは、どんな天才でも歯が折れることなのだ。
ただでさえ強いのに、しかも能力は不明で、相性によっては総合力の差なんて一瞬で覆されるのだ。そんな化け物と誰が戦いたいのか。
賢狼の可能性の数、一匹の賢狼が持つ才能の平均個数、賢狼の生態や特徴。
これらは何一つ解明されていないが、賢狼で分かっていることが少なくとも一つある。
それは、賢狼の真の恐ろしさだ。
冒険者ランクで言えば、SやAランクが必要な化け物ではない。
数さえ揃えば、Cランクでも倒せる可能性は十分にある。
だが、これは全て才能が分かっている、相性の良い場合に限ってだ。
正体不明の賢狼を倒すのには、Aランクパーティーが推奨されている。
それは、Aランクパーティーともなれば、誰か一人が良い相性だからだ。賢狼をそいつに任して、他の奴らは雑魚狩り。そういう話だ。
賢狼に対してのソロ討伐など、そもそもそんな概念がないと言ってもいい。
ソロによる、賢狼討伐なんて、少なくとも俺は聞いたことがない。
ドラゴン、キメラ、ベヒモス。どれもが計り知れない強者だが、ソロ討伐報告はある。
報告がないのは、賢狼だけなのだ。
そして俺は、その事実を知っている。
♦︎♦︎♦︎
(勝てる訳がねえ……)
そう、部屋に入った時に確信した。
四方を土壁に囲まれた円形のその部屋には、中心に賢狼が一匹で佇んでいた。
つまり、統率の賢狼ではない。
魔術や魔法の特徴である殲滅力を最大限に生かすのは、対多戦闘だ。
つまり統率の賢狼こそ、魔術師である俺が望む賢狼だった訳だ。
そうでないと時点で、俺としては回れ右したい気分になる。
そしてさらに、俺を諦めさせる事実。
「成る程……俊の可能性が一番高いか」
頭から一本の角を生やした、凛々しい狼。
普通の狼にしてはサイズが大きいそいつだが、逆に言えばそれくらいだ。
賢狼にしては、小さい。
俺が背中に乗れるくらいの狼と言えば、とても大きいように感じるかも知れない。だが、普通の賢狼はそれ以上に大きい。
「王狼……って、ことはねえな。この落ち着きようじゃ」
賢狼にしては小柄なそいつ。
十中八九、俊足の賢狼だろう。中々見かけない代わりに、倒すのも難しい賢狼だ。
防御力が紙である魔術師の俺では、何もできずに終わる可能性が高い。
魔術師の俺にとって、最悪の相手。
相性の悪い賢狼をソロ討伐など、これもまた聞いたことがない。
逃げたい、帰りたい、帰ってエミリアをからかいたい。
戦いたくなんてない。確実に、俺は勝てない。
「よお、賢狼。王様だってのに、随分と孤独なんだな」
だが、それでも俺は気丈に立ち向かう。
ここで死ぬことは許されないが、逃げることもまた、エミリアの護衛である俺には許されない。
……いや、違う。
許される許されないとかじゃなく、ここで逃げていては示しがつかない。
そりゃ怖い。次の瞬間死んでいるかも知れないんだ、怖いに、逃げ出したいに決まっている。
エミリアは、ここで俺が逃げたとしても変わらず接してくれるのだろう。
というか、それが普通の感性だ。
俊足の賢狼から魔術師が逃げたところで、誰がそれを糾弾できるのか。
それでも、いやだからこそ、俺は立ち向かわなければいけない。
俊足の賢狼から魔術師が生き残るなんて、なんて素晴らしい奇跡の話だ。
誇っていいし、エミリアからの株も上がる。
師匠に自慢できるし、俺やエミリアを異彩児と呼ぶ貴族共が、エミリアを見直す要因にもなるだろう。
(別に、勝つことが目的じゃない)
勝てないのなら、勝つことが難しいのなら、取れる方法はある。
「お前に恨みはねえが、Sクラス──エミリアを狙ってると分かれば容赦はしねえ」
震えそうな膝を我慢し、あくまで自然体に俺はそう言った。
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