十二話:お揃い
「おお……」
鏡に映る自分を見て、俺は驚いた。
「──こんな感じでどうだい?」
レインさんが用意してくれた服は、予想に反して無難なものだった。
ベルフェが横に立つことを考えての選択だろう。目立つ黒髪もあまり気にならないし、目立ちたくないという俺の希望をよく分かっている。
それでいて、遊び心も忘れない。やけに耳の辺りを触ってくるなと思っていたら、なんと伊達眼鏡をかけさせられていた。
やっぱり、レインさんは普通に優秀なのだ、いつもは遊び心がありすぎるだけで。
「うん、満足そうだね。でもスカートとか大丈夫かい? 違和感ない?」
「通常時で股下に防御力高い物が無いのは初体験ですね。でもまぁ、戦ってたら割とよくあることなんで大丈夫です」
「はぇ〜、やっぱ王女様の護衛は違うねぇ。ま、大丈夫なら良かった。ああお代は要らないよ、ただその代わりに服について何か言われたらここで買ったって言ってくれ」
「そんなので良いんですか?」
結構気に入ったので、多少値段が高くても買おうと思っていたのだが……。宣伝の方が利益が出ると思ったのだろうか。
でも、店に興味を持たせられるとは言え、俺が話しかけられなきゃ元も子もないよなぁ。お金になるとは思えない。
「それで良いの。ほら、さっさと出てった出てった。ここは女性用なんだから」
だが、レインさんはそんなこと気にしないとばかりに、俺の背中を押して更衣室から追い出そうとする。
そして俺は瞬く間に更衣室の外に出されてしまった。
「ほい、それじゃまた宜しくね。着たい服があったらいつでも言ってくれて良いよ」
「ありがとうございました、レインさん」
「いやいや、気にするんじゃないよ。男に戻ってからも気にしなくて良いよ、女性用の服を着るの」
「いや、それは気にしますからね!?」
「はははっ、冗談冗談」
そう言うと、レインさんは再び更衣室の中に戻って行った。
ていうか、男に戻ってから"も"って書き方だと今俺が全く気にしてないみたいじゃねえか。楽しんでいるが、全く気にしてない訳じゃないからな?
「まぁ良いや。ベルフェを探すか……ん?」
ベルフェを長いこと一人にさせているのも心配だし、店内を探してみようかと思った矢先、知っている顔を見つけた。
特徴的な真っ白な髪に、顔の切り傷、使い込まれた装備、間違いない。オーバートさんだ。こんな所で何をしてるんだ……?
「ん?」
あ、目が合った。
おお、やっぱり一般人とは違うな。隙がない。それに意識を持ってかれる。生物としての本能なのか、注意を逸らしてはいけない気がする。ベルフェとはまた違った感じだ。
でも、いつものオーバートさんはそんなことないんだよな……。
俺が普段会うオーバートさんは、頼れる姉さん。今のオーバートさんは、絶対的な力を持つ龍。それくらいの違いがある。
とかなんとか、勝手に色々感心してたら、
「あー、ちょっと良いかい?」
「え? あ、はい、なんでしょう」
オーバートさんの方から話しかけてきた。
手にはいくつか服を持っていて、ただの買い物客のよう。思わず背筋を伸ばしてしまうような気迫も既にない。
「この服の着方って分かるか?」
そう言って見せてきたのは、天照国の服。つまり、俺もよく知る着物だった。
紫苑が丁寧に教えてくれたことがあったので、着付けの仕方ならある程度知っている。俺は正直に答えた。
「そうか! それならさ、着せてもらえることってできるかい?」
着せる? まぁ、多分できると思うが……。俺は男だしなぁ。オーバートさんは俺が女に見えているから頼んでいるんだし、ちゃんと断った方が良いだろう。
「私は店員じゃないので、そういうのは店長に……」
一礼して、俺はその場を立ち去ろうとした。
が、
「ちょっと用事ができた! シン、すまないけど少しの間店番しててくれないかい!? すぐ戻るから!」
女子更衣室から出てきたレインさんが、大慌てで店から飛び出して行った。
「…………」
「…………シン?」
「…………」
「目を逸らすってことは、そういうことなんだな」
ゆっくり伸びてきたオーバートさんの手が、首飾りにしている師匠から貰った鍵に触れた。
くっ、肌身離さず着けているのが仇になった……!
「すげぇなお前。女になれんのか。それとも偽物か?」
「一応、本物です……」
「へーっ! すげぇな、そんなことできるのか……」
目を輝かせているオーバートさん。
なんだか居心地が悪かったので、俺は話を逸らすことにした。
「オーバートさんはここに何をしに来たんですか?」
「え? あー、えっとそれはだな……勿論、服を買いに来たからだよ。それ以外ないだろ?」
「いえ、あまりその格好で服屋にいる人を見かけないので……」
今のオーバートさんの格好は、どう見ても私服ではない。帯剣しているくらいなら気にしないが、籠手や胸当てと言った防具まで着て訓練の時と同じ格好をしているのは違和感がある。
「そんなこと言ったら、わざわざ女の身体になって街を歩く方が珍しいだろ。そういう趣味があるわけじゃないんだろ?」
確かに、言われてみればそうだ。
俺に理由があるように、オーバートさんにも理由があるのかも知れない。詮索しても良いが、その場合俺の理由も聞かれることになるだろう。そうすればベルフェについて話す必要が出てくる。
オーバートさんに、ベルフェの話はしない方が良いだろう。
「じゃ、あたしはそろそろ行くよ。男に着替えさせてもらうのは御免だしね。これ、戻しといて」
「あ、分かりました。じゃあ、また明日お願いします」
「ん、覚悟しとけよ〜」
持っていた着物を手渡してくると、オーバートさんは笑って店から出て行った。
「結局買わないのか……」
「シン、さん?」
「あ、ベルフェ。もう良いんですか?」
いつの間にそこにいたのか、ベルフェが首を傾げていた。
手には数着の服を持っている。気に入ったものがあったようだ。
「は、はいっ! 大丈夫、です! あ、あの……待たせて、すみません……シンさん……」
「いえ、全然待っていないので大丈夫ですよ。それより、今ちょっとレインさんが出かけていて……」
「…………」
「……ベルフェ?」
「っ、あ、す、すみませんっ!」
「いや、謝らなくても……」
俺の顔をジッと見ていたから少し不思議に思っただけで、話を聞いていないのではと疑ったわけじゃないんだが……。
というかそもそも、ベルフェは何を見て……
「あ、眼鏡ですか?」
「っ、あ、いえ、その……」
「もしかして変でしたか?」
「違います! むしろ似合って……いて……えと……、お、お揃い……だなっ、て……」
自分の眼鏡に触れて、ベルフェが嬉しそうに笑った。
同じ眼鏡でもなく、ただ二人とも眼鏡をかけていただけのことだ。言ってしまえば、二人とも靴を履いていた、服を着ていた……それらと変わらない。
お揃いかどうかと言われると、お揃いではないような気がするが……。
でも、
「なんだか……と、友達、みたいです……」
「友達ですよ。みたいじゃなくて」
これはお揃いだ。そうなのだ。




