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十話:作戦会議②

 

「なるほど、そういう理由で……」


 エミリアがシンに遠慮してしまっているという事情とその理由を説明したところ、レイたちは四人とも驚き顔ではなく納得顔で頷いた。


 それはつまり、エミリアがシンを避けているということが第三者から見て非常に分かりやすいということで……当然、シンにも気付かれているだろうと予測された。


「隠せてると思ってた自分が恥ずかしい……」

「うむ、お主に嘘は向いておらんな」

「でも、天然なら気が付けないのです」

「そうじゃな。その理由だけはさしもの妾も予想外じゃった。まさか、そんな理由とはな……」

「私にとっては重要だもん…………」


 咲耶たちだけではなく、キラたちにも『そんなことで』と言われてしまい、エミリアは拗ねたような真似をする。


 告白してから上手く顔が合わせられない、なんて経験をした者はここにはいない。咲耶も紫苑も雪風もティーも、開き直って堂々としているタイプの人間だ。

 レイは人を好きになったことすらないし、キラはシンを揶揄うことはあっても、真剣に恋をして告白したことはまだない。


 エミリアの気持ちに共感できる人間は、ここではたった一人だけだった。


(…………でも、オレのはエミリアのとは違うし……)


 詳しい話を根掘り葉掘り聞かれ顔を真っ赤にしているエミリアと、楽しそうな他の面々を見ていたメアは、その光景からなんとなく目を逸らして暖炉の火を見た。

 揺れる炎を見ていると、段々と心が落ち着いてくる。


 ……そこで、メアは自分の心が今まで落ち着いていなかったことに気が付いた。

 喉の奥に何か引っかかったような、ほんの少し呼吸が苦しい感じ。それを意識すると、もう駄目だ。苦しさがどんどん大きくなって、泣きそうになる。


「…………」


 そんなメアに気が付いたのは、レイ。

 すぐにこの場をどうにかしなくてはと思い、ひとまず落ち着かせようとしたその瞬間、


「うむ、妾に提案があるのじゃ」


 キラが一歩進み出た。

 進み出る途中、キラがメアに一瞬視線をやったのを見て、レイは口から出かかっていた静止の言葉を飲み込む。


「エミリアがシンに対して恥ずかしがらないようにすること、これが今回の目標じゃな。そこでじゃ、具体的な策を練る者を選抜しようと思う」

「確かに、人数が多いと作戦行動に矛盾が生まれたり、混乱したりしそうだね。中心人物を決めるのは良いと思うよ」

「うむ。無論選ばれなかったからと言って、エミリアを手伝っていけないわけではないがな」

「それで、その人は誰なのです?」


 雪風の質問に、キラは一度皆を見渡してから答えた。


「メアとレイ、妾は二人に任せるのが良いと思うじゃが……どうじゃ?」


 ♦︎♦︎♦︎


「ドラゴンの〜鱗は〜……む?」

「少し良いですか、キラ」


 キラが歌いながら自分の部屋(と言っても寝泊まりしているわけではなく、仕事部屋として使っている部屋)で、期末テストの採点をしていると、レイが訪ねてきた。


「おお、別に構わぬが……どうしたのじゃ?」

「失礼します。先程の件で尋ねたいことがありまして……」


 部屋に入るやいなや、話を切り出すレイ。


「先程の件と言うと、エミリアのことじゃな? 勝手に決めて不満だったかの?」

「いえ、違います。メアのことです」

「成る程、メアか……」

「はい。いくら似た気持ちを経験したことがあるとはいえ、今のメアには酷なのでは?」


 あの時のメアは、複雑な表情をしていた。エミリアを応援しようとしていながら、心からは応援し切れていないのだ。

 どうしてエミリアを心から応援できていないのかは、これまでのメアを見ていればすぐに分かる。


 徐々に自分の心に正直になり始めたメアにとって、シンへの好意を隠そうともせず、ただひたむきに進み続けるエミリアは眩しすぎるだろう。


「そうじゃな、メアには少し辛い経験かも知れぬ」


 一拍置いて、


「メアにとって、昔はライバルと言えばエミリアくらいじゃった。じゃが、今はもっと多い。エミリアだって、身分差の壁を超えた」

「ああ、婚約していましたね、そういえば」

「いや、それではない。これはリーシャというメイドから聞いた話なのじゃが、メアが帝国から帰ってきてシンと再開した時、シンが冗談で王に向かって娘をくれと言っての、王も即座に許可したらしいのじゃ」

「何やってるんですかあの子は……」

「はっはっは、まあ王とシンは、昔からその場のノリで会話しておるところがあったからの。仕方あるまい。ともあれ、そんな現場を目の前で見たメアは心穏やかではなかったじゃろうな」


 身分差で絶対に結婚できないと思っていた最強の敵には、実は身分差という鎖は付いていなかった。

 自分が帝国に行っている間に現れた、シンのことを好きな女の子。そして、契約精霊として隣に立つ雪風。


 これらは、メアを焦らせるには十分だ。


「メア自身も、段々自分の本当の気持ちに気が付いておるしの。すぐ近くで恋心を爆発させておるエミリアを見て、ただではおれんじゃろうな」


 今まで隠れていた、奥底に眠っていたものが徐々に目覚めつつある。

 メアはきっと、大いに悩むことだろう。自分の気持ちと友情との間で、板挟みになって。


「それでも妾がメアを指名した理由は、メアを応援したくなったからじゃ」

「応援……ですか?」

「うむ。あやつの一目惚れの瞬間をその場で見た者として、あやつの初恋を知る者としてな」


 要は、昔から応援してたから今回も応援する、ということだろう。

 だが、ここでレイには気になる点があった。


「一目惚れ? 帝国で助けられた時ではなく?」


 メアがシンに好意を持ち始めたのは、帝国でシンに助け出された時、そう思っていたのだ。

 一目惚れだと、帝国の事件の時には既にメアはシンに好意を抱いていたことになる。

 

「そうじゃ。あの日、二十五番隊専用の訓練場でシンが団長にしごかれておっての。妾も『叩きのめすのじゃー』と声援を送っておった」

「シンを応援してないんですね……。それで?」

「その時、妾たちがうるさかったのか、メアとスーピルが部屋から出てきたのじゃ。その頃のメアは塞ぎ込んでおっての。少しも笑わなければ、感情を忘れてしまったかのようじゃった」

「…………」


 今のメアからは、想像もできない。

 確かにコミュニケーションが苦手だったり、初対面だと上手く話せなかったりするが、笑顔は日常的によく見せる。

 感情だって、一切ないどころかむしろよく表情に出るタイプだ。嫉妬、照れ、喜び、怒り……なんかは特に分かりやすく、シンと話している時なんかはコロコロ表情が変わって見ていて楽しい。


「今でも、妾たちの記憶に深く刻まれておる。何度倒れようとも必ず立ち上がるシンに、メアは目を奪われておった。食い入るように見つめ、隣のスーピルの言葉など聞こえておらんようじゃった」

「その時から、恋をしていたと?」

「恋までは行かんと思うがな。その後、シンに話しかけられ、テンションの高いシンの強引さにメアが……愛想笑いとはいえ久しぶりに笑顔を見せた時には、少なくとも、いずれ恋するだろうことは分かった。次の日、妾に戦う術を知りたいと聞いてきて、それは確信に変わったのじゃ」


 そこでキラは、ふぅーと長い溜息をつき、聞いた。


「やはり、メアには酷だと思うかの?」

「ええ、思います」


 レイは即答する。

 だが、その表情はメアを心配しているというよりむしろ、楽しそうだった。


「でも、そういうのは嫌いじゃありません」

「引き受けてくれるかの?」

「はい。私なりのやり方で、私なりに」


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