七話:波乱の予感
今日予定がないとは言え、朝食を食べに屋敷に戻る必要がある。
ベルフェも誘ったのだが彼女が遠慮したため、俺は一人で屋敷に戻り、ベルフェとは王都内で待ち合わせをすることにした。
ベルフェが迷わないかが心配だったが、どうやら心配する方はそっちではなかったらしい。
「すごい、ですね……」
ベルフェとの待ち合わせ場所は、冒険者ギルド。しかし俺がいるのは、大通りに面した正面入り口ではなく裏口側だ。
裏口側は大通り近くだが、冒険者同士が喧嘩をする際に利用されやすいことから、あまり近寄ってはならない場所とされている。
勿論、喧嘩するとは言えあくまで冒険者、本当に危険な裏路地の奥底とは違う。基本的には一般人が通っても安全で、ただ喧嘩の流れ弾に当たる可能性があるというだけのことだ。
「ごめん……なさ、い……」
しかしベルフェは、一般人じゃない。
サキュバスの姫、男を相手にすれば負けなしの男性キラーだ。
泣きそうな顔で俺に謝るベルフェ、それから少し離れた所には、男性冒険者が山のように積み上がっていた。
積み上がっている冒険者と違い、ベルフェには傷も土も、少しの汚れもついていない。
ベルフェの姿を見て理性を吹っ飛ばした冒険者同士が争ったのか、全員ベルフェにやられたのか……。どちらにしろ俺のミスだな。
「大丈夫ですよベルフェ、こういうのは冒険者なら日常茶飯事ですからね。ベルフェが気にすることはない」
「で、でも……私がいなければ、みんな、こんなことには……」
「…………」
まぁ、ベルフェがいたから冒険者か正気を失ったのも事実か……。でも、それでベルフェが自分を責めるのは納得が行かない。
それにベルフェがこちらの裏口側に来たのも、待ち合わせ場所が人の多い大通りだったからだろう。待ち合わせじゃなく、屋敷の所から二人で行くべきだったのだ。
やはり、俺が一番の元凶だろう。
だが、ベルフェは自己嫌悪に陥ってしまっている。どうすれば良いか……
「気にすんなよ、嬢ちゃん……」
「っ!」
と、その時、積み上がった山の一部が突然話しかけてきた。
いつのまにか正気に戻った冒険者がいたらしい。不自由なく話せている様子だし、もしかしたら今より前から目は覚めていたのかも知れない。話しかけなかったのは、ベルフェに怖がられると思ったからか。
「嬢ちゃんが気に病むことはねぇ……。俺たちの力不足ってだけだ。むしろ、精神耐性の未熟さを思い知ったよ。ありがとな」
「そ、そんな……私、は……」
「襲おうとした俺らが悪い、誰がどう見てもそれは明らかだ。嬢ちゃんが悪いって思ってるのは、嬢ちゃんだけだぞ? だーれも気にしてねぇよ」
「……!!」
「というかあのクソ野郎と合法的に喧嘩できて感謝したいくらいなんだからよ! てかおい、あいつどこだ。気絶面拝みてぇのに身動き取れねえじゃねえか。おい、上の奴、さっさと降りろ!」
言うことだけ言うと、その冒険者は自分の上に乗っている冒険者の鎧を拳で叩き始めた。
というかさっきの話を聞くに、ベルフェが一人で全部やったんじゃなくて、こいつら同士で争い合ったってことか。それなら尚更、ベルフェが気に病む必要はない。
ベルフェもさっきに比べて随分と楽になったようだし、もうこれ以上この場にいる必要もないだろう。
俺はそっとベルフェの手を取った。
「行きましょうか、ベルフェ」
「えと……あの……」
ベルフェは、気残りがあるのか積み上がった冒険者の方に視線をやった。
ああ、積み上がったまま放置して良いのかってことか。
「ん? ああ心配ねえよ。俺らが悪いんだし、職員に見つけてもらって処罰を……むておい、嬢ちゃん?」
積み上がった気絶している冒険者の手を掴み、引っ張り始めたベルフェを見て男が目を丸くする。
「…………」
「嬢ちゃん、まさか…………」
「…………」
そういうことか……。優しさとはまたちょっと違う気もするが、ベルフェにとって放っておくことはできないのだろう。
ベルフェがそうしたいのなら、俺も手伝おう。
二人で協力すれば、すぐに気絶した人の山はなくなった。
「ありがとな、嬢ちゃん。それに男も」
「いえ……そんな……私はただ……」
「何言ってんだ。喧嘩で負けた奴は放置ってのが冒険者の文化なのに、嬢ちゃんはわざわざ俺らを助けてくれた。怖い思いをさせた俺らをな」
「…………」
ベルフェは冒険者じゃないから、きっとその文化のことは知らないと思うけどな。
……でも助けたことは事実だし、しかも相手は自分を襲おうとした男たちだ。簡単にできることじゃない。
「そんな嬢ちゃんたちのデートを、こんな男が邪魔するわけにゃ行かねえからな。早く行けよ嬢ちゃん、俺は寝る。頑張れよデート」
「へっ? あっ……いや、そのっ! シ、シン、さんは……そ、そういうの、じゃ……!」
「…………」
冒険者の男の誤解に慌てるベルフェだが、男は狸寝入りをして無視している。
「……お言葉に、甘えましょうか」
「…………はい……」
もう一度ベルフェの手を取ると、ベルフェは頷いてゆっくりと歩き始めた。
その顔はもう、自分のことを責めているようには見えない。男の最後の一言のおかげだろう。
「ひ、人が…………」
大通りに出た時、ベルフェがその人の多さに驚き息を呑み、触れる程度に繋がっていた手がしっかりと繋ぎ合わされた。
そして同時に、
「…………」
錯覚ではない。道を行く人が全員、ベルフェを見た。老若男女関係なく、いや、人ではない鳥や獣だってベルフェの方を見ている。
エミリアたちだって、街を歩けば人が振り向く。だが、ベルフェのはそういうものではなかった。
「シン、さん……」
不安そうに見上げてくるベルフェ。繋ぐ手に少しだけ力を込めて、大丈夫だ、と伝える。
「行くか、ベルフェ……」
もしかしたらこのおでかけ、波乱の展開になるかも知れないな……。
次話は火曜日です




