六話:成長
「それでは……今日、は……このくらい、で……」
「ありがとうございました!」
「ヒウッ……は、はい……ありがとう、ございま、した……」
みんなには内緒でベルフェと行っている特訓、二日目。
今日は、相手の間合いを正確に把握する練習をした。ベルフェが様々な武器で攻撃し、俺が間合いを見切って冷静に避ける、ひたすらこれの繰り返しだ。
その特訓を、朝の四時から二時間ほど。徐々に集中力が保てなくなり、身体中に痣が出来てしまっている。
でも、これを完璧にこなせるようになれば、戦闘中に選べる選択肢は増えてくるのだ。必ず役に立つだろう。
「大丈、夫、ですか……?」
と、痣だらけの俺を見て心配してくれたのか、ベルフェが申し訳なさそうにそう尋ねてきた。
欠損とかの大怪我はすぐに治っても、痣は内出血だからな。出血は止まっても、既に出てしまった血がなくなってくれるわけじゃない。痛みはなくとも、痣は残ったままだ。
「大丈夫ですよ。これくらいの怪我は日常茶飯事ですから」
「で、でも……私、本気で……攻撃、しちゃって……」
むしろ本気で打ち込んでくれないと鍛錬にならないんだけど……,
それに出血自体は治った今、後は回復魔法で皮膚の下に残った血を取り除くだけで、本当に俺はどうってことないのだが……まぁ、全身痣だらけなのは少し痛々しい見た目か。
ベルフェは罪悪感を感じているのか半泣き状態だ、俺が何を言っても聞いてくれそうにない。
それなら少しだけでも、役に立てたと思わせた方が良いか……。
「あー、じゃあベルフェ、回復魔法で治すの手伝ってもらえます?」
「は、はい! 分かり……ました……!」
嬉しそうに顔を輝かせるベルフェ。
あぐらをかいて座っている俺の隣に腰を下ろし、優しく腕に触れてきた。触れられた部分が暖かい。回復魔法だ。
「…………」
「…………」
お互い、無言だ。
だから、余計ベルフェが気になって緊張してしまうな。会話がなければ、話していることについて考えて意識を逸らすこともできない。
というか、ここまで近くにベルフェがいるって初めてじゃないか? 胸を至近距離で見たりとかあったけど……あれは今のベルフェとはまた違うし。
胸か……そういえば、あの時ベルフェが普通の女の子らしく羞恥で顔を真っ赤にさせてたけど、あれってやっぱり本当の人格が出てたってことだよな?
ベルフェにとって、男に素肌を見られるってことは、能力で抑圧されているはずの本当の人格を呼び覚ましてしまうくらい恥ずかしいことなんだろう。
……なら、今この状態。素のベルフェに同じことをしたら、一体ベルフェはどうなって──
「──って俺は何を考えてんだ……っ!」
「…………? シン、さん?」
「っ……ああ、ごめん。驚かせちゃいましたか?」
「い、いえ……大丈夫、です」
あ、危ない危ない。
いつの間にか頭の中が性欲で支配されていた。
流石サキュバス、すぐ近くで回復魔法をかけてもらうだけで、頭の中に煩悩の花が咲くらしい。
さっきは留まったが、次は分からない。腕の治癒が終わって、他の部位を触られた時、果たして俺は正気を保っていられるのか……。
いかん。話題、何か話題を探さねば。
話題、話題、話題………………
「あ」
「どう、か、しましたか……?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって……」
例のあのこと、ベルフェに聞いてみるのも悪くないかもな。
うん、全く聞く予定はなかったけど、考えてみれば悪くない気がしてきた。
「性欲を増やす方法って、知ってます?」
「……? …………!?」
すごい、こんな目を向けられたのは初めてだ。
怯え、恐怖、不安、絶望、羞恥……それでいて敵意はない。
このままではベルフェに俺が変態だと思われてしまいかねないので、俺は事情を説明した。
つまりは、昨日の出来事、オーバートさんと話したことをベルフェに伝えた。
「なるほど……そんな、ことが……」
「オーバートさん曰く、別に性欲じゃなくても強い欲望なら良いらしいですけど……、まだ若いから性欲で慣らした方が良いそうです」
オーバートさんがちゃんと説明してくれたのだが、力とするのは人が持つ果てしない欲望の力だそうだ。
オーバートさんの場合は、強者と戦いたいという欲望。他にも金が欲しいだとか、名声が欲しいだとか、そんな欲望を力に変えている人もいるらしい。
しかし俺のように若い者は、性欲で一度コツを掴んでから他の欲望を扱えるようにした方が良いらしい。
となると当然、俺はコツを掴むために、一度実際に性欲を力にする必要がある。だがどうやら俺の性欲は、力に変換するには足りないらしかった。
「なので、性欲を増やす方法が知りたいんです」
こんなことを相談できるのは、ベルフェしかいない。サキュバスなら性欲にも詳しいはずだし、良い答えを知っている可能性は高い。
だから…………
「それ、なら……大丈夫、だと……思います、よ?」
「え?」
しかし答えは、予想外のものだった。
「大丈夫?」
それは、性欲が十分にあるということ?
俺が聞くと、ベルフェは少し恥ずかしそうに、
「えと……私を、信じて、くれれば……大丈夫、です」
「はぁ、なるほど」
よく分からないが……ベルフェの性格的に嘘じゃないだろう。
それならベルフェを信じて、オーバートさんには違う方法で稽古をつけてもらうよう頼むか……。
と、俺がこの先の行動計画を考えていると、ベルフェが恐る恐る絞り出したような声で聞いてきた。
「あ、あの……シン、さんは……暇な時、とか、あるんですか?」
「暇な時なら、今日が休みですね。王都の南にある商店街を見て回るつもりです」
新年の祝いとしてまた祭りをやっているのだが、それが確か今日までだったはずだ。
お祭り好きとして、是非行っておきたい。
聖夜祭の時は図書館にいて参加できなかったからな……久しぶりのお祭りで結構楽しみにしている。
「そ、そうですか……っ。そ、それ、なら……えっと、あの……」
「?」
どうした?
「えと、その……実、は……私も暇、なんです」
「えっと……良かったですね?」
世界図書館の司書って基本暇なんじゃ? とは思ったが言わない。
でも、急にどうしたんだ? 自分から暇だなんて言ってきて。
「そ、それで……おでかけ、しようかなって……思ってるん、です」
「…………」
…………まさか?
恥ずかしそうに今日の予定について話すベルフェを見て、俺の頭にある仮説が浮かぶ。
「えと、あの……その……だから……、その……」
ベルフェの目に、ジワっと涙の粒が生まれた。
それを見て、俺は咄嗟に提案する。間違っていたら笑い話にすれば良い!
「それなら一緒に行きましょう! 案内しますよ!」
ベルフェの肩を掴んで、少し強引に誘う。もしかしたらベルフェは、俺と一緒に商店街に行きたいのかも知れない……!
いつまでも鈍感な俺じゃないんだ! 多分、正解のはず……!
「…………」
さて、どうだ…………?
俺の予想は、合っているのか……?
答えてくれベルフェ……!
「…………プシュゥゥ」
「!?」
目を閉じ、こちらにもたれかかってくるベルフェ。
一緒、ドキッとしたが、違う。
これは、ベルフェが急に積極的になったわけじゃない。
「ベルフェ!? 大丈夫か、ベルフェ!」
男の俺に至近距離で顔をジッと見られ、羞恥心が限界を超えてしまったのだろう。
ベルフェは、顔を真っ赤にして気を失っていた。




