二十九話:それぞれの戦い
一日遅れました、すみません……
「見つけた……」
遠い先に改狼が数匹たむろっているのを、〈望遠〉の魔法を使って発見した。
洞窟の入り口の前を、ウロウロと十匹の改狼が徘徊している。
「どうやらまだ、俺の存在はバレていないようだな」
ありがたい。
「すまんね。〈炎槍〉」
魔法名を詠唱して、十本の炎の槍を改狼に向けて放つ。
炎の槍は改狼の身体を貫き、その身体の中から彼らを焼き殺した。
断末魔など響かせない。
俺は喉を狙って放っている。貫かれた瞬間に改狼の喉は焼かれ、声を上げることは出来ない筈だ。
「よし、誰にも気付かれていないな」
見張りの改狼が全滅したことを確認し、俺は洞窟へと走り出す。
ここから先は、スピード勝負。
改狼が死んでいることに気付かれるのと、俺が賢狼を見つけるのと、どちらが早いかの勝負だ。
希望としては、たらい回しにして欲しい。
魔狼「死体? これは報告だな」
改狼「私の一存では判断できない。上に聞け」
狂狼「私の一存では判断できない。湖にいる王狼に聞け」
魔狼「クソガッ!」
という人間的な話があれば、確実に俺の方が早く賢狼を見つけられる。
「うし、敵地に潜入完了。これより敵将を討つ」
無線機なんて持っていないし、念話石も使えない。
ずっと届いていた着信が、結構前からゼロになっていたのだ。
諦めた訳ではないだろう。後ろでエミリアの護衛をしているのなら、紫苑たちは暇だからな。
暇つぶしとして俺と話そうとしていたのだろうが、それがなくなったということはつまり、暇ではなくなったということだ。
「向こうも、王狼数体とやり合ってるんだろうしな、俺も負けてられねえ」
洞窟内を巡回している狂狼を岩陰から狙撃し、洞窟内を進む。
洞窟内は暗い上、火を使うなんてことはできないが、そこは魔法の力がある。
暗視の魔法を自分に付与した俺の視界には、白黒だということを除けば、昼間のようにはっきりと見えている。
「岩陰の場所が白黒だと判別がつかないけど……って、うん?」
特に分岐点などもなく真っ直ぐ進んでいると、進んだ先は行き止まりだった。
「どっか入る道を見逃していたか?」
例えば天井とか?
天井を常に確認していた訳ではないし、全ての壁を調べた訳ではない。どっかの脇道に気付いていない可能性もある。
でも、まずはここを調べる……何か仕掛けがあるかも知れないからな。
……いや、もう面倒だな。時間的に、外の死体にも気付かれている頃だし。
「うし、直接壁に穴を開けるか」
迷宮ならタブーだが、洞窟ならある程度はズルしてもいいだろう。
壁に手を置き、魔法で土壁を消していく。といか破壊していく。
すると、予想通り厚い壁ではないのか、少しの時間で人一人が倒れるほどの穴が空いた。
「よお、卑怯とは言うんじゃねえぞ?」
そこに居たのは、頭から長く鋭い角を生やした魔狼。
他の奴らとは、身体の大きさも肉付きも全く違う。
心なしかジト目でこちらを睥睨するそいつは、間違いようがない。
総大将、賢狼だ。
♦︎♦︎♦︎
「キラ殿!」
「分かっておる! 獣風情が寄るでない!」
紫苑の声に、翼で空中を浮遊するキラが全方位にブレスを撒き散らす。
紅の極光は王狼に触れた途端爆発し、迫る数匹の王狼を力尽くで退けた。
上がる粉塵の向こうで、王狼のシルエットと、小さな人型のシルエットが高速ですれ違った。
紫苑が、王狼自体を足場に空中を飛び回り、それぞれに追撃を放っているのだ。
「…………やはり、そう簡単には行かぬか」
「毒も、中々効きませぬ」
紫苑が、刃の欠けたクナイを投げ捨てる。投擲されナイフは、影から隙を窺っていた魔狼に突き刺さった。
「毒の耐性が上がっておるのか」
毒が身体に回った魔狼は、一瞬で泡を拭いて死んでしまう。
「……ブレスを吐きすぎて疲れたのじゃ……」
「キ、キラ殿!?」
「分かっておるわ。ほれ、油断するでない」
背中合わせに、元の位置に戻る紫苑とキラ。
その周囲には、未だ王狼が彼女達を囲んでいた。
♦︎♦︎♦︎
「魔術部隊、一斉射撃! 負傷者は直ぐに私の後ろへ戻れ! 変な意地など邪魔なだけだ! 斥候部隊三秒持たせろ! 魔術部隊はすぐに準備!」
「2……1……よし! ぶっ放せ!」
「「「〈ファイヤーボール〉」」」
初級魔法と言うには凶悪すぎる炎が、後ろに飛び退いた斥候部隊を追う魔狼の塊を呑み込む。
魔法の天才が集まったSクラスだ、魔狼を倒すだけなら初級魔法で事足りる。
本来森で炎はタブーだが、彼らが放つあまりにも強い火力の炎が木に燃え移ることはない。
触れた瞬間木々や魔狼は炭化し、燃える前に炎は消える。
着弾の余波を含めた今の攻撃で、二十匹を下らない数の魔狼が消えた筈だ。
「警戒、それはむしろ私たちにとって歓迎することだぞ?」
一瞬で仲間が消えたことにより、警戒を露わにする魔狼たち。
その隙に魔術部隊と斥候部隊を入れ替え、アーサーは両刃の長剣を片手に切り掛かった。
♦︎♦︎♦︎
「雑魚が、粋がるにゃ」
手に持つダガーに付いた血を拭いながら、グラムが言う。
その目の前には、岩壁にポッカリと開いた穴、洞窟の入り口がある。
「……全て一撃。シン、お前は何者にゃ……」
その周辺に広がる死屍累々の魔狼の中、明らかに異常な死に方をしている改狼を見て、ガラムはポツリと言葉を漏らす。
グラムが殺した魔狼は、腹や首に背中、様々な箇所を切り裂かれているのに対し、散らばる改狼は全て首元を貫かれたことによる一撃死だ。
貫通した穴の入射角から、〈炎槍〉の放たれた場所を測定すると、ここからはあまりにも遠い。
そんな遠方から、寸分違わず同じ箇所に〈炎槍〉を撃ち込む技術力。
グラムは一人、洞窟の前で身震いしていた。
【戦況】
対魔狼の大群……斥候五人、魔術三人(有勢)
治療班……二人(暇)
対王狼数匹……紫苑、キラ(劣勢)
対賢狼……シン(賢狼と遭遇)
グラム……シンを追う
エミリア……酔いおよび負傷のため、戦闘不参加
感想評価お願いします、