四話:それでは会議を始めよう
「あれ? シンはもう行ったのか? 集合は昼過ぎからじゃなかったっけ? もしかしてオレの覚え間違いか……?」
部屋に入ってきたメアが、炬燵に入ってヌクヌクしている咲耶とエミリアと紫苑を見て首を傾げる。
「いや? なんか王国軍の新しい試みが云々って言ってたよ? なんだっけ、ハウスクリーニングだっけ?」
「特別衛生兵訓練担当指導長官第二補佐にござる」
「……ハウスクリーニング?」
「ああそれそれ。似たようなものだよ」
シンがここにいたら、いや全然違うだろ……とツッコミを入れたところだろうが、今彼はいない。
去年起こったクーデターを引き金に、これからも次々他の反乱が起きないとも限らない。しかし王国には、そういった事態にすぐさま対処できる部隊が、命令が下る前に勝手に行動し、命令が下っても無視する第二十五番隊くらいしかない。
一応他にもあるにはあり、例えば第四番隊がそれに当たるのだが……前回のクーデターはその第四番隊によるものだった。
今ここで第二十五番隊が反乱を起こせば、それを止められる部隊はあるのか。そう考えた軍上層部が考えたのが、第二十五番隊の隊員同士の隔離。
シンに特別衛生兵〜とかいう新しい小さな部隊の教官の二番目の補佐とかいう、ちょっと微妙な役職が与えられたのと同様、他の隊員も個別に役職が与えられている。
第二十五番隊で新たに役職に就かなかったのは、他の仕事に就かせるわけにはいかない団長、きっと役職を与えても言うことを聞かないスーピルとメア、そしてまだ正式に入隊が決まっていない雪風だけだ。
「ふーん。なんか忙しそうだな……。で? エミリア?」
「で? とは……なんでしょうか」
炬燵に入って蜜柑の皮を剥き始めたメアが、世間話をするかのように始めた話。
しかしメアが話を始めた途端、双六をしていた三人の顔付きが変わった。
「いや……そろそろ聞きたいなーって思っただけだ。……どうしてシンを避けるんだ?」
「「……………」」
「そ、それ、は…………」
「最初はあまり気にならなかったんだよ。雪風との時間を作らせようとしてたり、突然クーデター起こした貴族の遺体が見つかったりとかあったしな」
「あ、あれはびっくりしたよね! 図書館の結界の外に放置されてて…………」
クーデターの首謀者である貴族の首を持って帰ること、それが雪風に与えられた第二十五番隊に入る条件であり、図書館に行ったのも元はと言えばそれが理由だった。
手がかりは一つもなく、若干諦めムードが漂っていた、期限の31日まであと少しとなったある日、図書館の外の防衛装置を直しに行ったベルフェが見つけ持って帰ってきたのだ。
雪風は何もしていないが、図書館で十分すぎる試練を受けたこと、そもそも条件が理不尽すぎるといった理由で、ズルをすることに決まった。
悪魔との契約を示す印が何百と刻まれていた、行方不明になった後の壮絶さを物語る遺体は、今は王国の専門家によって詳しく調べられている。
遺体の有様、遺体があったこと、二つの意味で衝撃的だった事件。話を逸らそうとエミリアは試みたが、
「…………」
「…………ご、ごめんなさい……」
メアに無言で見つめられて、そして話を逸らすためにするべき話ではなかったと、エミリアは自分の言葉を反省する。
そして諦め、話し始めた。
「うん……メアちゃんの言う通り、私はシンのことを避けてる。あまり話さないようにしてるし、できるだけシンと二人きりにならないようにしてる」
「ひどい話だ、ボクらはどう二人きりになろうか頭を働かせているのに」
「贅沢にござる」
「え? いや、オレは別に……」
「ごめんなさい……」
咲耶と紫苑は、みんなの前だろうとシンへの好意を隠していない。ティーや雪風もそうだ。グラムは恥ずかしがって好意を隠してるが、時々二人で仲良く日向ぼっこをしている所を見かける。
自分は贅沢なのだろう。シンは新年を迎えてからずっと忙しいし、屋敷に住む人数も増えた。二人きりになれるチャンスはそうないのに、エミリアは全て拒否しているのだから。
「まぁ、気持ちは分かるかも知れないけどね……」
「シン殿のことを慮れば、確かに避けたくなる気持ちも……」
咲耶と紫苑、メアの頭に浮かぶのは、25日の朝に起こったある事件のことだ。
突如正体不明の悪魔に襲われ、エミリアが身体に穴が空くという大怪我を負った事件。幸いにしてエミリアは一命を取り留めたものの、シンの心の傷が癒えることは難しい。
シンが自分に会うたびそのことを、トラウマになっているかも知れない事件を思い出して自分自身を責めるんじゃないか。
罪悪感や、シンへの気遣い、そういった理由でエミリアはがシンを避けていることは、容易に想像ができ……
「? それは全然関係ないよ?」
「「「え?」」」
ポカンとする三人。
「そ、それでは何故シン殿を……?」
「なんでって、そんなの……」
メアが聞くと、エミリアは目を少しだけ伏せ、頬を赤らめた。
それは明らかに、後ろめたさだとか、心配だとか、そういうどちらかと言えば負に属す感情を持つ人間が出せる表情ではなかった。
「は、恥ずかしいじゃない……。シンと……ちゅーしたいって、言っちゃったんだよ……?」
「「「…………」」」
三人は絶句した。
恥ずかしそうに話すエミリアが壮絶に可愛くて言葉を失ったというのもあるが、それ以上に、
「そ、そんなことかよ……。ずっと緊張してて損した……」
「ハハ、読みが完全に外れたよ……。徹夜して励ましの言葉を考えていたのが馬鹿みたいだ……」
「いや、なんというか……エミリア殿らしいというか……天晴れにござるな」
「む、みんなその言い方は酷いと思います。私にとっては重要なことなの」
ムッと頬を膨らませるエミリア。
両想い、それはお互い分かっている。
だからといって、はっきり想いを伝えることが恥ずかしくない、なんてことは当然あり得ない。
それに加えて、エミリアにとってキスとは子供を作る行為だ。キスをしたい好き、それは即ちシンとの子供が欲しいと言っているようなものだった。恥ずかしいことこの上ない。
「一応聞いておきたいだけど、大怪我をしたことは本当に気にしてないのかい?」
外れていたとは言え、中々筋の通っていた予想だったはずだ。全く関係ないという言葉は少し気になった。
だが、
「うん。だってシンのこと、信頼してるもん」
「「「………………」」」
エミリアの目に、嘘はなかった。
心の底からの本心。
「シンが、『俺はエミリアを守り続ける』って言ったんだよ? だから、大丈夫。落ち込んでいるのは今だけ、すぐに強くなって帰ってくるもん」
エミリアだって、シンの言葉に全面の信頼を置いてるわけではない。本当のところ、エミリアがシンを信じる理由は言葉ではないのだろう。
言葉にできない部分で、エミリアはシンを信じていた。いや、信じるという言葉すらこれを説明するには足りないか。
きっとエミリアは、疑ってすらいない。今、言われて初めてそのことを考えたのだ。
「……なるほど、確かにそうだ。今の彼は、もう昔とは違うんだったね……。すまなかったね、エミリア」
「ううん、大丈夫」
「そうか、なら早速作戦会議を始めよう」
パチンッ、と指を鳴らして咲耶が宣言した。
「そうだな。このままじゃ色々落ち着かねえし」
「一年の始まり、楽しく過ごしたいでござるからな」
「作戦会議? 何の作戦会議なの?」
一人だけ、まだよく分かっていない様子のエミリア。
「関係がギクシャクしている仲間がいるのに一人再会の喜びに浸るのは、なんだか嫌だろう? こう見えて、ボクはそういうの気にするタイプだからね」
次話は火曜日です




