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二話:スルー イズ グッドチョイス

めちゃくちゃ遅れました

 

「えっと……ではまず、説明を……して行きたいと、思い……ます」

「よろしくお願いします!」

「ッ──! あ、あのっ……、その……」


 おっと、運動部的なノリは駄目みたいだな。ベルフェが怖がってしまっている。

 このベルフェとは初めて会ったもの同然、今のうちから接し方を覚えておかなければ。


「よろしくお願いします、ベルフェ先生」

「えと、あの……は、はいっ、よろしくお願いしまひゅ!」

「…………」


 言葉と言葉の間を切らず、ベルフェにしては長く一息で話すと思ったら……噛んだな。

 恥ずかしそうにモジモジしている。可愛い。


 言葉遣いに関しては何も言われなかったし、これからも敬語にしておくか。ベルフェは先生だしな、敬わなければ。

 ベルフェ先生……中々良い響きだ。本人も心なしかやる気に満ち溢れている気がする。気がするだけかも知れないが。


「い、今から教える……のは、《領域(テリトリー)》という、もの、です……」

「ほぉ、テリトリー……」

「えと……今からやって、みるので……こ、攻撃、してみて、くだ、さい……」

「わ、分かりました。えっと……出力はどのくらいで?」

「や、優しく、お願い……します」

「了解です」


 赤らめた顔を俯きがちにし、少しだけ目を逸らしながらもチラチラとこちらに視線を向けて、そんな言葉を話す。 

 そんなベルフェの仕草にドキッとしながらも、俺は冷静に使用する魔法を選択した。


 範囲魔法は駄目だ。何をするのか分からないが、もし避けようとした時範囲魔法なら避けるも何もない。

 実践して見せてくれようとしているのに、俺が範囲魔法なんか選択してベルフェに攻撃が当たってしまったら、きっと気不味い状況になってしまう。ベルフェも帰ってしまうだろう。


 だからここは、基本中の基本。師匠に何度も叩き込まれた……俺が初めて使った魔法!


 〈ウォーターボール〉!


 無詠唱で、俺は水球を十つ放った。

 放たれた水球は目にも留まらぬ速さで一つは真っ直ぐベルフェへと進み、残りはあらぬ方向へ飛んでいく。

 射出速度を優先したあまり指向性の調整を間違えた……というわけではない。


「──」


 一つ目の水球を、ベルフェが顔に当たる直前で避けた。

 あと一瞬でも判断が遅れれば当たっていたくらい、ギリギリ。


 俺とベルフェの距離は、魔術師同士の模擬戦で適用される距離より近い距離だ。射出速度を意識して放った水球に、ベルフェはちゃんと反応できていなかったのだろう。


(──と、少し前の俺なら考えていただろうな)


 その時、残りの水球がそれぞれ高速回転を始め、全てがベルフェの方向へ進行方向を切り替えた。

 その全てが、先程の水球よりもさらに速い速度でベルフェへと向かっていく。もしさっきのが偶々避けただけなら、これを躱すことは不可能だろうな。


「────」


 …………やっぱりか。


「すごいな。全身に目がついてるみたいだ」

「────」


 最後、一つだけベルフェの頭上に用意していた水球が破裂、ベルフェに水が降りかかるが……。


「この距離でこうも全部避けられると、ちょっとへこみますね」

「こ、これが、《領域(テリトリー)》……です」


 ゆっくり後ろに一歩下がることで、最後の足掻きも避けられてしまった。俺が話しかけて注意を逸らしたのに。


「…………」


 やっぱりそうだ。

 最初の一球、ベルフェはかろうじて水球を避けたのではない。じゃなきゃ、幸運の神様でもないベルフェがその後の全てを危なげなく躱せる理由がない。


 ベルフェが何もしていなければ、俺は目を瞑った少女に一撃も当てられない無能になってしまう。


「見えてたんですか?」

「いい、え……。見えて、は……いま、せん……」

「じゃあどうやって? 魔力を感知して……だと高速に動く十個を同時に正確に感知してることになるし……。ん?」


 俺が頭を悩まして考えていると、ベルフェが人差し指をピンと空に向けて手で「1」を作った。


「勘、です……」

「勘」


 なるほど、勘か。それなら全て避けられたのも説明が……


「いやつかねぇよ!」

「っ!!」

「あ、いやごめんなさい……。ちょっと興奮して。えっとその……勘、ていうのは本当なんですか? 俺、勘で避けられる攻撃してました?」

「いや、その! そうじゃなく、て! えと……シン、さんの……攻撃はすごく、いやらしい、卑怯な攻撃……でした」

「いやらしい卑怯な攻撃」


 それは果たして誉められているのだろうか。……いや、うん、誉められているんだな。そう思っておこう。

 じゃなきゃ色々しんどい。


「勘、というか……第六感? て言うのだと、思い、ます……」

「第六感か……、確かにグラムならさっきのも全部避けそうな気がする」


 後は紫苑とか雪風も避けそうだけど、あの二人は第六感とかじゃなくて単純な速さで避けそうだ。気付くのが遅れても、それを速度でカバーする。俺にはできない芸当だ。


「グラム、さんも……できると思い、ます」

「でも、《領域(テリトリー)》の真骨頂はそこじゃないんでしょう?」

「はい……。《領域(テリトリー)》は、ただの第六感、とか……勘じゃない、です。人、はこれを……」


 そこでベルフェは一旦言葉を切って、再び人差し指だけを空に向け……


「ちょーすごい勘、と呼び、ます」


 な、なんだと……。


「チョースゴイカン……」


 特別かっこよくもなければ、めちゃくちゃダサいわけでもない。言うなれば無難というやつなのかも知れんが……なんだろう、この感じ。

 絶妙なダサさ!


 《領域(テリトリー)》とかちょっとかっこいい名前がありながら……っ、なんなんだそのまんまの分っかりやすい名前は!


 し、しかし何故だか、ベルフェがちょっと得意げな顔をしているようにも見える……。あれ? もしかして俺の感覚がおかしいのか……?


「チョースゴイカン……」


 ううん……やっぱりそのまんますぎる気が……。


「は、はい。ちょー、すごい、勘、です……。う、うぅ……」


 い、いや待て。今ベルフェが言ったのを聞いたか? もしかしたらイントネーションを少し変えれば……


「チョースゴイカン、チョースゴイカン……総司令官……」


 に、似ている! 

 チョースゴイカンは総司令官だったのか! いやちょっと何言ってるか分からないけど、そう考えてくると、うん。チョースゴイカンも意外とかっこいいかも知れないな!


「それで、そのチョースゴイカンってのはどうやったら身に付きますか!?」

「えと……あの……」

「はいっ、なんでしょうか!」

「虐め、ないで……くだ、さい……」

「へ? 虐め? 俺が?」


 全く記憶にないのだが……。

 いやしかし、虐めというのものは虐められる方が嫌だと思ったら虐めらしいからな。俺は自分が気が付いていないだけでベルフェを虐めていたのかも知れない。


「その……チョースゴイカン、は……私が考え、ました……」

「チョースゴイカンを? あれ? でもさっき『人はこれを……』とか結構得意げな顔で……」

「〰︎〰︎〰︎〰︎!!」


 ベルフェが顔を真っ赤にして、その場で崩れ落ちた。

 しゃがみ込んで、「み、見ないで、くだ、さい……」と必死に顔を隠そうとしている。


「もしかして……冗談、だった?」

「…………」


 返事はなかったが、頷いたようにベルフェの頭が動いた。

 自分の顔に冷や汗が垂れるのが分かる。


「なん、だか……他人行儀、だったの、で……」

「…………」


 どうやらベルフェは、俺と仲良くなろうと冗談を言ってみたらしい。

 しかしそのベルフェ渾身の冗談を俺は真面目に受け取り、「チョースゴイカン」を連呼した……。


 これは確かに恥ずかしいわ。


 俺も経験したことがあるから分かる。

 渾身の冗談で言った体育祭のテーマ案がそのまま校舎に大きく貼られていた時は……リレー選手でもないのに腹が痛くなったものだ。


 同じ経験をしたことがあるから、俺はこういう時の対処方を知っている。


「これから仲良くなって行きましょう、ベルフェ」

「っ…………!!」


 なかったことにする。

 滑ってしまった冗談というものは、どんな形であれ掘り返されて嬉しいことはないのだから。


次話は金曜日です。ちゃんと投稿します

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