五十六話:臆病者
咲耶が、俺のことを好きだった。
それだけで俺の頭は一杯一杯になってしまっているのに、加えて何故かティーがここにいると来た。
「分からない。気付いたら、ここにいた」
ティーが何か知っているかと思って聞いてみても、ティーも何が何だか分からないらしい。
ただ、自分のことに心配している様子は全くなく、素直にこの状況を喜んでいる。俺と再び会えたことが嬉しいらしく、俺に全裸のまま抱きついてきて咲耶に引っ剥がされていた。
今は〈ストレージ〉から取り出した俺の服を着ているが、大きさが合っておらずブカブカ、むしろ着ることで犯罪臭が増したような気さえする。
精霊なら魔力で服を作れるのではと思ったが、やり方が分からないとか。
「身体はあれだよな? マスターが用意したやつ」
「用意した?」
「???」
「あ、そうか。見てないのか」
俺は昨日の、未来から来たティーのためにマスターが身体を用意したことを話した。
今のティーの身体は、その用意された身体とよく似ている。幼い容姿と褐色の肌を見た時点で、ティーという可能性に思い当たるべきだったな。
「そうか、だから身体が違うのか」
「そういやさっきから気になってだんだけど、知っているティーってのは昔の雪風のことか?」
「そうだね。昔の彼女は二重人格みたいなもので、時々ティーの人格とも話をしたことがあるのさ」
「じゃあ咲耶が会っていたティーはあくまで雪風の身体だったってことか。それなら褐色に驚くのも仕方ないな。俺はマスターが用意したのを見てたからそんなに驚かなかったけど」
「髪の色も違うしね。顔立ちは雪風と双子のように似ているし、話し方もそれだったからティーだって分かったけど。でも一番驚いたのは声かもね」
「声? 変?」
自分の声が変だと言われたと思ったのか、ティーが首元を触りながら首を傾げる。
「いや、変じゃない。ただボクと話した時は、君は雪風の声だっただろう? だから少し意外に思ってね」
「久しぶりに友達と会ったら少しだけ声変わりしてたみたいな感じか。俺も可愛いらしい声で良いと思うぞ」
「良かった」
安心したように、ティーが微笑んだ。
なるほど、咲耶の言う通りその表情は雪風によく似ている。背格好の関係で双子とは言えないが、並べればそっくり姉妹くらいには見えるだろう。
「雪風とも会わせてやりたいな」
「……うん。会って、ちゃんと話したい」
「その表情、何か心配事があるのかい?」
「…………。許してくれる、かな……?」
「「…………」」
俯きながら明かされたティーの心配事に、俺と咲耶は顔を見合わせた。
雪風は自分を……正確に言えばティーを恐れていた。自分の凶暴性を恐れ、自分を嫌悪し、生きることさえ諦めようとしていた。
ティーとは雪風にとって、自分の人生を孤独にさせた原因であり、雪風が最も嫌う自分の負の部分だ。
その心配は当然だろう。
そして俺も咲耶も、その答えを知っている。
「「俺は答えない」」
でも俺たちは同時にそう言った。
「答えは会ってから分かるんじゃないか?」
「まぁ、どっちにしろ会わないわけには行かないだろうね」
「……二人とも、いじわる」
ティーはそう言って口を尖らせた。
でも、どうやら決心ができたようだ。
椅子(足は床に届いていなかった)から立ち上がった時には、その顔に緊張や不安の色はなく、むしろ生き生きと、雪風と会って話すことにワクワクしていた。
「じゃあ、行くか」
「うんっ!」
俺はティーの手を取り、早速食堂の方へ向かおうとする。この時間ならまだ朝食の用意をしているはず、雪風とすれ違いになるようなことはないし、ついでにみんなにも紹介できる。
が、そんな俺の行動計画は一瞬で白紙になった。
「ちょっと待て君たち。自分の格好を見てみろ。その格好は色々まずいだろ? どこからどう見ても倫理的な問題を起こしてしまった不審者だ」
咲耶に言われ、俺は自分とティーの格好を確認する。
朝起きて、咲耶の告白、ティーとの話、と流れるように進行して行ったため、俺はまだ寝巻き。
ティーはさっきも言ったように、俺の服を着ているからブカブカだ。当然下着も身につけていない。
…………なるほど、これじゃ幼女に手を出してしまった悪い大人にしか見えない。
エミリアたち相手じゃ、妹や親戚の娘さんという嘘も通じないしな。
「……ティーはもう仕方ないけど、俺はせめて着替えるか……先行ってても良いよ、ティー」
「ううん。待ってる」
「そうか、分かった」
俺は脱衣所に入り、素早く身支度を整えた。
しかし洗面所から出てくると、何故かティーが部屋にいなかった。
「あれ? ティーは?」
「あー、着替えるからって言って、ちょっとだけ部屋から出てもらったんだ」
「どうしてそんなことを?」
咲耶の部屋はエミリアたちの部屋からも遠いし、こっちの方向にエミリアたちが来ることもないだろうから、ティーを外に出しても大丈夫だろうが……、理由が分からない。
「…………約束」
「約束?」
「約束、まだしてないだろ」
「……?」
顔を赤くしてそう言う咲耶。
俺は頭を巡らせる。
そして、あることに気が付いた。
「おい、約束って……」
「…………(コクリ)」
「ったく……約束だもんな」
俺は上目遣いでこっちをジッと見る咲耶に向き直り、その肩に手を置いた。
緊張で身体を強張らせながらも、咲耶の瞳は期待に輝いている。
「咲耶、目を閉じろ」
「っ──!」
言われて、そっと目を閉じる咲耶。驚くほど素直だ、可愛い。
…………。
…………。
「…………?」
額に軽く口付け、再び咲耶の顔を見ると、キョトンとしていてどうやら状況が分かっていないみたいだ。
そんな咲耶の顔を見ていると、段々恥ずかしくなってきた。
「よしっ! 行くぞ、ティー!」
俺は急いで部屋から出て、ティーと一緒に食堂へ向かう。
後ろから咲耶の声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
笑いたければ笑え。
次話は火曜日です




