五十五話:遠慮はしない
「お、お前何言って──」
咲耶の言葉を冗談と思ったシンだったが、すぐに咲耶の顔を見て認識を改めた。口から出かけた、あまりに失礼な言葉を飲み込む。
「ボクは、本気だ」
今まで見たことがないほど真剣な表情の咲耶。
決して目を逸らしてはいけないと自分に言い聞かせているのか、瞬きも忘れてシンを真っ直ぐに見つめている。
(こいつ、本気で……)
疑いようがなかった。
シンは確かに今、咲耶に告白されていた。生まれた頃から一緒にいた咲耶に。
たとえそれが勢いに任せて言ったところがあったとしても、咲耶にとって一世一代の大告白であったことは間違いない。
「い、いつから……なんだ?」
シンが言葉にできたのは、それだけだった。
「ボクも、いつ恋心に成長したのかは分からない。ほら、ボクって昔から君にべったりだっただろう?」
「…………」
シンは驚いた。これまで昔の話を掘り返されることを嫌がっていた咲耶が、自分から幼少時の話をしたからだ。
「あの時から、ずっと好きだった。最初は家族に対する好きだったのに、いつのまにか男女の好きになっていた」
「じゃあ、あれは……?」
「あれ?」
「結婚するって言い始めた、一番最初のやつ」
「ああ、その話か。よく覚えているね。まぁ、かく言うボクもあの日のことは鮮明に覚えているんだけどさ」
「あれは、本気だったのか?」
「少なくともボクにとっては、ちゃんとしたプロポーズだったよ。まぁ、とは言っても小さい頃だ。言葉の重みはよく分かっていない」
「だからあの時、俺が『分かった』って言ったらあんなに嬉しそうな表情をしたのか……」
「ああ、そうだね」
「…………」
「…………」
シンは、イエスともノーとも言わなかった。それで大体の答えを察したのか、咲耶は寂しそうに笑った。
しかしシンがそれを見るよりも早く、咲耶は明るい声で話しながらベッドに倒れた。
「あーあ。馬鹿だなぁ、ボク」
「馬鹿って何が?」
「転移する前に伝えられていたら、もっと変わっていたんだろうなって思ってさ」
「……そうだな。多分、俺もOKしていたと思う」
「だよねー。今じゃ君の周りの女の子が多すぎて、ボクじゃ到底勝てそうにないよ……。それに勢いで告白しちゃってさ。こんなムードもない告白じゃ、勝率なんてゼロに決まってる。本当に馬鹿だよね」
自嘲気味に笑い、ベッドに身体を預けたまま咲耶はシンを見上げた。
──君もボクを笑ってくれ。せめてそうじゃなきゃ報われない。
「……ゼロ、なの? シン」
「「──っ!?」」
静寂を打ち破ったのは、幼い小さな声だった。
咲耶は顔を横に向け、シンは後ろを振り返る。
「おまっ……ティー!?」
「…………」
「んー、おはよう、シン。勝率、ゼロなの?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 色々混乱してる!」
裸の少女はティーだった。
ティーと言っても、未来から来た方のティーではない。雪風の精神世界にいた方のティーだ。
何故ここにいる? 何故ここにいられる?
シンの頭に沢山の疑問が渦巻く。
だが、
「それ、どういうことだい? ティー」
「おはよう、咲耶。久しぶり?」
「ああ、久しぶり……じゃなくて! さっきの! どういうことだい!?」
「咲耶!? その前に色々聞くことが……」
「エミリアも、紫苑も、グラムも、雪風も、ティーも、シンのことが好き。でも、みんな諦めてない。咲耶も知ってる」
「っ!!」
何か天啓を受けたかのように、目を見開く咲耶。
バッと、顔をシンに向けた。その顔には明らかな希望の色が浮かんでいた。
ティーも同じくシンに顔を向ける。咲耶と違い、その顔は無表情だった。
二人にジッと見られて、シンがたじろぐ。
「いやまぁ、確かに事実だし、面倒臭いとかも思わないけど……」
「そうか、そうか……」
咲耶がニヤリと笑った。
明るい表情なのは、さっき自分を卑下していた時と変わらない。だが、明らかに何かが違った。
ずっと、自然だった。
「ボクは面倒だぞ? それでも良いのかい?」
「俺に判断を委ねるのか?」
「っ……」
「それなら別に良いんだけどさ」
「いや、そんなことはしないさ。ボクはもう、君に引っ張られてばかりだったあの時とは違う。……よっ、と」
勢い良く身体を跳ねさせ、咲耶は立ち上がった。
「君に遠慮なんてボクらしくない。ボクのしたいようにさせてもらうよ」
「……なぁ、怪物を解き放った気がするのは気のせい? 今背筋がゾッとしたんだけど」
「…………(ニッコリ)」
「せめて何か言って!?」
「大丈夫、咲耶は臆病。夜這いするのに数日悩んで結局実行しないタイプ」
「ティー、うるさい! というかさっさと服を着ろ! いつまで裸なんだ君は! 痴女じゃないか!」
「…………これから結界作っとこうかな……」
シンは溜息をついたが、しかしすぐティーと口喧嘩している咲耶を見て顔を嬉しそうに綻ばせた。
「これからもよろしくな、咲耶」
次話は日曜日です




