五十四話:数十年越しの想い
「…………気にしてない?」
その瞬間、空気は一変した。
「そうだよね、君は女の子には困らないからね。あれくらい日常茶飯事ってことか」
「……咲耶?」
まずい、何故か怒ってる……。
シンの顔に焦りが浮かぶ。対照的に咲耶は笑顔だったが、その目はしっかりと開かれて真っ直ぐにシンを見ていた。
咲耶はシンの元へゆっくりと歩き、その肩をポンポンと優しく叩く。
「……本当に気にしていないのかい? 良いんだよ? 文句を言っても、ボクを揶揄っても」
「い、いやっ、そんなことはしないって!」
「…………はぁ……」
どうやら分かっていなさそうだ。
溜息をついて、咲耶は気持ちを切り替える。
ベッドに勢い良く腰掛けた。
「あーあ。君はぜんっぜん分かってない」
「???」
さっきまであれほど怒っていたのに、今の咲耶にはその余韻すらない。
その変わり様に、シンは混乱する。
「さっきのはボクが悪い。それは明らかだ」
「えっと……まぁ、そうだな?」
「疑問形とかじゃなくてそうなんだよ。……だから、ボクに何かを言う権利はないのかも知れない」
そこまで言うと咲耶は言葉を切った。
少しの間ベッドのシーツを掴んでいた手を開いたり閉じたりしていたが、勇気が出たのかシンとの間を詰めると太腿の間に手を差し込む。
「……でも、少しくらい気にしてくれても良いんじゃないか……?」
拗ねたように口を尖らせ、咲耶が言った。
「いやっ、その……」
予想だにしない一言を間近で拗ねるように言われ、大きく動揺するシン。
頭をフル回転させ、当たり障りのない一言を取り敢えず言ってみる。
「心配しなくたって、ちゃんと咲耶は魅力的だぞ?」
「違う」
「ち、違うとは一体……」
しかしキッパリと、咲耶にはその一言を叩き切られた。
……確かに、シンは全く気にしていないわけではなかった。あそこまで接近されれば、いくら小さい頃からの幼馴染だろうと緊張してしまう。
久しぶりで、咲耶の寝起きについても忘れていたのだ。
「えっと…………」
焦ってしどろもどろになるシン。
そんなシンの様子を見て、咲耶が長い溜息をついた。
「分かっていたことだけど……その様子じゃ、どうしてボクがほぼ毎日君の家に行ったのか、それも分かってないんだろ?」
呆れたような咲耶に、シンはすぐ「それは違うっ!」と否定した。
しかし、
「それは流石に分かるって。俺たちが幼馴染だから心配してくれたんだろ?」
「違うっ!」
「!」
咲耶がシンの太腿を勢い良く叩き、スパンッという乾いた音が部屋に響いた。
ベッドの上で未だに眠り続ける謎の少女の寝息がはっきり聞こえるくらい、部屋が音の存在しない静寂に包まれた。
そんな静かな世界で、咲耶は息を吸った。
それは、静から動へと変化する分岐点を象徴していた。
「全然違う……全然違うよ! ボクがそんな形だけのものに縛られると思うかい? 君も知ってると思うが、ボクは基本気に入った相手にしか優しくしない!」
「お前、俺のこと気に入ってくれていたのか……ありがとな」
「〜〜!! 君はまだ分かってない!」
「え、ええっ!?」
「気に入ってるだけで! 誕生日を祝ってもらいたいとか! 二十五日で世間とは一日ズレてるけどクリスマスを一緒に過ごしたいとか! そんなことを思うわけないだろ!!」
「え、じゃあなんで……」
「もうっ! 本っ当に鈍いなぁ君は! そんなのっ、そんなのっ……」
今度は小さな息継ぎ。
「ボクがずっと君のことを大好きだったからに決まってるだろ!」
次話は金曜日です




