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五十話:失われたもの

分割投稿です

 

 寝るための格好(特に深い意味はないぞ)に着替え、俺たちは同じ布団をかぶった。


 最初は向かい合っていたのだが、流石に気恥ずかしく、さらに窓のカーテンの隙間から入ってくるほのかな月明かりが変なムードを作りそうだったため、今俺は咲耶に背を向けている。


 しかしこのベッドは元々一人用。二人で使えば当然狭く、俺と咲耶の物理的距離も近い。

 どのくらい近いかと言えば、俺が落ちるギリギリの所で寝ているにもかかわらず、咲耶の小さな吐息が聞こえてくるくらいだ。


 吐息を抑えようとして呼吸を制限し、そのせいで酸素が足りなくなって息が荒くなる……。見なくても分かる。顔を赤くして聞こえていないことを願っているはずだ。

 俺は違った方面だが、こいつも中々苦労しているようだな。


 ……まぁ、俺に背を向ければその苦労もしなくて済むと思うんだが……。


 と、まぁこんな感じに、頭の中を色んな考えが駆け巡って俺は全く眠れそうにない。

 それは咲耶も同じようで、「ねぇ」と囁き声で話しかけてきた。


「……どうした?」


 背を向けたまま、俺は咲耶に聞く。

 “好きな子が告白失敗する現場を見た直後に二人で体育倉庫に閉じ込められた”ような気まずさがあったので、話ができるのはとてもありがたい。

 ……どういう状況?


「その……ちょっと、話したくて。えっと……ほ、ほらっ、ボクがこれまでどうしていたかはまだ話していなかっただろう?」

「あー……、言われてみれば確かにな。正直どうでも良くなってた」

「どうでもっ……いやまぁ、ボクも舞い上がってすっかり忘れていたから何も言えないんだけど……もっとこう、幼馴染がこれまでどうやって生きてきたかとか……知りたくなったりしないのかい?」

「そりゃ勿論知りたいけど……割と無事でいてさえくれればどうでも良いかなって」

「っ……うみゅぅ…………」


 変な声が聞こえた気がするが、気にしない。

 背中に指で『馬鹿』って書かれているけど、気にしない。


「ざつざかな」

「それはザコだろ。まぁ良い。それで? どうやって生きてきたんだ? お前も俺と同じ五歳からのハードモードだったのか?」

「そうだね…………」


 どう話すか決めていなかったのかよ。

 咲耶が考えている間、俺は自分の背中に今も書かれる文字や記号を解読しようとしてみる。こいつが無意識に何を書いているのか、私気になります。


 えっと……えっと……えーっと……、お客様の中に専門家の方はいませんか? 背中に書かれる文字を解読する専門家の方はいませんか? ……そうですか、いませんかー……。


「よしっ」


 と、俺がふざけている間に、考えがまとまったらしい。


「そうだな、まず言うべきことは……君が記憶を一部消されていることか」

「……何言ってんの?」

「本当なんだって! 君は記憶を消されて覚えていないけど本当のことなの!」

「へー、すごーい」

「ああもう! 絶対信じてない! このっ、このっ! しーんーじーろー!」

「いてっ、いてっ、わ、分かった! 信じる! 信じるから! だから一旦背中グリグリするのやめて!?」


 俺の気持ちが伝わったのか、グリグリドリルは止まった。しかし未だに、握った拳の中指は俺の背中に突きつけられている。


「……本当に信じるかい?」

「信じます。騙されたと思って信じてみます」

「だから別に騙してないんだけど……。というか、これまで気にならなかったのかい? 転移した瞬間の記憶がないことをさ」

「いやぁ……なんだっけ……確か死にそうになって思い出したみたいな感じだったから……」

「あー、間違えて転移する前の記憶も消しちゃってたのか……。まぁ良いや。じゃあなんかその時に気になることはなかったかい? 記憶が消えてくとか、知らない記憶があるとか」


 そんな恐怖体験をした覚えはない!


 ……と断言しようと思ったがいや待て? そういやエミリアは、五歳の時に俺と一緒に人攫いに捕まったことがあるって言ってたよな? 

 俺が当時のことを覚えていないことにエミリアが静かに怒っていた、そのことは確かに覚えているから、間違いない。


「ちょっと待ってくれ。思い出す」


 あの時は確か……そう、崖から落ちたんだ。あの時抱き締めていた子が、エミリアだったんだよな?

 なんで崖から落ちたんだっけ?


 えっと……あー、なんだっけ……? なんかこう、めちゃくちゃ痛かったよな……? 血が吹き出てて……、そう! 魔狼だ! 魔狼!

 そうだよ! 人攫いが魔狼に襲われて、隙を見て逃げ出したんだ! 師匠に出会う前だから碌に扱えなかった魔法を使って……。


「そうかっ! あの時から何故か魔法が使えていたんだ! ていうか俺、なんで人攫いに捕まってたんだっけ? えっと確か……」


 その時、突然目の前が明るくなったような気がした。頭の中に、色んな場面が次々と、音のないフィルム映画のように浮かんだ。


「売られた……? 街で石を投げられて……」

「……なるほど。大体分かった」

「俺、まじで記憶を消されてんのか……?」

「ああ、そのようだね。売られた、というのはボクはその場にいなかったから分からないが……誰がそうしたかの予想はできる」

「俺の記憶を消した奴と同じ奴か?」

「そうだね。わざわざ五歳の姿にして、人攫いに渡すことでエミリアとの縁を作り、君の師匠とも出会わせた。こんなことをできるのは、彼女しかいない」

「彼女?」


 てっきり【調停管理】が俺の記憶を消したのかと思っていたけど……違うのか。というか今の言い方だとまるで……


「そうだ。未来をある程度知っていて、人の記憶に干渉できるのは、この世界で一人しかいない」

「……誰なんだ? そいつは」


 心を読むな、というツッコミも忘れて、俺は咲耶の言葉に意識を集中させた。


「……雪風の母親だよ」

「雪風の、母親……?」

「ああ。……でも、この話は今しなくても良いかい?」

「そうだな。分かった。……じゃあ、続きを話してくれ」


 今すぐ知る必要がないのなら、雪風のいる場の方が良いだろう。


「じゃあ、続きを話すよ。君が記憶を消された理由をまだ話していなかったよね? それは【調停管理】の持つ能力なんだ」

「能力? それってつまり、ザーノスで言う傷が治らない力とか、アルディアで言う魔力を通さない結界みたいなものか?」

「そうだね。正神教徒の司教や大司教が持つものと同じだ。……だが、その力はあまりに凶悪的で絶対的すぎる」

「凶悪的って……ザーノスもアルディアも真面目に能力を使えば一人で国を落とせる力はあるぞ?」


 ルシフィエルは少し毛色が違うが、神殺しの力も他に類を見ない唯一の力ではある。神との対決において必須の力だろう。

 正神教徒のトップである【調停管理】の持つ能力がそれ以上って……。


「それはずばり、『【調停管理】のことを見た』という記憶がある人間を操作もしくは殺害できる能力だ」

「見ただけでアウトって……それは、戦っている途中にも発動するのか?」

「いや、彼を見ている間は発動できないという制限がある。制限とは言って良いのかは分からないけどね」


 隠れたりでもすれば、即時発動可能。

 チートもチートの即死能力だ。


「対抗手段は?」

「記憶の消去。もしくは無効化。例外としてアルディア……彼のような特殊な結界でも防ぐことは可能だ」

「そりゃそうか……」


 【調停管理】と会ったから、俺は記憶を消去する必要があった。

 咲耶が記憶を消されていないのは……


「君は再生能力を持っているだろう? それと同じだ。ボクには……そういった能力……権能を無効化する能力があるんだ」

「じゃあ俺、お前に殺されたら生き返らないってことか?」

「そうだね。ボクが傷つけた傷は、回復魔法じゃないと回復できないよ。他にも、ベルフェの幻影は魔法じゃなければ効かないし、アルディアに魔法を当てることもできる」

「即死能力には無効化能力か……なんか無効化ってずるいな」

「今君たちが死んでいないのはボクのおかげだぞ。ボクが君たちに対して権能を使っているから、【調停管理】は君たちを殺せないんだ」


 背中を向けているので見えないが、咲耶がフフンとドヤ顔していることが分かる。

 というか……そうか。()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()と思ってるんだな。


次話は木曜日です

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