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四十九話:彼女のしたこと


「正解だ」


 咲耶の口からそう聞いた時、俺は思わず天井を見上げた。

 エミリアの中に、宝具がある。


 なるほど、大体見えてきた。

 正神教徒がエミリアを狙う理由は、きっとそれだろう。咲耶の言っていることが正しければ、神々がエミリアを狙う可能性だってあるということだ。


 ルシフィエル、今どこで何してるんだろ……。あいつの力絶対必要じゃん……。


 そんな考えが頭の中にグルグルと出てくるが、俺は取り敢えず動揺を悟られたくなくて冗談を言ってみた。


「エミリアに猫耳が生える可能性もあるってことかよ……良いな」

「……残念だけど、宝具とは何も関係ないよ。初代が生えていただけで、宝具によって作られた二代目は普通の人間だしね。そもそも初代はオオカミだ」


 なるほど狼、つまりは銀狼。

 エミリアが狼っぽくなるのか……控えめに言って最強可愛いのでは? ふさふさの尻尾に顔埋めたい。耳撫でで擦り寄られたい。

 あ、でも遠吠えしたら叱らなきゃ……って、そうじゃなくて


「二代目って人造人間なのかよ……」

「そうだよ。まぁほぼ精霊と言ってもいい」

「なるほど、それなら三代目が生まれてもおかしくないか……それで? 俺に謝りたいことって一体何なんだ? エミリアから狼耳狼尻尾を取ったとかなら容赦しないが」

「それは本当に許してくれなさそうだね……勿論違う。ボクがしたことは……」


 苦笑いしていた咲耶は、真剣な表情になって、そこで一旦言葉を切り深呼吸をした。

 俺に怒られる心の準備をしているのだろうか。そうだとすると、内容が非常に怖いな。そんな人はいないと思うが、狼耳とか言ってふざけている場合じゃない。


 俺もまた、背筋を正す。

 そうしてお互いの準備が完了したところで、咲耶が口を開いた。


「ボクは……【調停管理】に、エミリアが宝具の持ち主だと漏らしたんだ」


 ──漏らした。

 正神教徒たちは、何故エミリアを狙ったのか。エミリアが宝具の持ち主だから。

 では何故それを知っていたのか? それは……咲耶のせい。


 咲耶が情報を漏らさなければ、エミリアがこれまで危険な目に遭うことは、怖い思いをすることは一度もなかった……。


「…………」


 俺にとってエミリアがどれだけ大切か、咲耶は知っているのだろう。俺が普段からエミリアを危険に晒す奴は許さないと言っていることも、もしかしたら知っているのかも知れない。

 だから、俺に怒られると、怒鳴られ恨まれ、非難されると思った。


 でも……俺には到底そんな気にはなれなかった。


「何か、理由があったのか?」

「言い訳、させてくれるのかい?」

「ああ。当然だろ?」

「そうか……なら……」


 咲耶が話した理由は、俺の予想通りの理由だった。

 すなわち、

 

「【調停管理】から逃げるため……」


 転移して何年かした頃、【調停管理】に咲耶は襲撃され、自分が助かるためにさらに旨味のある情報を伝えた。

 ある程度、俺の予想通りだ。


「それなら、仕方ないな」

「…………え?」


 許されると思っていなかったのか、咲耶が俺の方をポカンとした表情で見てくる。

 こいつのこんな顔も中々見ない。出来ることならカメラで一枚撮影したい。


「えっ、あ、いやっ、あの……怒らないのかい?」

「怒るって……そんなの自分の命のためなら仕方ないだろ。エミリアは生きてる。お前も生きてる。みんな健康。それで良いじゃねえか」

「ぁ…………ぁぅぅ……」


 咲耶の隣……つまり咲耶のベッドに腰かけると、咲耶が俺を見上げてきた。

 そんな俺を見上げてくる顔がひどく不安そうで、こいつらしくなかった。


 俺は安心させてやろうと、頭に手を置いて話しかけることにした。

 咲耶は小さい頃こうやって話をされるのが好きで、俺はよくせがまれていたのだ。


「というか、それで死なれてたらそっちの方が怒るわ、向こうの世界で殴りに行く。死んだら、もうこうして会えないんだからな」

「……君……手、が……」


 咲耶が俯いてボソボソと何かを呟いたが、よく聞こえなかった。


「どうした? 咲耶」

「えっ……あっ、いや……その……」


 頭を咲耶の顔に近づけてどうにか聞き取ろうとするが、咲耶の挙動がおかしい。

 と、思っていたら、

 

「も、もういっかい……」

「もう一回?」


 それは、よく聞こえなかったからもう一回言ってくれ、ということか?

 別に何度だって言ってやるが……どうしてこいつはそんなに緊張しているんだ? 俺は怒らないって言ってるのに、まだ心配なのか?


 あ、そうか、ちゃんとそれが分かるように言えば良いのか。

 よし、


「お前が生きていてくれたことの方がずっと嬉しいんだ。……俺と再会してくれて本当にありがとう、咲耶」

「〰︎〰︎〰︎〰︎!!」


 ちゃんと聞こえるようにできるだけ近くではっきり言ってあげると、咲耶が一瞬にして俺から離れ、ベッドに横たわり勢いよく頭から布団を被った。

 その間、わずか1秒である。

 

 布団の先から出ている裸足の足が、少し寒そうだった。


「さ、咲耶?」

「…………」


 返事はない。無視されている。ちょっとも反応してくれない。

 おいおい、咲耶がここまで俺を無視するなんて普通じゃないぞ……? 

 布団を頭から被る拒絶体勢だし、どうしてあの一瞬でこんな不機嫌に……。

 お、俺は何かまずいことをしてしまったのだろうか……。


「咲耶さーん……?」

「…………」

「……どうしよ、布団から手が出てきた。えっと……取り敢えず握手? ……って、おわっ!」


 手が布団に吸い込まれた! いや咲耶に引っ張られた!

 えっ? 何? 何をされているのか見えなくて超怖い! 布団の中で指を切り落とされたりしないよね!?


「っ!!」


 あ、いやっ? これは……え? ……え?


「さ、咲耶?」


 布団の山がモゾモゾ近付いてきて、ベッドに寝そべる俺にピタッと寄り添った。

 そしてさらにモゾモゾ動く。

 俺はその動きに歯向かわず、素直に従った。


「あの、咲耶、これって……」


 俺と、布団に頭から包まれた咲耶は、ベッドの上で二人並んでいた。そして、俺の腕の感触が伝えてくる、咲耶に俺の腕が抱き締められていることを。

 

 これじゃまるで、添い寝しているようじゃないか……。 

 そう思っていたら、咲耶が布団からひょっこり顔を出した。


「……駄目、かい?」


 言葉を失った。

 言葉を話すという機能を、身体が忘れてしまったようだった。


 でも、俺が話すことができたとしても、きっと言うことは一つだろう。



 ──その顔は、反則すぎる……。

 

次話は火曜日です

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