四十八話:篠上咲耶
──篠上咲耶。
こいつとの付き合いは、一歳になる前から始まり、それから俺が転移するまで一度も途絶えたことがなかった。
家は歩いて一分もかからない距離にあり、小中高は同じ学校に進み、毎年のように季節行事を一緒に楽しむ。
本当にこんな人間関係あるんだって言われるくらい、奇跡のような関係だ。
幼い頃の咲耶は、「シン! シン!」と妹のように俺にべったりだった。
ご飯は一緒に食べようとして、お風呂は一緒に入ろうとして、夜は一緒に寝たがって……なんならトイレを一緒にするとか言っていた時期もあった。
そのせいというか何というか、咲耶は社交的とは言えない性格だった。
例えば公園なんかに遊びに行っても、俺と二人で遊んでいようとする。他の子供と遊ぼうとはせず、俺が間に入ることでやっと一緒に遊ぶことができたくらいだ。
俺にとって咲耶は、守るべき存在だった。
小学校。
俺と行動を共にすることは変わらないが、小学校ではずっと一緒というわけにもいかない。教室は偶々同じだったが、授業中は一人になるしかない。
最初は昔と全く変わらずべったりな咲耶だったが、小学校という場所である以上他の子供と関わる必要がどうしてもある。段々咲耶も自立できるようになってきた。
だがそれでもやっぱり、俺の後ろをついて回るような子だったが。
この頃やっと、俺と結婚することが夢だとは言わなくなってきた。
中学校。
咲耶の性格、というかスタンスがほぼ確立された時期だ。自分に振られた仕事はこなすし、必要だと考えたことは行うが、人と関わる気はない。
俺はそれでも咲耶が心配で、後ろから見守ったり出来るだけ側にいるようにしていた。
咲耶が俺にベタベタ引っ付くようなことも、中学入学をきっかけに一切なくなった。二人きりの時に少しボディタッチをする程度だ。
高校に入って、関係はさらに一変した。
俺と咲耶の入学した高校は10クラス。咲耶のクラスと俺のクラスは長い廊下の両端にあったせいで、一緒にいる時間が激減した。
廊下の端と端、お互いが相手に会おうとしなければ、最悪一度も顔を合わせず終わる距離だ。実際、そういう日もあった。
高校入学したばかりはメールで待ち合わせて一緒に帰ったりもしたのだったが、時間が合わないことも多くて、徐々に一緒に帰る頻度は減っていった。
そうすると俺は、途端に一人を感じた。
俺のコミュニケーションというものは、いつだって咲耶がいた。咲耶を交えた三角形の会話しかしたことのない俺は、一対一で面と向かって話すことがうまくできなかった。
そうすると、学校に楽しさが感じられなくなった。授業を受けているくらいなら、自分が興味を持ったことを突き詰める方が何十倍も楽しいし、有意義な時間の過ごし方に感じた。
『? どうしたんだい?」
俺と違って、咲耶はそんなことはなかった。こいつは世渡りの上手いやつだ。そもそも必要以上のコミュニケーションを取ろうしなかったし、取らなくても大丈夫な立ち位置を確保した。
咲耶が俺よりずっと前に立っていたことに、俺は気が付いたのだ。いつの間にか、俺と咲耶の関係は逆転していた。
ある月曜日、俺は学校を休んだ。
ただ、ちょっと具合が悪かっただけ。いつもなら何も気にせず登校しているくらいだ。休んだ理由は特にない。何で休んだのかは、今も分からない。
咲耶はその日もいつも通り遊びに来た。どうやら俺が休んだことを知らないらしく、寝巻きのままだったことを不思議がっていた。
咲耶とゲームしたり勉強する時間は、変わらず楽しかった。
それから徐々に、あの月曜日のように理由もなく休む日が増えていった。二週間に一度になった。一週間に一度になった、三日に一度になった……。
──そして、行かなくなった。
出席日数はギリギリ足りたのか、俺は高校二年生に進級できたが、結局、自分のクラスもクラスメイトも何も分かっていない。
退学しなかったのは、自分が休んでいる理由が分かっていなかったからなのか、それとも咲耶に申し訳なかったからか。
だが結局、転移するまで一度も学校には行かなかったな……。
「…………」
「…………」
咲耶の顔を見た途端、そんな思い出が頭の中を一瞬で駆け巡った。
咲耶もそうなのか、顔を見合わせたまま何も言わない。
言いたいことは色々ある。
話したいことは沢山ある。
昔のように遊びもしたい。
でも、何よりもまず言うことがあった。
「誕生日おめでとう、咲耶」
「────」
庭で摘んで作った花束を渡すと、咲耶はキョトンとして目をパチクリさせた。
両手に持つ花束に目を落とし、何も言ってくれない。ひょっとして、あまり嬉しく思ってくれてないんだろうか……。
と、思ったら、
「…………ありがとう」
小さくお礼を言って、咲耶が花束を大事そうに抱きしめた。




