四十四話:開けろ!
二十四日の夜──俺の故郷である黄金の国ジパングなら、今頃カップル共が子孫繁栄を願っているような時刻だ。
しかしこの世界では違う。この世界では聖夜祭とは二十五日午後の夜に行われる祭りだけを指し、二十四日から一緒にいる必要は全くない。
それが、この世界の常識だ。
「オメガ〜、夜遅いけど良いか〜?」
時計の長針があと半回転でもすれば二十五日になる、普通に考えて人を訪ねてはいけない時刻に、俺はオメガの部屋の扉を叩いた。
オメガの目が覚めたと聞いた時でさえ、話すのは明日にしようと思ったのだが、風呂に入ったり一人でゆっくりしているうちに考えが変わった。
今でなければ、駄目だろう……と。
「オメガ〜? 開けてくれ〜」
申し訳なさそうにドアをノックすれば、オメガのことだ、「申し訳なく思うということは、それが迷惑だと分かっているのだろう?」とか言われて無視される可能性がある。
だから俺は、こんな呑気な声で扉を叩く。
開けてよ〜、ねーなんで開けてくれないの〜!
心は、駆け込み乗車に失敗して尚諦めない迷惑サラリーマンだ。
「いるのは分かってるぞー」
…………。
駄目だ、無視されてる。
寝てるってことはないと思うんだけどな……。ノックを止めて耳を澄ませてみれば、中から慌しそうな音が聞こえてくる。
しかし、開けてくれない。こうなったら……俺は激しくドアを叩いた。
「開けろ! デトロイ──
「うるさーい!! 今何時だと思ってるんだい!? というか君は馬鹿なのかっ? 色々とっ!」
「あっ…………」
扉を開けたオメガを見て、俺は何故今まで返事がなかったのかを悟った。
「はぁ……まったく君って奴は……常識のじの字もないな……」
呆れたように溜息をつくオメガの服装は、白いバスローブに少し湿った髪。……どこからどう見ても風呂上がりだった。
……でも、仮面は装着している。外せよ。
「風呂に入ってたなら、言ってくれれば良いのに……」
「想像されるのは嫌じゃないか……」
ほう、想像されるのが嫌とな?
なるほどなるほど……確かにオメガが「ちょっと今お風呂に入っているから、少しだけ待ってくれないかな?」とか言ったら、即座にその光景を頭に思い浮かべるだろう。
女性らしい身体の上を滑る水滴、熱いお湯に身体を沈めた瞬間溢れる小さな緊張の緩む声、仮面の下の美しい顔は仄かに赤く色づき……
「ねえ君? ボクさっき想像されるのは嫌って言ったよね?」
「ご、ごめんにゃひゃい」
頬をギューっと力いっぱいに抓られた。
しかし俺を追い出すことはなく、髪を櫛で拭きながら部屋の奥へと歩いて行って、ゆっくりベッドに腰かけた。
脚を組んで座る姿にエロいな……という感想を覚えながら、俺は勧められた椅子に座る。椅子を譲ってくれたというよりは、ベッドに座られたくなかったのだと思う。
「まったく……で、一体何の用だい?」
上半身を若干前に傾け、オメガがそう聞いてきた。
ああ、少し聞きたいことがあってな。
「……くっ、ギリギリ見えない……」
「……多分だけど、言ってることと思ってることが逆だと思うよ」
「な、なんだと!?」
「まあ逆じゃなくても、胸見てることくらいは分かるけど……。さっきも、脚組んだ瞬間真剣な表情になったし。……変態」
「…………」
ば、バレていたのか……。そういや、ショートパンツを履いたグラムの生脚をチラ見していた時、グラムがちょっと脚を開いたり、脚を組んだりしたことがあったな……。
「全て手の平の上……メアのあの無機物を見るような視線はそういうっ……!」
「あの、一人盛り上がっているところ悪いんだけど、さっさと要件を言ってくれないかな? ボクも暇じゃないんだ。なんなら今ここで叫んでやっても良い」
「それはやめてください」
今叫ばれたら、色々とまずい気がする。
叫ばれる前に、俺は自分がここに来た理由を言った。
「俺がなんの用でここに来たかって言うとな……、お前に聞きたいことがあるからだよ」
「……今回のことなら、明日話すって言わなかったっけ? もしかして君にだけ情報が伝わってないのかい?」
「いや、伝わってる。それでも今聞いておきたいんだ。……駄目か?」
「…………」
まあ、理由はそれだけじゃないんだけど。というか、実はこっちは建前なんだけど。
本当の理由は、まだ明かさない。
「仕方ないな……。それで、何から聞きたいんだい? なんでも聞いて良いよ?」
「じゃあとりあえずスリー……」
「殺して良いかな?」
「まずはベルフェのことだ」
危険を察知。取舵一杯、方向転換。
「ベルフェ? 彼女のことは、ボクもあまりよく知らないんだけどねぇ……それでも良いかい?」
「ああ」
「そうか、なら……」
そこで一泊置いて、オメガは話を始めた。
次話は月曜日です(明日)




