表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

303/344

四十話:希望

 

(調停管理……ここで出てきたか……)


 刀を握るティーの手が、汗で濡れる。

 調停管理を見て思い出すのは、あの日のこと。決してあれを引き起こしてはいけない。そのために自分が来たというのに……。


 シンに心配されてからはなんともないように振る舞っていたが、ティーは調停管理を酷く恐れている。

 それはティーの過去……ティーがまだ雪風を名乗っていた時のとある事件が原因だ。


 ♦︎♦︎♦︎


「シン! 早く来るのです!」


 一月初旬。雪風とシンは二人で小旅行に出かけていた。

 正神教徒大司教ザーノスを討伐した、その功績が認められ、雪風が精霊でありながら二十五番隊に所属できたお祝いだ。


 勿論、既にみんなでお祝いはしていたのだが、エミリアたちが気を利かせて数日間二人きりにさせたのだ。

 二人が向かったのは、珍しい食べ物が集まるお祭りが開催されていたとある街。雪風とシン意外にも、大勢の人が集まっていた。


 美味しいものをシンと一緒に沢山食べる、幸せな時間。


 ──しかしそんな幸せな時間は、すぐに壊れることになった。


「始めるか……」


 突如屋根の上に一人の若い男が飛び乗ったかと思うと、彼はポツリと呟いて大きく手を広げた。

 ポカンとその光景を眺める雪風とシンだったが、次の瞬間異変を察知した。


 突然人混みの中から、同時にいくつか無視できない殺気を感じたのだ。

 そして聞こえるのは『キャー!!』という悲鳴。


「恐怖、怒り、悲しみ……絶望。これくらいあれば十分か……」

「っ!」


 そいつが、雪風の方を見た。


「化け物になれ。全てを殺す、化け物に」


 遠くにいるはずのそいつが呟いた言葉が、雪風にははっきりと大きく聞こえた。

 そして……


「────ッ!!!」


 雪風の中から、激しい何かが込み上がってきた。

 それは知っているもの、しかし知らないもの。これが何か、雪風は知っている。しかしここまでのものを、雪風は知らない。


「雪風!」


 異変に気が付いたシンが雪風の肩を掴んで、雪風を揺らす。

 ああ、どうしたことか。


「逃げるのです……シン……!!」


 ()()()()()()()()()()()


 ♦︎♦︎♦︎


(あの時私の中に込み上がってきた、激しい負の感情。こいつと出会う前に、雪風を始末しておきたかったのに……)


 ティーがこの世界に来た理由、それは雪風を始末するため。

 【調停管理】によって強制的に暴走させられた過去、それは酷く悲しく孤独だった。


 それを見せたら、雪風はきっと自分に賛同してくれると思った。だが、雪風は渋った。シンたちを雪風は信じていた。


 本当は見せる予定じゃなかった、シンたちを殺す瞬間を何度も見せて、やっと雪風は自らの死を望むようになった。

 だが……それはティーにとって嬉しいことのはずなのに、何故だかティーは喜べなかった。


(私は知りたい……。幸せに生きる未来が、そこにあるのか)


 ティーは既に、願っている。

 だとすれば、目の前の敵は恐ろしい敵ではなく、むしろ望むべき敵だ。

 こいつに勝つ、雪風とシンがこいつに勝つことができれば、自分は……。


 故に、ティーは決断した。


「マスター、私の入る器を作れ」

「……了解したヨ」


 全て分かっていたかのような、余裕のある笑みを浮かべて、マスターは指揮をするように腕を横に振った。

 どこからか魔力が集まり、形を作っていく。


 生まれたのは、雪風によく似ている少女。差別化なのか、雪風よりも幼く、髪は濡羽色、そして肌は褐色だった。

 マスターの心遣いなのか、裸ではない。下着と、昔雪風が着ていたようなボロボロのマントを身に付けている。


「……子供か」

「嫌なら良いんだヨ? みーんな、死ぬだけサ」

「チッ……」


 舌打ちをしながらも、ティーは断らなかった。


「うっ……、うぐぅ……」

「雪風!」


 ティーがその器に入ると同時、ティーのいなくなった雪風が呻いた。

 シンはすぐに雪風の元に駆け寄ろうとするが、そんなシンをティーは手を掴んで止めた。


「……なんだ?」


 目に警戒の色を浮かべるシン。

 信用されていないな、と思いながらも、まぁ仕方ないか、とティーは気にしない。


「悠長に敵が待ってくれると思うか? もうそろそろ、向こうも動けるようになる頃だ」

「でもっ……」


【調停管理】は自身の身体を精霊のようにして無理矢理存在しているため、これまで動くことはできていなかった。

 分かりやすく言えば、新しい身体に馴染むまで時間がかかっていたのだ。


 しかしその馴染むための時間も、そろそろ終わる。


 シンだって、【調停管理】の魔力が安定してきたことは分かっている。だが、雪風が心配なのだ。

 暴走──雪風は暴走している。見なくとも、契約による雪風との繋がりで分かる。


「ティー!」

「…………」


 ティーは、シンの目を見、理解した。


「…………はっ! お前はとんだ馬鹿だ! 目の前に世界を滅ぼすような脅威があって、それでも尚雪風を心配するのか!」


 ティーは腹を抱えて笑った。

 こんなに、愉快なことはない。

 こんなに、馬鹿馬鹿しいことはない。


 ──()()()()()()()()()()()()()()


「面白いっ! それでこそシンだ! 三分……三分だけなら私一人で持たせてみよう!」

「ティー……っ、ありがとなっ!」


 暴走した雪風にシンが、【調停管理】にティーが相対する。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 雪風が喉が張り裂けんばかりに絶叫した。

 その咆哮は魔力を帯び、図書館全体を揺らす。


 沢山の紙が舞い、


「凄え……」


 全て、あるラインを越えた瞬間に散り散りになった。

 ヒラヒラと舞う紙が、一瞬で切り刻まれる。シンは、雪風を中心とした球を幻視した。


 あの球に一歩踏み込むだけで、その瞬間に踏み込んだ足は使い物にならなくなるだろう。

 目にも留まらぬ斬撃による、絶対の防御。それはまるで、シンにこれ以上近付くなと言っているようにも見える。


「自分が壊れるまで誰も殺さない、か……。それじゃ駄目だ」


 ゆっくりとシンは球に近付いていく。

 シンの身体に、黒い霧が纏わり付いた。

 それはシンの身体を癒し、傷を塞いでいく。


 再生能力。


 ティーによって封じられていたそれが、ここに来てシンの元に帰ってきた。


 となれば後は、シンの再生能力が間に合うのか、雪風の斬撃がそれを越えるのかの勝負だ。


「シン…………」


 自分には何もできないと分かっていながら、レイはその名を呼んだ。

 シンの再生能力は負ける。シンの再生能力は、時間がかかる。レイにはそれが分かっていたが、シンを止められなかった。


「行くぞっ! 雪風!」


次話は火曜日です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ