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二十六話:想像を超える事態

 

「…………」


 夜の森を、走る。

 師匠のローブは、動きを阻害してしまわないように形を既に変えている。


「自動で損傷を治すし、形状も自由自在に変えられる。耐久性意外は本当にいいローブだよな」


 損傷の修復は、あまりに酷い破損状況でも必ず治す。一度、まともに魔法を食らってローブが燃えたことがあったのだが、それでも丸々二日かけて修復された。

 まあ、そもそも耐久が高ければ修復機能は必要としないのだけれど。


「いやぁ、さっきのは予想外だったな……」


 森を一人で駆け回りながら、もう何度目かの感想を呟く。

 さっきのとは、勿論エミリアのことだ。

 エミリアが中途半端に酔ってしまった事件だ。


「寝付き、良かったな……」


 幸いなことに、手を握って数分で深い眠りに落ちてくれた。

 寝るまでの約束なので、その場で手をゆっくりと離してテントから脱出したものの、終始落ち着かなかった。

 だって、俺が寝たら人生終了のお知らせがくることになるだろ?

 寝た時、後ろに倒れ込めればまだ良い。

 だが実際は、手を引っ張らないように前に重心を傾けているため、十中八九前に倒れ込んで、つまりエミリアに覆い被さってゲームオーバーだ。

 朝起きたエミリア、中々出てこない俺を不審に思ってテントの中を見た紫苑、どっちのルートでもバッドエンドは免れない。


「『護衛が主人に欲情し手を出そうとしたが、難なく未遂で捕まった』エンド。他人事なら見てみたい気もする……」


 見てる分には楽しいが、本人は至って真剣なあれだ。

 苦笑して、何気なく視線を斜め前に向けると……


「…………っ!」


 ()()を目に留めた瞬間、慌てて木の陰に隠れる。

 俺の視線の先、茂みの中で、人間二人が会話をしていた。


(危ねぇ……)


 ここは暗い夜の森だ。悪い視界の中、よくあの二人に気付けたな俺。そして、よくぞ一緒で気配を消したな。

 だけど……ここからじゃ何してるかが分からんな。

 俺はバレないように少しずつ近づいて、木の陰から二人を盗み見ることにした。

 この二人が単なる冒険者なら、俺はとんだ道化なのだが……冒険者にしては服装が変だ。


(二人とも鼠色のマント、そのせいで体格は分かりにくいけど両方男。フードで顔を隠した方と、もう一人は……チャラ男。暗くてよく分からないけど、多分茶髪)


 軽薄そうな男と、フード男のコンビだ。


(得物は見られないな、〈ストレージ〉持ちなのか、それとも隠しやすい小さな武器なのか。重戦士でないのは確かだ)


 それらしい鎧や大剣も見つけられない。杖を持っている雰囲気もないので……いや、武器に関しては師匠の杖という事例があった。

 俺の首に首飾りとして飾ってあるこの鍵は、任意で武器の姿を取ることができる。

 こいつらがそういった魔法を習得している場合、突然槍を構えて突進してきてもおかしくない。


(このローブみたいに、形状を変えられる鎧だってあるかも知れないからな……。他の地点からも見てみるか……)


 同じ地点に居座り続けると、第六感で勘付かれる可能性があるからな。

 他に良い観察スポットがないか、俺はゆっくりと探し始める。


『結局、設置は完了したと考えていいんだな?』


 二人が話しているすぐ脇に丁度いい茂みを見つけたので、そこに潜もうと頑張っていると、フード男が急に話を再開した。

 軽薄そうな男が上を向いて「んー」と唸っている隙に、俺は茂みの中に忍び込んだ。


『ああ。去年、魔法陣を破壊しといた甲斐があったな。新品同様で逆にハッキングは楽だった』


 軽薄そうな男が言葉を言い終わると同時に、俺は茂みの中で丁度いい姿勢を発見した。

 これで、じっくりと観察できる。

 ……というか、魔法陣を設置し直すって……どっかで聞いたことがあるな……。

 どこの魔法陣か忘れたが、それはこいつらの策略ということだな。そして、そこには何かしらの罠がある。場所が分からなきゃ意味ねえ……。


『ふん、当たり前だ。何年も前から計画していたんだからな』


『王女様の誘拐計画ねぇ……二回失敗して、まだ諦めねえのか』


(ビンゴ!)


 こうして意味のないことを考えて走っている間に、どうやら目標にはかなり近づいていたらしい。

 あるかどうかも分からない目標だったので、こうして見つけたのは素直に嬉しい。

 まさか、エミリア誘拐の方に出くわすとは思わなかったけどな。出会うとしたら、魔狼事件関連か正神教徒だと思っていた。


『しかも、その両方とも同じ男に邪魔されたと来ている。俺なら早々に離脱するね』


『…………そう、だな』


『おっと、そんな怖い顔をするなって、俺だってこれでも裏の人間だ。辞められる依頼とそうでない依頼の区別くらい簡単だ』


『そういえば、それが不思議だった。何故お前がこの依頼を受けた?』


『んー、まあ、なんとなく? 勿論、昔助けてくれたアンタに恩返ししたいからでもある』


 …………嘘だな。

 そんな安っぽい理由で命を張る人間は、裏世界などで生きてはいけない。

 縦の繋がりが強い魔術の世界、横の繋がりが強い商人の世界と違って、裏稼業の人間は基本的に孤独だ。

 銃口を向けて「命救ってくれた借りを返すぜ」とか言う世界だしな。味方も敵であると考えて行動しなけりゃやっていけない。

 ……あ、さっきのは物の例えだが、この世界にも銃らしき物はある。

 だが、魔法の方が制限が少なく、銃を使っている人は皆無。俺はこれまで少ししか見たことがない。


『……ふん、流石に口は割らないか』


『さぁてね? 口を割ると言われてもなんのことやらさっぱりですわ』


 そして、この男二人も決して味方同士ではないらしい。

 同じ目的、エミリアを誘拐するために協力しているだけだ。

 さらに言えば、軽薄な男は別の依頼主がいる可能性があるな。それか、何か果たしたい目的があるのか……。


『そんなことより、建設的な話をしましょ。結局の所、護衛魔術師は殺せそうなのか?』


『…………分からん』


『ほお、いつになく弱気だ』


『まだ、その力の底が見えていないんだ。寮に放った部下は(みな)帰ってきていない』


 え、何それ、俺知らないんだけど。

 俺に向けて刺客や間者を放っていたなんて、うん、ちょっとだけ初耳ですね。


『成る程ねぇ……でもまあ大丈夫! あれに耐えられる生物はこの世に存在しない。あれは、紙装甲の魔術師如きに凌げるもんじゃねえ』


『あ、ああ……。ここで奴を殺し、彼女を手に入れる。それが、俺達の生き残る道だ』


 彼女……エミリアのことだな。

 手に入れるってことは、身代金やら奴隷として売る訳ではなさそうだ。

 となれば政治利用か……エミリアの美貌目当てか……。


『銀髪の異彩児に、しかもあの美貌と来た。全くお貴族様は贅沢なことだね。使い道は恐らく玩具だろうし……ちょっとくらい食ってもバレないかなぁ……』


 よし、こいつは殺そう。それも、じわじわと恐怖を与えてやろう。

 貴族は……欲に目が眩んだだけだ。エミリアに見惚れない男なんていない。仕方ない……痛みの少ない優しい毒にしてあげよう。

 すぐには死なない、死が徐々に近づく恐怖を味わうことになるけど。


『馬鹿か』


 フード男の方が、呆れたように冷たく言う。


 ちなみに異彩児とは、珍しい瞳や髪の色をしている者達の総称で、奴隷市では高値で扱われる商品(人間)だ。故に、蔑称と考える人も多い。

 銀髪のエミリアは勿論、東国にしか見ることの出来ない黒髪黒目の紫苑も、こちらの方では異彩児だ。勿論、日本から転移している俺も、黒髪黒目なので異彩児。

 

 そして、異彩児とは貴族達に一時期流行っていたエミリアの渾名でもある。

 勿論、大っぴらに言う人間は少なかったが、こうしてエミリアのことを異彩児として呼ぶ人間はまだまだ存在している。


 エミリアは珍しい銀髪だが、祖先には銀髪の人がいたらしいから、別にエミリアが王家の血を引いていないなんてこともない。

 時より見せる実力から察するに、偉才や異才とかけている筈だ。そうでなければ、普通に不敬罪になるだろ。


『知らん。雇い主について考えるのは御法度だからな。俺達はただ依頼をこなすだけだ。それで、既にあれは実行しているか?』


『ああ、勿論完璧だぜ。上手くいけば奴らの数を減らせそうだ』


 奴らの数を減らす……?


『ここまでの大群を作るのには苦労したんだ。魔物同士を争わせることで、強制的に進化を促す。その結果……』


『長ったらしい説明を聞く気はない。魔狼の大群は、今は誰がトップで、何処で何をしている?』


 …………。

 悪い予感がする。

 何か、酷く胸がざわつく。

 

 そして、軽薄そうな男は決定的な一言を放った。


()()率いる部隊が、奴ら魔術学院の寝床に向かっている。今頃は、奴らを王狼が蹂躙しているだろうさ』


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次話……『二十七話:SクラスVS魔狼』

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