一話:説明不足
ここから本編です!
師匠(先生)との別れ(当時七歳)から九年後(今年で十六歳)の話になります。
分割も考えましたが、結局序盤の話は長くしています。
〜九年後:シン、十五歳〜
護衛とは、男よりも女の方がやりやすい。いや、異論反論あるだろうが、少なくとも俺が仕えている家はそういう考えだった。
例えば護衛対象が男の場合、これは男でも護衛をこなすことが出来るが、それでも女の方がやはり融通が利くことが多い。
そして護衛対象が女の場合、これはもっと簡単だ。男の護衛が女の主人を襲う可能性もあるし、風呂などに男が付いて行くことは出来ない。
男主人の風呂に女の護衛が付いて行くことは出来るが、女主人の風呂に男の護衛が付いて行くことは出来ないのだ。
そもそも、可愛い女の子とむさ苦しい漢、どちらに護衛されたいかと言えば可愛い女の子だろう。
だから、まあ、これは当然だった。
「はぁ…………」
門の前で、俺は溜息をつく。
少し後ろを振り向いて見れば、門は変わらず固く閉ざされ、蟻の一匹通さない覚悟をこちらにアピールしてくる。
そうだ、分かっていたことじゃないか。
普通の父親は、娘の護衛が俺のような若い男であることを許さない。それは、王族だろうと変わらない。
でもさ、なんで追い出すの?
娘はとびきり美人で、男の俺を近づけたくないのは分かる。でも、昔にそれに関しては了承したよね?
俺が王城に住むようになったのは八歳になってからのこと、師匠と別れて一年後のことで、きっかけは王女を助けたことだった。
『君は娘の命の恩人だ、何か褒美を……何だって、住むところがない? なら娘の護衛をしてくれ。君の目を見れば分かる。君は信頼できる男だ。私は一国の王だよ? それくらい分かるさ』
これがその時の王様のセリフ。王様が俺を護衛として雇ったんだ。なのに、こうして理不尽に解雇とは。これが大人のすることかね?
日本でなら解雇するにも色々と条件があるんだよ? 多分。詳しくは俺も知らないけどさ。
「お前に娘はやらんって……主人に恋する護衛がいるかっての」
俺はアイツに恋をしていない。
ここ最近は、会う度に王様が何か言って来ないかとドキドキしていたけど、絶対違う。
恋とは、あんな背筋に悪寒が走るものではないと思う。死にそうという意味ではあってるかも知れないが。
「ただし比喩でなく現実」
本当に、最近の王様はそれくらいピリピリしていた。俺がアイツの話をする度に、『お前に娘はやらん』の一点張り。どこの国のゴーレムかと思ったよ。
オートマタはここに居たらしい。夢のオートマタはおじさんでした。最悪だな。
「…………」
もう一度、後ろを振り返る。
そこには、やはり固く閉ざされた王城の門が。
王様の言っていた、『まだまだ力不足。まだまだ世間の大変さを分かっていない。よって、ここに居させ続けることは出来ない』という言葉は、どうやら本当のようだ。
どこからか馬車の音がした。きっと、俺を王都の外に放り出すための馬車だろう。俺が確実に外に出たかを確認するための馬車。なんとも用心深いこった。
そこまでされると、俺はもう一度侵入したくなっちゃうよ?
まあでも、考えてみれば、何の変哲も無い平民の俺が一国のお姫様の護衛をすること自体おかしかったな。
師匠と別れて落ち込んでいた俺は、それからもフラフラと森を彷徨い続けていた。
小さな獣を狩って飢えをしのぎ、雨の日は魔獣や魔物のいない洞窟内で一日を過ごす毎日だった。
そんなある日、いつも通り湖で身体を洗っていると、倒れている女の子を見つけたのだ。
師匠に習った治療魔法をかけることで彼女は意識を取り戻したのだが、なんと彼女は王族だったらしい。魔物について見学しに来たのだが、従者とはぐれてしまったのだとか。
だから王様からしてみれば、俺は娘の命の恩人なのだろう。
でも、それくらいで八年も護衛として住まわせるかと言えば微妙だ。きっと、アイツが自分の父親に頼んだんだな。
「…………そういえば、エミリアの裸を最近見てない気がするな」
「あ、当たり前だよ! 何見せることが普通のように話しているの!?」
俺が閉ざされた門の前で呟くと、流石に我慢出来なかったのか、近くの茂みから俺の元護衛対象である本人が出てくる。
勿論、俺は最初から隠れていることには気付いていたけど。
「全く、世間知らずだなぁ……。お互いの裸を見せ合った男女は、その先夫婦として暮らしていくんだよ、普通」
間違ったことは言っていない。
一般的な常識で言えば、責任を取るとかしなくてはいけないからな。まあ、守られていない一般論な気がするけど。
俺が至極真面目な顔でそう言うと、
「う、嘘だよっ、だ、だってお父さんはメイドの方達と結婚していないもん!」
「娘に見られていたとは…………強く生きてくれ」
「はっ、まさか身分差が原因……。そ、それなら反論する材料は…………そうだ! シンは一応平民なんだから、私とは付き合えないよね! それにそもそも既に…………」
「? 結婚すれば俺も王族の一員だぞ?」
「!!! た、確かにそうだね…………!」
本当に、こんなのが王女で大丈夫だろうか。いやこの国には、隣国の王女と恋仲の王子がいるから大丈夫だろうけど。
政略結婚って愛のないものだと思っていたけど、それも場合によるんだよな。
実際彼らは、結婚話が出てきたときには、既に何度も転移魔法で密会していたらしい。出会いの場が政治の駆け引きを行う親達の後ろというのも、俺はどうかと思うけど。
良いよなぁ、まだ二十歳なのに両思いの恋人がいて、しかも将来も約束されているし。
「それに、見ただけでなく時々お風呂に入っただろ? 一緒に寝たりもしたし」
「そ、それは、小さい頃の話で、その…………歳が二桁になる頃にはしていないもん…………」
「最近っていえば、エミリア、数週間前に風呂場に入ってきただろ。俺が使っている時間に」
「う…………」
ちなみに、俺と一緒に入ろうとする奴はいない。
昔は王様とも裸の付き合いをしていたんだけどな。
王様は最近忙しいらしくて、風呂も部屋にある小さなものを使っているらしい。それでも、風呂を持てるような裕福な家庭でさえ霞んでしまう大きさだが。
「大体さ。俺が使っていたのは、人間用の風呂じゃなくてペット用の風呂なんだけど。どうしてエミリアは間違えたんだ?」
「うぅ…………」
ますます小さくなるお姫様。
考えてみれば、この光景を正義感溢れる若き騎士とかが見たら激昂しそうだ。
あ、ペット用と言っても、別に虐められているわけじゃない。侍女の人に世話をして貰うのも、感覚が庶民の俺は居心地が悪いから、一人狭いお風呂に入っていたのだ。
というか、若い女の人が裸になって俺の身体を洗うとか、少し嫌だ。いや、勿論そういう願望はあるけど、俺のことが好きでもない人にそんなことはさせられない。
そんなことをすれば、きっと師匠に怒られる。
若くてスタイルも良く美人な女性を俺の御付きにしてくれた王様には悪いが、これは俺の信念でもある。ちなみに、その人は俺が追い出されると同時に解雇されたので、本当に俺専用だったらしい。
誰にも性的奉仕していないまま自由になれたことを喜ぶべきか、職場を奪ってしまったことを悲しむべきか。
本人は、『シン様のお陰で私は誰にも自分の裸体を見せることなく、この仕事を終えることが出来ました』とか、涙を流して言っていたから良かったんだろう、多分。
なんでも、主人である俺が手を出さない限り、他の貴族達は手を出せないらしい。そういう不文律があって、彼女は未だ綺麗なままだ。
「と、話を戻して……」
「あ、ありがとう……」
「別に。俺がここに立ち続けているのも、王様達からしたら面白くないだろうからな。これから住む家もないし、当分は冒険者として馬小屋生活かな。そうだな……天照国とか行きたい」
「う、馬小屋…………」
なんか、口を開いたまま固まっているけど、王女としてそれはどうなんだ?
というか、今頃気付いたのか。なんだ、ずっと後をつけていたから、とっくにそれくらい分かっていると思っていたけど。
「馬小屋って、あの馬小屋?」
「あの馬小屋? ああ、勿論違うぞ?」
「そ、そうだよね。まさかそんな所に……」
「王様の馬小屋が、街では高級宿くらいだな。俺が住むつもりの場所は……分かりやすく言うなら、風通しが良過ぎて寒い地下牢だ」
「ちかっ……!」
「まあ、王城の地下牢は意外と快適だから、街の馬小屋といえば悪いところだとそれ以下かな?」
「…………」
なんかもう、エミリアが涙目になって絶句しているけど……。
王城で育ってきたエミリアには、確かに少し刺激の強い話だったか。俺? 俺は時々王都近くの山に行って数日サバイバルとかしていたからな。むしろ、屋根があるだけで嬉しいくらい。
まあ、臭いは我慢するしかないけど。
「わ、私、頑張る!」
「おう、これからも頑張れよ。俺達平民の暮らしに寄り添い、出来るだけ多くの民に慕われる王女となれ。お前なら出来るさ」
「うん、だから馬小屋生活も経験の内! シンのためにももっと家事が上手く出来るようにもなりたいし!」
「そうかそうか。でも、馬小屋に住む奴らは駆け出し冒険者くらいだから…………おい待て今なんつった?」
「シンのために、妻として家事が出来るようにならなくてはいけない?」
「そっちじゃない。……いやそっちも十分アウトだな!!?」
え、ちょっとまって、なんかおかしい。
根本的な所で、何か大きなすれ違いが起きている気がするんだけど。
「だって、シンと私は婚約してるでしょ? お父さんが言うには、私はもっと世間を知った方が良いんだって。護衛にシンを付けるから、世間の大変さを味わえって」
「……はい?」
「だから、王都の魔術学院にシンと一緒に入学しろって。まだまだ、私がシンにとって力不足だから、そこで戦う力と共に、お嫁さんとしての力も磨けって」
「ごめん、ちょっと考えさせて」
王都の魔術学院? それって、あの?
遥か昔、奇跡の力を魔術という技術に纏めたと言われる、かの有名な賢者マーリンが作ったとされるあれ?
宮廷魔術師や宮廷魔道技師なども輩出する、王都一の、いや世界一と名高いあの魔術学院?
王立だというにも関わらず、他国からの生徒も条件なしで受け入れるあの?
「あの、それじゃ、さっきのお互いの裸を見た者が、とか、身分差が、とかの話はなんだったの?」
「え? だって、婚約と結婚は違うよ? だから、シンが魔術学院で認められれば、私もシンと結婚出来るの!」
パンパカパーン、と擬音が聞こえてくる程の堂々とした態度で、爆弾発言をポンポン飛ばしてくるエミリア。ボムボムエミリアだ。略してボムリアだ。
まじか……日本の一般庶民だった俺は、婚約イコール結婚だったんだが……王族は違うのか。
待てよ? まさか、まさかとは思うが。『お前に娘はやらん』っていうのは、まだ娘が未熟なので嫁に出せないということか?
エミリアの言葉から察するに、『まだまだ力不足。まだまだ世間の大変さを分かっていない』ってのは、全てエミリアのこと?
じゃあ、『よって、ここに居させ続けることは出来ない』は、魔術学院にでも通えと、そういうことなのか?
…………あの、野郎〜〜!
もっと、分かりやすく言えや!
何誤解されるように言ってんだよ!
こんなんじゃ誤解してくれと言っているようなものじゃねえか! いや、あいつならあり得るな! 今頃腹抱えて笑ってるよ!
「あ、あのシン? そ、それで家のことなんだけど。学院内の寮があるから、そこに住む予定らしいんだけど、シンが馬小屋に住むって言うなら、私は勿論付いて行くから。安心して? 私頑張るから!」
「〜〜〜〜!」
何この羞恥プレイ⁉︎
え、じゃあ、俺は誰もが羨む魔術学院に入学しておきながら、寮生活を蹴って馬小屋で寝るって宣言してたことになるじゃん!
うわ、なんだよそいつ。俺は他とは違うんだアピールですか? 気持ち悪い! 俺だけど!
「エミリア、今のは全て忘れてくれ」
「全て?」
「ああ、取り敢えず、今の話はなかったことにしてくれ。それで、寮生活だな。うん、やろう。今すぐ住もう。さあ、いざ学院へ!」
「???? …………わ、分かった!」
そして、俺が恥ずかしい思いをしながら馬車を待つこと数秒。
王族用の、しかし庶民気質な俺のために質素な作りの馬車、その御者席に乗っていたのは。
「早速同棲を申し込むとは! まぁ、こんな美人と一緒なんだ、その気持ちは分かるがネ! あ、言い忘れてたけど、君達婚約してるヨ!」
ダンディなおっさんが、サムズアップしながら良い笑顔で言った。
くそっ、殴りてえ……。
「あれは、八年前、八歳の頃だったかナ? 『将来君に見合う男になるからその時は結婚してくれ』と伝えた君のあの真剣な眼差シ! 今でも思い出すだけで、おじさんグッと来ちゃうネ!」
そんなの小さい頃の話だろうが! いつのことを話してるんだよ、この恋愛ジジイ! 最初に会った時に思った、「なんて優しい王様なんだ!」を返せ!
明らかにネジが二、三本飛んでってるぞ、おい!
(確かに光源氏計画を考えていなかったわけではないけど……!)
美少女ロリと同じ城に住んでいるんだ。仕方ない。
と、俺が頭の中を噴火させ、さらに言い訳している間に、綺麗な女の人が馬車の扉を開け、エミリアが馬車に乗った。
……って、よく見たら、あの人俺の侍女の人じゃねえか! くそっ、俺にドッキリを仕掛けるように頼まれたんだな!
済まなそうに苦笑しているけど、その気持ちは痛い程分かる! このおっさん、本当に楽しいことには全力だからね!
王様なのにね!
「? シン、どうしたの?」
「一つ、一つだけ言いたいことがある」
「おやおや、どうしたのかナァ〜〜? ここで改めてプロポーズ? キャー、恋愛好きのおじさんとしては目の前の青春に耐えきれないヨ!」
「そこのジジイを一発ブン殴らせろ!!!」
「シン様!? その気持ちは分かりますが落ち着いて!」
「あ、分かっちゃうんダ」
飛び掛かろうとした俺だが、元侍女のリーシャに後ろから羽交い締めにされる。
だが、男女間の力の差を舐めてはいけない!
これくらい、別にどうってことは…………!
「あれ? シンが静かになった?」
「おやおや、いけないなぁ、シンくん。まあ、色々溜まってそうだしネ! 仕方なイ、仕方なイ!」
外野がうるさいが、それどころではない。
いや、その……力が抜けるよ、これは。ムニムニしてるよ。
リーシャはその、普通よりも少しだけ大きいんだからさ。色々と、こういう姿勢は不味いわけよ、うん。
だから「お、落ち着いて下さい!」とか言って、さらに密着させないでね?
見えないけど、何か柔らかいものが潰れていそう。
「しかし、我が娘はあれを見ても何とも思わないのかな?」
「……少し胸がモヤモヤする。なんか、抵抗しないシンを見てるとイライラする」
「ふむ……まあ、試験に合格すれば、二人は晴れて同室なんだ? それからいくらでもすれば良いんじゃないか? 父親としての……あどばいす? だ」
「わ、私のでも大丈夫かな?」
「うーん、その質問お父さん困っちゃう。娘が恥じらいを持っていないのか、それとも純粋過ぎるのか。君はどう思う、シンくん!!!」
「俺にフルな!」
「ふむ、行こうか我が愛娘、エミリア」
「いや、待ってください! この人をどうにかして下さい!」
「物事を頼む時はぁぁぁぁ!!!???」
「くっ…………!」
堪えろ、堪えるんだ。
ここで食ってかかれば相手の思うツボだぞ。ここは冷静になって…………。
「お願いっ、エミリア」
「あー、ズルイっ!」
変なおじさんが叫んでいるが、気にしてはいけない。見てはいけませんっ!
(馬鹿が! 俺にはエミリアという強い味方がいるんだよ!)
「わ、分かった。リーシャさん、私が交代しますからもう大丈夫です」
「「…………へ?」」
見事に重なる男二人の間抜けな声。
すると、背中から柔らかい感触が離れていき……
「ん!」
「!?」
可愛い掛け声と共に、後ろからエミリアに抱き着かれた。
「ふふ、シンの背中大きいー」
「お、お前が俺より小さいだけだろっ」
「んー、そういうことじゃないんだよなー。……見ていて安心するというか。ずっと一緒にいたいというか。………ううっ、本当に大好き……」
「??? か、顔を背中に埋めてたら、こっちには聞こえないんだけど……」
「むう…………」
「「…………」」
呆れたような顔をしているそこの二人。
話の流れを読めなかったエミリアに呆れるのはわかるから、それならさっさとこの子を離して欲しい。
分かる? このドキドキ。俺は今も誰かに訴えられないか心配だよ。
平民が王女に抱き着かれた罪とかで。
「難儀だネェ…………」
「これは、前途多難ですかね……」
「???」
え、なんでそんな俺を憐れな目で見るの? ここで注意すべきはエミリアじゃない?
「青春、か…………」
「こんな関係、憧れますよね…………」
「んー、君はまだ二十じゃなかったかな? まだまだ希望はあるって。あ、君も入学しちゃう?」
「じ、冗談ですよね!?」
「どうしようかなぁ……」
「や、やめてください、お願いします!」
何かを話し続ける二人。
リーシャが二十なのは驚いた。若いとは思っていたが、俺と四、五歳しか変わらないのか。
まあ、それはともかくだ。
あのね、君達。
「さっさと、助けろや!」