三十話:意外な弱点
「引っかかったね! もう逃さないよ……!」
オメガの糸を使った探索能力を生かし、俺たちはマントの人物を裏路地で挟み込むことに成功した。
一本道の路地。もう逃げ場はない。
「なっ!」
しかしそんな期待は、あっさりと打ち砕かれた。
マントの人物は最小限の動きでオメガの放った糸を躱すと、壁を蹴って三角飛び。それなりに高い壁だと言うのに、瞬く間に屋根に登ってしまった。
「チッ。上か……」
「考えとくべきだったな。ごめん」
今のは、俺が魔術で上の退路を塞ぐべきだった。俺の落ち度だ。
だが、まだ見失ったわけじゃない。
俺たちも急いで追おうと、俺は〈飛翔〉を使い……そこであることに気が付いた。
「……どうした?」
「…………いや、その……なんだ。…………ボクは飛ぶのがちょっとだけ苦手でね……。〈飛翔〉は使えるんだが、あまり速くない」
「なるほど」
あの魔力制御の力を持っていて〈飛翔〉の魔法が苦手とは意外だが、苦手と言うならどうしようもない。文句を言っても解決するわけじゃないし、今から練習するなんてもってのほかだ。
……じゃあ地面を走って追いつけるのか? 俺は空に登って、マントの人物の動きを確認してみる。
「すごい脚力だ。空を飛ばないと追いつきそうにない。だから背中に乗れ」
「ごめん……」
「良いって、今度は俺の番……だっ!」
オメガが背中にしがみついたのを確認し、俺は〈飛翔〉を最初から全力で使う。
既に距離を開けられているし、身体強化でも使っているのか相手の移動速度がとても速い。悠長にしている暇はなかった。
「ひゃぁっ!」
ギュッと抱き付く力が強まり、さらにロープか何かが身体に巻きついてきた。
しがみつく腕の力だけじゃ振り落とされると判断して、自分の身体を糸で固定したのだろう。
「…………」
あの、触られることを恥ずかしがっていた柔らかい物を押し付けられているんですが……。
これでもかってくらい、ムギュゥ〜って。
これで後でこいつに怒られるのは、なんだか納得が行かない。
注意してあげようとして……
「ぅ……うぅ……」
俺は、オメガの身体が震えていることに気が付いた。
さっきの言葉、胸を押し付けていても気付いていない状況、そしてこの身体の震え……俺はあることに思い至る。
まさか……、空を飛ぶのが苦手って言うのは技術的な問題じゃなくて……。
「お前、高所恐怖症なのか?」
「ぅぅ……そうだよぉ! というかっ、た、高い所がっ……怖いくらい、当然だろ! だって人は、空を飛べなっ……ひゃうぅっ!!」
どうやら相当怖いらしい。
俺は今、肩甲骨の間辺りを堅い仮面でグリグリされている。
高さを感じてしまう周りの景色を見ないように、俺の身体に顔を押し付けているのだ。
「あうっ……うぅっ……」
「別におかしいとは思わないよ。少なくとも二人、高い所に恐怖心を抱く人を知っているからね。あの紫苑だって、高所が苦手なんだし」
まぁ、紫苑のものはここまで酷くないし、意識でコントロールできるらしいけど。
「ヒグッ……ウグッ……怖い、よぉ……グスン」
「…………」
聞いているんだか聞いていないんだか。
でも、こうして弱点を見せてくれるくらいには俺のことを信用してくれているのだと思うと、なんだかオメガが可愛く見えてきた。
♦︎♦︎♦︎
「すまない。ボクのせいだ……」
「いや、謝らなくって良いって……。ほら、敵のアジトみたいなのも見つかった所だし」
結局、マントの人物を捕まえることはできなかった。
途中でオメガが下ろしてくれと本格的に泣き出してしまい、スピードを緩めざるを得なかったからだ。
オメガを背中側ではなく前に抱き締め、頭を撫でて励ましながら、目はターゲットの追跡を続ける飛行。
こんなに忙しい飛行は初めてかも知れない。
結果、俺たちは街を出て、森の中を進み、そしてマントの人物が逃げ込んだ洞窟の前に来ていた。
「お前は頑張ったって」
「うぅ……シンゥ……」
オメガはかなり落ち込んでいるようだ。お前誰?って言いたくなるほど、しおらしくなっている。
さっきは俺もああ言ったが、洞窟がアジトとは限らないしな。入り口があれば出口もあるの法則に従って、他の穴からとっくに逃げ出しているかも知れないのだ。
それが分かっているから、オメガは元気がないのだろう。
励ますように褒めてやると、オメガはギュッと抱き付いてきた。おおぅ、距離感が一気に縮まって対応に困る。これが吊り橋効果?
「ほら、元気出せって。お前らしくないぞ? 過去に悩むより前に進むタイプだろお前は」
「…………」
「それにほら、洞窟。きっと中は入り組んでいるはずだ。当然俺たちには、相手はどこに逃げたかなんて分からないよな?」
「うん……」
「そこでお前の出番ってわけだ。糸を使って中を探索するんだよ!」
「…………っっ!!」
パッとオメガが顔を上げた。
何故か、小さい頃祖父の家で飼っていた犬の太郎の姿を思い出した。
「ボ、ボクも役に立てるのかい!?」
「ああ、役に立てる」
「それは……ボクの力が必要ってことかい!?」
「ああ。というかオメガがいないと俺は何もできない。探知の魔法を使っても、洞窟内部の構造が分かるわけじゃないからな」
探している相手の大体の場所しか分からない探知魔法と違って、オメガの糸なら構造の把握も簡単だろう。
「そうか……。最近計算が狂いっぱなしで嫌になってたけど……、うん! やっぱりボクがいないと君は駄目だな! ふふん、ボクに任せてくれ!」
「…………そうだな」
この言葉にはイラッときたが、少しだけ自信過剰なこの方が、さっきのしおらしい方よりもずっとオメガらしい。
俺は「いや、別にそういうわけではないけど」という言葉を飲み込んで、オメガの言葉を笑顔で認めた。
「やっぱりボクが必要なんだなぁ〜。ま、分かっていたことだけどね〜」
「…………」
小さな声で嬉しそうに独り言を呟きながら、地面に手を置くオメガ。
くそっ……、今すぐ抱き抱えて大空に羽ばたきたい! それでもって、片手だけ繋いで宙ぶらりんにしてやりたい!
泣きながら『ボクには君がいないと駄目なんだぁ!』って言わせてやりたくなる。
「〜〜♪……ん?」
「いや、気付かれないように糸を無効化して、『あれっ!? な、なんで……?』みたいなのも結構良いかも……って、どうした? 問題か!?」
「……な、なんか嬉しそうじゃないかい?」
「それは目の錯覚だ」
おっと顔に出ていたか。
俺は慌てて真面目な表情を作る。
オメガは納得が行っていないようだったが、それ以上追及してこなかった。
「いや、問題って言うか……これ、罠だね」
「罠?」
「ああ、すまない。気が付くのが遅れた。……囲まれているよ」
「っ!?」
オメガがそう言って立ち上がった途端、茂みの中から悪魔が現れる。ズラリと隙間なく並び、俺たちを囲んでいる。
全く気配に気付かなかった……。只者じゃないな、こいつら。
俺とオメガは、お互い何も言わずに背中合わせになるように立ち位置を変えた。
ジリジリと小さくなっていく円形の包囲網。
俺もオメガも、言葉を口には出すことはない。
だが、それでも触れ合う背中で相手の考えていることが分かるような気がした。まるで、小さい頃から一緒だった双子のように。
──半々で行こう。
俺たちは同時に地面を蹴った。
次話は木曜日です




