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二十五話:夜の森

 

「(…………)」

「(…………)」

「(…………)」


 何も言えない。

 天然すぎるぞこの子。


「(…………眠らせたい時には、酒は遅効性睡眠薬にもなるのじゃ……多分、一応)」


 キラがフォローを入れるが、なんの助けにもならない。

 この国では十五歳から飲酒が許されるので、飲酒自体エミリアも年齢的には大丈夫だ。

 だが、こうしてエミリアが起きているということは、まだ高揚で眠気が来ていないのか、そもそもアルコールに強いのか。

 どちらにせよ、飲酒させたことがいい方向に転んでいるとは思えない。


「(なあ、誰かエミリアが酔いやすいかどうか知ってる奴いる?)」

「(知らんな。そういうことは、お主が詳しいのではないのか?)」

「(拙者も知らないでござる。そも、エミリア殿が飲酒をしたことなど、拙者の知る限りでは一度もありませぬ故)」

「(だよな、俺も見たことない)」


 三人で、もう一度エミリアの方を見る。


「ジィーーーー」

「「「(変わらない……)」」」


 そこには、やはりこちらを見続けるエミリアがいた。

 何を言っても、影からジッと様子を伺う猫のように停止していて、瞬き以外に動きは見られない。

 エミリアが使うことの出来る、例の時空魔法みたいな何か。あれを使うと動きを停止させることが出来るのだが、それに似ているな。


「(まさか、自分に使っているのか……?)」


 酔っていて自分に魔法をかけるなど、これまで聞いたこともないが、俺が聞いたことのないだけで実際にはあり得そうな話だ。

 エミリアが、無意識にのうちに自分の時間を停止させているのかも知れない。


「(一応擬音を自分で言っているあたり、心臓が停止したりはないらしいけど……)」

「ジィーーーー」

「……エミリア」

「ジィーーーー?」


 一つ確認する方法を思いついたので、エミリアの名前を呼びながら立ち上がると、エミリアは首を傾げた。

 …………図らずとも、これで自分を停止させている線は消えたな。

 まあ、俺が確認したいのはエミリアが酔っているかどうかだ。

 面白そうな顔をしているキラと、不安そうな顔をしている紫苑の視線を背中に受けながら、俺はエミリアの前にしゃがむ。

 すると、四足歩行でテントの入り口から上半身だけ出していたエミリアが、テントの中に戻って行った。

 えっと……これは?


「入れと言いたいのかと思いまする。シン殿、拙者は気にしない故、どうぞ入って頂いて構いませぬ」

「え、あ……し、失礼します……」


 エミリアと紫苑が同じテントで寝ることになっているため、エミリアと紫苑から許しを得た今、入らないとむしろ怪しまれる。

 というか、変に意識をしていると思われる。

 ピュアエミリアと、ピュア紫苑。

 二人とも邪念がないので、入るのにもかなりの罪悪感があったが、それでも俺は意を決してテントに入った。


「どうした、のぉ……? シン……?」


 テントの中には、寝袋と手荷物くらいしかない。

 二人とも清潔っぽいので、テントの中に洋服が散乱していることもない。

 なので、偶々手に取ったのが下着で「キャー!変態出てって!」的な出来事もない。

 だが、テントの中という狭い閉鎖空間で、エミリアと二人っきり。少しドキドキする。


「えっと……自分の名前は分かるか?」


 まずは酔っているかの確認だ。


「…………シン・ゼロワン?」

「ああ、そういうことじゃない。エミ……君の名前だよ」

「エミリア・ハンゲル……。それかエミリア・ゼロワン。今は十五歳、今年で十六歳だよ……?」

「よし、大体分かった」


 酔っ払いに聞くのは、名前年齢、あと住所だったか?

 名前と年齢は言えているし、呂律も少し怪しい所はあったものの僅かだし、その呂律も眠気で説明がつく。

 よって……


「エミリアは酔ってます!」


 判断を下し、キラと紫苑に伝える。

 そもそも『よって……』以前の問題として、明らかにおかしい供述があった。

 無論、『エミリア・ゼロワン』の所だ。

 婚約は昨日……正確に言えば一昨日破棄しているし、結婚する場合もエミリアが俺の性となることはない。俺が『シン・ハンゲル』となるのが正しい。

 いや、どちらでも正しくないけど。


「私が酔って……? 嘘だぁ……全然酔ってないよ……? ほら、ちゃんと喋れてるでしょぉ?」

「うん、呂律は確かにしっかりしているような気もする。でも、やっぱ微妙に変なんだよ」

「変って酷いよぉ……もう、シンのバカぁ……」


 話していても、どこかいつものエミリアと違う。

 言葉尻はどこか間延びしているし、反応もいまいち薄い。

 エミリアにポカポカと殴られながら、俺はどうしようかと考える。


「えっと……俺たちの話は聞いてた?」

「? ううん、全然聞こえなかったぁ」


 俺を叩く手を止めて、エミリアは思い出そうと努力している。

 だが、やはり聞こえてはいないらしく、エミリアはもう一度首を横に振った。


「なら良い。夜も遅いし、もう寝とけ」

「うん、分かったぁ」

「…………」

「…………?」

「あの、寝てくれませんかね?」

「んん? ん、了解〜」


 良かった。これで俺は調査に…………


「えっと……なんで寝ないの?」

「?」


 違う! 可愛らしく首を傾げるな!

 そうじゃなくて早く寝ろとエミリアかわいいありがとう。


「どうしたの〜? 急に拝んで……?」

「……はっ! あ、危ねえ……。危うく騙されるところだった……」

「ん、んん〜?」


 よく分かっていない様子のエミリアは既に限界まで首を傾けていて、そろそろ心配になってくる。


「肌が荒れる前に、早く寝袋に入って寝なよ? なんなら寝るまで側にいてやるからさ」


 まあ、勿論冗談だけど。

 これでエミリアが、「シン、それは必要ない」と言い放って、俺が場の流れで退散、そういったシナリオだ。


「ん、ん……? じゃあ、お願い……」

「……え?」


 だが、エミリアがいつものエミリアでないことを、俺はすっかり忘れていた。

 予想外の返しにポカンとする俺を尻目に、エミリアは「うんしょ、うんしょ」と言いながら寝袋を準備している。


「……え?」


 目の前の光景が信じられないが、寝袋に入ったエミリアはその気なようで、俺の方を見て「えへへ」と照れたような笑顔を見せる。


「手ェ、繋いでていい……?」


 俺がエミリアの横で座りながら固まっていると、少し不安そうに、頰を赤らめたエミリアが聞いてきた。

 お酒が少しだけ入っているからか、いつもより無防備で色っぽい。


「…………」

「…………」

「……ダメ?」

「……っ」


 卑怯だ……。


「……寝るまでだぞ?」

「……! うんっ!」


 夜の森は危険だ。

 今、実感した。


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次話……『二十六話:想像を超える事態』

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