二十六話:お邪魔虫
「話っていうのは、雪風の身体のことなんだ」
「雪風の、身体……」
風呂から上がって早速、俺は雪風に話を切り出した。
長話になるかも知れないから、氷を入れたグラスに水を注ぎながら。
心理戦なんて必要ない。確信した以上、一刻も早く雪風に情報を共有する必要がある。
俺はさっき行った魔力補給について雪風に説明し、俺たちの考えについて話した。
すなわち、雪風に注いだ魔力を奪っている輩がいることを。
「…………」
雪風は話の腰を折ることなく、黙って聞いていた。しかしその目は、俺ではなく俺のグラスに向けられている。
「シンは……その正体がなんだと思うのです?」
「俺か……俺はそうだな、雪風の中にいる別の存在って言ったら、ティーが真っ先に思い浮かぶ」
「ティー……」
アニルレイに行った時、アルディアの力で俺と雪風の契約状態が解除されたことがあった。
その時暴走した雪風が名乗っていたのは、ティーという名前。ティーは口調も動き方も雪風とは違い、姿が同じ別の存在のように見えた。
「ただ、雪風がその状態になったタイミングがよく分からないんだ。暴走した直後じゃなくて、それから少し間隔を開けてから小さくなったからな」
「……それについては、なんとなくだけど雪風は分かるのです。きっと、制御しているのです」
「制御?」
俺が聞くと、雪風は「はいです」と答え、
「シンも知っての通り、雪風の中にはもう一人の雪風がいるのです。それは人を傷つけ、一瞬にして殺す。……シンだって、見たはずです。あの白い世界で」
「ああ……あれか…………」
俺が体験した、初めての死。
冷たい金属が肉を割いて突き進み、熱い血が泉のように吹き出す。一瞬リアルな映画を見ているのかと錯覚し、次の瞬間激痛によって現実を知るのだ。
身体の中の神経が滅茶苦茶になって、熱いのか冷たいのか、痛いのか気持ち良いのか分からなくなる。
死ぬ瞬間が最も気持ち良いと聞いたことがあるが、そんなことはなかった。快感を感じる余裕も、時間も、死ぬ瞬間にはないのだ。
ただ意味も分からず身体が動かなくなり、死ぬ。
「あの時雪風は、シンの言葉に揺れていたのです。そしてそんな隙をついて、そいつは出てきた。雪風の中の、凶暴な部分が」
「そいつを制御するため、魔力を使ってるってことか?」
「アニルレイであの時雪風は、限界を超えて魔力を使ったのです。ただでさえ暴走直後だと言うのに、制御するための魔力がなかった。雪風の身体を構成する魔力を使って、無理矢理制御したのです」
「…………」
でもそれだと、今雪風の体が元に戻らない理由が分からない。
まさか、凶暴性が自我を持ち、魔力を蓄えている……? そんな馬鹿げた考えが頭をよぎる。
「シン。もし雪風が我を失ったら、その時は躊躇しないで欲しいのです。迷わずに、決断して欲しいのです。みんなに……シンにだけは、迷惑をかけたくない……」
「分かった」
「シンっ……!!」
嬉しいような、悲しいような、複雑な表情をする雪風。
「その時は、迷わず助けることにするよ」
「っ……!!」
雪風の目に、涙が浮かんだ。
俺は椅子を動かし、雪風のすぐ隣に座り直した。すると雪風は俺に抱き付き、肩に顔を埋めて泣いた。
「それじゃ、駄目なのです……。駄目ですよ……」
「死ぬ時は一緒だ。雪風」
「シンぅ……ひぐっ、うぐっ……」
泣き出してしまった雪風。これは予想外の反応だ。
言わなかっただけで、一人で悩んでいたのだろうか。……ありそうだ。契約する前だって、雪風は一人で考え続けていたのだから。
「シン…………」
ぼうっとした表情の雪風が、俺を見上げそしてゆっくり目を閉じた。何かを催促しているようにも見える。
……えっ? まじで? まぁ……何を催促しているのかは分かるし、雪風の気持ちを知っている以上受け入れても良いのだが……、やっぱり恥ずかしいしな……。
い、いや。ここはむしろ、受け入れる、つまり懐が広いことを示して、雪風が暴走しようが迷惑だなんて思わないとちゃんと身体で伝えておくべきだよな……!
「…………」
「…………」
と、その直前、
「やぁ、少し良いかな?」
邪魔をするのには丁度良いタイミングで、コンコンという扉をノックする音と共に、今となっては聴き慣れた声が聞こえてきた。
「おやおや〜? もしかしてイチャイチャしていた所だったかい? それならすまないね。ボクは退散することにするけど?」
「違う。違うから」
扉の向こうから聞こえるのは、楽しそうな声。
部屋の中の状況が分かってんのかよ……ってツッコミたくなるくらいだ。
訪問者の言ったことは正解だったが、恥ずかしいので俺は否定し、部屋の扉を開ける。
「やぁ、こんばんわ。天才美少女が会いにきてあげたよ?」
そこにいたのは、狐面のオメガだった。
はぁ……やっぱりか……。
次話は木曜日に投稿です




