十八話:神聖な山
遅れましたすみません……
「ああ、良かった。元に戻ってる」
朝起きた俺は、まず股間を確認した。
というのも、眠りに落ちるまで身体が女性のままだったからだ。自分の能力なのに、ベルフェに解除することはできないらしいのだ。
朝の生理現象を確認して、俺はひとまず最悪の事態が起きなかったことに安堵する。
しかし、
「あー、身体が凝り固まってやがる……」
自分の身体に触らないように眠った結果、どうやら良くないポーズで寝てしまったらしい。
首は寝違えているし、腰も痛い。それに肩も凝っている。まぁ、あの重さの胸を支えてたんだ。そりゃ凝るわな。
「メアとか紫苑は、あれに憧れているのか……」
分からん。少し動いて分かったが、思ったよりあれは邪魔だ。激しく動くと引っ張られて痛いし、足元が見えにくいし、空気抵抗も多そうだ。
あれを持ってあんなに素早く動いているグラムは、本当に凄いと思う。尊敬する。今からグラムの部屋に行って、この尊敬の心を伝えたいくらいだ。
「でもまずは、風呂に入るか……」
♦︎♦︎♦︎
「…………ん?」
朝の食事をみんなで摂った後は、各自自由行動の時間だ。
手紙を探しながら、精霊に関する資料を集めていた俺は、物語が置かれた区画で面白い組み合わせを見つけた。
「これはどうですかね……? 結構、お勧めですよ……」
「じ、じゃあ読んでみようかな……。あ、そうだ。最近出版されたものだけど、これとか読んだことあるか?」
「知らない本……。知らない作者……」
「これが処女作なんだってさ。読んだことないならさ、面白いから読んでみろよ!」
メアとベルフェだ。
本を持って、何かを楽しげに話している。
意外だ。メアは人見知りだし、ベルフェは面倒臭がり。何か通じるものでもあったのか?
と、メアが俺に気が付いた。あからさまに嫌そうな表情をする。
おい、なんだその顔。かなり傷付くんだが。
メアの視線でベルフェも俺に気が付いたらしい。少し考えた後、こちらに歩いてきた。メアは慌てているが、結局しぶしぶといった表情でこちらに歩いてきている。
「珍しい組み合わせですね。どうしたんですか?」
「お互い恋愛小説が好きで、話してみたら気が合ったんですよ」
「…………」
メアはこちらを見ようとしない。まぁ、好きな小説のジャンルが知られるって、結構恥ずかしいもんな。
その点ベルフェはあまり気にしていないみたいだが。
「意外ですね、ベルフェって恋愛小説が好きだったんですか」
「まぁ、ヒロインが好きな人と成就するのは、見ていて気持ち良いですし。……それに、私には多分無理だしなぁ……」
無理? いや、そんなことはないと思うが……。俺の知らない事情でもあるのだろうか。
「ま、そんなモブのことは置いといて……身体の調子はどうですか?」
「特になんともないです」
「そうですか……。本当に、何もないんですね?」
「ち、近いです……」
何この距離感。俺が若干のけ反らなくちゃ、ぶつかってしまうくらい近いんですが。
ただでさえ痛いのに、この姿勢は腰が……!
俺は慌てて後ろに下がろうとするが……
「なんだ!?」
床に落ちていた何かを踏んでしまい、ツルリと滑ったそいつのせいでバランスを崩してしまった。
倒れないよう咄嗟に前に手を伸ばし……
「きゃあっ!」
固い小さな物を摘んだ気がして、次にいつもの眠たげな声ではない可愛い声が聞こえた。
突然のことで何が起きたのか分からない。来るであろう衝撃に備えて目を閉じる。
「痛っ!!」
目を閉じたくらいで痛くなくなるわけないよな!
硬い床に打った頭がジンジンと痛む。だが目を開けた瞬間、その痛みは吹っ飛ぶことになった。
ベルフェが俺に覆い被さるように倒れていたのだ。俺の顔の両側の床に手をついて、ご開帳しながら。
「だ、大丈夫で…………」
目を開けて、すぐさま俺の心配をしてくれるベルフェだったが、自分の格好に気が付き、顔を真っ赤にして絶句する。
それも当然。何故なら、俺の摘んだ物はベルフェの着ていたジャージのファスナーだったからだ。
倒れた時に、俺はそのファスナーを下げてしまったのだ。
重力に従い、観音開きのように開くジャージの前。
そして不幸なことに、ベルフェはジャージの下に何も着ていなかった。
その結果、汚れひとつない、職人の作り物と言われても疑わない美しい肌が晒されていた。
ジャージという束縛から解放された美しい二つの霊峰、その頂点に鎮座する桜巫女。
立ち入ることはおろか、見ることも許されない神聖な領域が、ただ今観光可能状態になっていた。これは許されない。
「キャァァァア!!」
一瞬で林檎くらい顔を赤くしたベルフェが、悲鳴を上げて消えていく。
きっと、能力を使ったのだろう。だが、
「へぶっ!」
突如、顔に柔らかい何かが押し付けられた。というか落ちてきた。
「す、すみません! 手が滑って……!」
それなら仕方がない、とは流石にならない。
何しろ、俺は今感じたことのない恐怖を感じているからだ。
ベルフェが透明化することで、俺は見てしまったのだ。
「メ、メア……待ってくれ。落ち着け。こちらに向ける銃口を下ろすんだ」
こちらに銃口を向けるメアの顔からは、感情と呼べるものが失われていた。
「んひゃぁ! しゃ、喋らないでください!」
胸の中で喋られたのが擽ったかったのか、ベルフェの透明化が解除された。
それによってメアの表情筋が死んだ顔を見ることは無くなったが、代わりにベルフェの美しい肌を間近に見ることになる。
「や、やっと立てました……。はぅぅ……し、死ぬかと思いました……!!」
苦労して立ち上がることに成功したベルフェが、胸を撫で下ろす。
だが、ジャージのファスナーを直そうとはしていない。……まさか、透明化を解除されたことに気が付いていないのか?
「あの、見えてますよ?」
「へ……? っ!! わ、忘れてくださーーい!!」
指摘された途端胸を隠し、透明化しながら走り去るベルフェ。
わ、悪いことしたな……。後でちゃんと謝っておこう……。
「…………」
「…………」
でも、今はそれどころじゃないかも知れない。
怖い……怖すぎる! 何も喋らず、目を見開いて俺をジッと見ているメアが怖い!
「…………」
「へ? メア?」
何も言わずに俺の手首を掴み、メアが俺をグイグイ引っ張って歩く。
俺知ってる。連行って言うんでしょ? 警察に突き出す時にやるやつでしょ?
「…………」
「…………こ、ここで処刑ですか……?」
着いたのは、庭だった。
なだらかな斜面の上、一本だけ生えている大きな木の下だ。
何か、例えば赤い液体とか飛び散っても栄養分にしてくれそうだ。つまり、そういうことだ。
「…………寝ろ」
マジックバックからシートを取り出し敷くと、そこに寝ることを命令するメアさん。
俺はただ言われるがままに従うだけ。素早く仰向けに寝転ぶ。
するとメアが、俺の腹の上に馬乗りになった。な、なんて野蛮な処刑方法なの……このまま殴るつもりなのね? でも、私受け入れるわ……。
そう思って、スッと俺は目を閉じた。
「…………おまえ、身体痛むのか?」
なのに聞こえてきたのは、メアの心配そうな声だった。
予想外の展開すぎて、一瞬混乱したくらいだ。気絶して都合の良い夢を見ているとかも、冗談抜きで考えた。
「一応、リーシャに習ってマッサージとかはできるんだ。だから、任せてくれよ」
…………あれ? 思ってたのと違うな。
次話は日曜日




