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十七話:お人好し

少し早めの投稿

 

 深夜、ベルフェは自室で一人静かにノートにペンを走らせていた。

 突然、ノックもなく扉が開く。


「ふぁーあ……」

「……眠そうですね……。もっとシャキッとしたらどうです? ほら、昼間みたいに」

「これがいつもの君だよ」

「…………なるほど、覚えておきます」


 言うと、ベルフェはペンをしまいノートを閉じた。

 そして、そこで初めて来訪者に目を向ける。


「終わったよ。全員異常なし。脅しが効かないのは不気味だけど、スパイの可能性はほぼないと言っていいだろうね」

「…………ありがとうございます」

「どういたしまして」


 フラフラとベッドに近付いたオメガは、糸が切れたかのように勢い良く倒れ込んだ。

 フカフカのベッドに上半身を埋めて、「うーうー」と唸ってる。


 既に入浴を済ませたオメガは、昼間の男装とは印象の全く違う、柔らかな寝衣に身を包んでいる。


「彼には感謝しないといけませんね……。見つけてくれたことも、変身してくれたことも」

「…………」


 ピタリと、オメガの唸り声が止んだ。

 そして首をグルリと回し、部屋の壁を見つめたままのベルフェをジッと見る。


「なんですか……それ、怖いんですけど」

「いや、ただのセクハラが随分と出世したものだと思ってさ」

「……認めないってことですか……」

「……。認めないわけには、行かないだろ……。まぐれだからって考慮しないのは、ちょっと傲慢が過ぎるよ」


 不貞腐れたように、またはベルフェの視線から逃れるように、オメガは再びベッドに顔を埋めた。


 これは一見すると、奇妙な光景だった。

 普段、オメガは毅然とした態度を取っていて、立ち姿には自信が溢れている。対してベルフェは、普段人と目を合わせて話すようなことはない。


 今のオメガは弱々しく、ベルフェの眼は開かれている。

 立場が逆転している、と言っても良いだろう。もう時間が遅く、オメガが疲れているというのもあるだろうが、それはあくまで小さな原因。


「……実際、どうでした?」

「…………すごかった」

「素直ですね」

「君に隠しても意味ないからね」


 言いながら、オメガは起き上がった。仮面は顔についたままだ。


「どうする? 彼女たち」

「……取り敢えず、本の整理を任せます。人の使い方なんて知らないし……」


 オメガの急な話題転換だったが、ベルフェはそれについて何も言わなかった。

 

「ま、それが良いか」

「……それだけ? 夜に話をするなんて今までなかったんですけど……」

「いや、聞きたいことがあってさ。人形趣味はお眼鏡に適ったかい?」

「…………」


 それを聞いた途端、ベルフェがあからさまに面倒臭そうな表情をした。


「適うと思いますか……? あんなの一方的じゃん……」

「まぁ、そうだよね。ならさ……」


 少し言うのを躊躇って、


「彼は、どうだった……?」


 少しだけ震えた声で聞いた。


 ベッドに腰掛けているオメガ。膝の上に置いた手をギュッと握り、目は不安げに揺れている。


「…………なるほど」


 それが本題か。それが心配で聞きに来たのか。ベルフェは理解した。


「な、何が「なるほど」なんだい? 分かったような口を聞いて、間違っていたらどうするつもりだい? この世多くの醜い争いは勝手な違いから生まれて──」

「そういうとこですよ」

「…………」


 ベルフェの冷静な一言に、講釈垂れていたオメガはぐうの音も出なくなった。 

 いつもなら、ここで反論を繰り広げるのに。


「弱点とは聞いてたけど、まさかここまでとはなぁ……」

「う、うるさい! これこのことに関して、人に何か言われる筋合いは……ん、聞いてた? 聞いてたって誰に?」

「さぁ、誰ですかねぇ……」

「……あの馬鹿二人か。というか、それしかない……。まったく……勝手なことを広めて……」

 

 ブツブツ呟くオメガ。

 しかし、オメガはベルフェの言ったものが弱点であることを否定していない。

 ベルフェが楽しそうに口元を緩めた。


「む。なんだいその笑みは。不愉快なんだけど」

「思い当たる節があるからじゃないですかねぇ……。それとも、彼を見てどう思ったか聞くのが怖いんですか?」

「こ、怖いわけないだろう!? そもそも、何故ボクがそれを怖がると思うんだ!」

「じゃあ言いますよ。……正直な所、少し惹かれる所がありました」

「えっ…………?」


 予想していない答えだったのだろう。オメガが目を丸くした。

 仮面の下で、動く口からは言葉が出てきていなかった。喋ろうとしても、声が出ていないのだ。


 やっと喋ることができるようになったのは、秒針が時計を何周かした後だった。


「そ、それは……()()()()ってことかい?」

「どっちでしょうかねぇ……って言うと泣いちゃいますか……。そうですよ。見つかる気がしたんです」


 割れた仮面から覗く目に薄っすら涙が溜まったのを見て、ベルフェが慌てて答えた。


「な、泣いてなんかないさ……」


 左目を手の甲で擦りながら、オメガが言った。

 そんなオメガを、何も言わずに眺めるベルフェ。


「み、見つかりそうなら良いさ。もう眠いから、ボクは自室に戻らせてもらうよ。眠いからだよ!」

「はいはい〜分かってます〜」


 足早に、逃げるようにして部屋から出ていくオメガに、ベルフェはやる気のない見送りをして、少し考えた後ノートを開き何かを書き記した。


「もっと良い方法は色々あるのにさぁ、なんでわざわざそうするかなぁ……? 今のもそうだし、本当、糸を使ってるわりに不器用すぎるんだよなぁ……」


もしかしたら明日も投稿するかも

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