二十四話:秘密の会話
「…………話があるんだ」
「はい、知っておりまする」
「…………」
…………。
「あの、拙者は何か……」
「いや、気にせんで良い。さっさと始めよ、シン」
オロオロする紫苑に、俺に厳しいキラ先生。
君たちに雰囲気を楽しむ心はないのか。これがワビサビだよ、ワサビだよ。多分間違ってるだろうけど。
でも、ふざけている時間がないのも事実だな。
「ごめんごめん、それじゃ、話をしようか」
時刻は深夜。
騎士学園と違って身体を特別鍛えているわけではない魔術学院の生徒にとって、一日かけての森探索は体力的に辛かったらしく、まだ日付が変わった頃だが既に寝静まっている。
そんな中、テントや寝袋が散開する湖横で、中心の焚き火を囲む三人の人間がいた。
俺と紫苑、そしてキラ・クウェーベルだ。
「正神教徒に、明らかにおかしい魔狼の群れ。流石にエミリアが心配だ。それに、団長からの手紙もある。ここで国家に恩を売っておくのも悪くないだろ」
「タイミングがよいのか悪いのか……いや、お主であれば最高の舞台となるのじゃな」
俺たちの共通点と言えば一つ。第二十五番隊所属ということだ。
緊急時にしか動かない部隊のメンバー三人が、今一つの炎を囲んで話をしている。
「何も起こらないのが、一番楽でいいんだけど」
「現実を見るのじゃ。事実、王女の誘拐は未だなお計画されておる。その証拠があの手紙じゃ」
「はぁ……、さっさと諦めればいいものを……」
怪しい正神教徒。
奇妙な魔狼の大群。
再熱し始めた、一部過激派貴族による王女誘拐。
三度の事件が同時に起こって、しかもそれぞれが俺一人で解決できるような難問ではないのだ。
溜息をついてみたくもなる。
「現実問題、どれから手をつけるべきだ?」
「…………これは拙者の勝手な予測でござるが、正神教徒と魔狼の大群には何かしらの関係があるかと」
「うむ、これといった予兆もなしに進化が起こるなど、確かに彼奴等しそうなことじゃ」
そう、この事件は、それぞれ独立していないのだ。
ああ、いや、その前にそれぞれの事件について考えを共有しておくべきか。
時間の無駄な気もするが、いざという時に認識に齟齬があるなど絶望的だ。その旨を伝えると、二人も賛同してくれた。
「まず、正神教徒。これは一先ず保留していいだろ。そして、魔狼も保留だ。森に入るのを規制すればいいだけだからな」
「うむ、となれば王女の誘拐じゃな」
エミリアが昼間に言っていた、俺たちが五歳の頃の話によれば、エミリアはその時俺と一緒に攫われている。
「それで、どうだ? 調べてみたか?」
「いやっ、さ、流石に無理でござるよ! あれからずっと拙者とおられましたよね!?」
「シン、今は冗談を言う場合ではない。……が、そうじゃな。その件であったら、妾が知っている。侍女が金目当てに、貴族どもに協力して起きた事件じゃ」
「なんでその時に捕まえなかったんだ?」
「……証拠が存在しなかったのじゃ。戦闘の跡があったものの、魔術によって実行犯の痕跡はなくなっておった。冒険者が弔ったのか、魔物が巣に持ち帰ったのか……理由は分からんがな」
…………となると、やっぱり俺とエミリアは小さい頃に会っているな。
何故分かったか?
それはな……実はここだけの話、その証拠を消したのは多分俺と師匠だからだ。
手を合わせながら、「正しい葬い方を知らず、すみません……」と、師匠が言っていたのでよく覚えている。
俺たちが証拠を消したせいで、今こうして悩むことになっている。まあ、証拠を消したからこそ俺はエミリアに出会えた訳だけど……うん、証拠を消したことは黙っていよう。
「どうされたシン殿?」
「え? い、いやなんでもないよ!? うん!」
「それならば良いのですが……」
「…………妾分かった。シン、お前がや──」
「あー! あー! さあ、お互いの認識を共有しようじゃないか!」
「シ、シン殿……? ……! は、はい! お互いにこの窮地から逃れるでござるよ!」
突然大声を上げて立ち上がった俺にポカンとしていた紫苑だったが、ハッと気が付いて立ち上がり、「頑張りましょう!」とガッツポーズをした。
疑うことを知らない無邪気な瞳。諜報に携わる忍びの割に、エミリアに匹敵する天然キャラなのかもしれない。
「ああ、罪悪感で目が……」
「自業自得じゃな」
「…………?」
俺とキラの掛け合いに、いまいちよく分かっていない紫苑は首を傾げている。
はぁ……癒される……と、本当にそんな場合じゃないんだよ!
「取り敢えず、貴族によるエミリア誘拐についてだ」
計画者は、一部過激派貴族。
犯罪を犯して爵位を下げられた貴族や、王家をよく思っていない貴族。
エミリアを誘拐し他国に奴隷として売り払うことにより、王家の管理を糾弾するのではないかと考えられている。そうでなくとも、王様が溺愛する実の娘だ。利用価値は高い。
実行犯は、裏稼業の人間。失敗を悟った瞬間に自爆する、汚れ仕事のプロだ。
無論、今まで尻尾を見せたことはない。
「八年くらい音沙汰なし。まさか、まだ計画していたとはな……」
俺も一緒に誘拐されていた五歳の時、俺がエミリアを見つけた八歳の時、計二回の誘拐を失敗して諦めていたと思っていたのだが……。
団長からの手紙によると、どうやら過激派貴族共は、まず最初に俺を排除しようとしているらしいのだ。まあ、二回とも俺のせいで失敗しているしな。
だからこそ、エミリアに被害が行かないよう、俺はエミリアとの婚約を破棄しようとしていた訳で……まあ、破棄はエミリアから切り出されたんだけど。
「シン殿、拙者の膝でしたら貸すでござるよ……?」
「いや、大丈夫だ……。流石にそれは色々とまずい」
自分がどんな表情をしていたのかは知らないが、紫苑が自分の膝で泣けと言ってくれた。
無論、それで甘えれば完全なる浮気なため、丁重にお断りを……いや、そもそも泣きそうではないんだけどもね!?
「命拾いしおったなシン……」
「?」
「いや、そこを見てみよ」
俺だけに見えるように、キラが一方を指差す。その方向を恐る恐る見てみると……
「ジィーーーー」
「…………」
「ジィーーーー」
「今晩わお嬢さん。では、僕はこれで」
「逃げるのは許さんぞシン!」
「くそっ、こういう時だけ素早い動きをしやがって!」
「おい待て、それはどういう意味じゃ……?」
「現実逃避はやめるでござるよ……」
紫苑の言ったように、現実逃避ぎみに俺とキラがじゃれていると、紫苑が間に入って無理矢理キラを俺から引き剥がした。
すると焚き火の周りに置いた丸太の上に、俺紫苑キラの順に座ることになってかなり狭い。
他にも丸太はあるのに、何が悲しくてわざわざ一本の丸太の上で窮屈な思いをせにゃいかんのか。
「「「…………」」」
「ジィーーーー」
しかも、真後ろからは変わらず視線を感じるし。
紫苑と触れ合っている部位から感じる柔らかさが気になるし。
「ジィーーーー」
ここまで言えば、一体誰が俺たちを見ているのか分かるだろう。
「え、えっと……星が綺麗だね、エミリア」
「ジィーーーー」
「いや、これは違うんだ。その、やっぱり二十五番隊として共有しておきたい話があって、それでこう……」
「ジィーーーー」
「…………なんか喋ろう!?」
俺が何を言っても、エミリアは「ジィーーーー」と俺を見ている。
自分の口で言っているあたり、少し可愛らしいのだが、流石に居心地が悪い。
「(おい、睡眠薬は飲ませたのか……!?)」
「(は、はい。拙者は確かに睡眠薬を……あ)」
「(どうしたのじゃ?)」
「(いや、そういえば……睡眠薬を持ってなく、代わりに酒を飲ませていたでござる……)」
……はい?
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次回『二十五話:夜の森』




