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十四話:塞翁が馬

 

 ゴーレムから逃げた俺たちは、その後図書館の裏側にある森を調べていた。


 この図書館は魔界の中でも高い山の頂上付近にあるらしく、図書館の裏手は急勾配の斜面になっていた。だから俺たちは地面を歩くのではなく、木の上、つまり枝を飛び移るようにして歩いている。


 師匠と森で暮らし、今も森の中に屋敷を建てている俺としては、この移動方法は慣れたものだ。

 オメガやベルフェもまた、この移動方法に慣れている様子だ。


「静かに」

「へっ?」


 俺の前を飛んでいたオメガが枝の上で突然立ち止まり、手を横に突き出して俺たちに向けて静止の合図を出した。

 しかし俺は考え事をしていたせいか、オメガの合図に気が付くのが一拍遅れてしまう。


 慣れているとはいえ、グラムやマリンちゃんのように猫ではない俺は流石に、飛び移る最中に方向転換することはできない。

 

「えっ、シン!?」

「あっ……」


 オメガに後ろから覆い被さるようにして、俺は木から落ちる。当然、オメガも巻き添えに。

 地面は急勾配の斜面。ゴロゴロゴロゴロ、坂道を転げ落ちる。


「グェッ」

「っ」


 止まるには止まったが、止まる時、腰に強い衝撃を感じた。嫌な予感がする。

 背中が熱い。ジワリジワリと、熱いものが背中全体に広がっていく。


「な、何をするんだ君は……って、シン! おい! 起きろ!」

「…………」

「え? 本当に? ……え? え?」

「ごめん、死んでた……」

「っ……ご、ごめんで済むか! その能力が使えなかったら、君はもう死んでいたんだぞ!? くぅ……まぁなんともなくて良かったけどさ!」


 キッ! と俺を睨むオメガ。転がり落ちる時に左目の部分の仮面が割れて、片目が露出していた。その目には、大粒の滴が溜まっているようにも見える。

 綺麗な目だな、と、俺は思った。


 俺の視線で自分の仮面が割れていることに気が付いたのか、慌てて目の涙を手の甲で拭い顔を隠した。


「見た……に決まってるか」

「ああ。……なぁ、オメガは天照国の出身なのか?」

「……さぁね」


 オメガの目は黒だった。そして髪もまた、俺や紫苑と同じ黒。

 黒髪黒目、となれば予想される出身地はこの世界では大体一つだけ。紫苑と同じ天照国だろう。

 

 そう考えて聞いたのだが、オメガは答えてくれなかった。


「しっ! 静かに」


 と、オメガが突然、手で俺の口を塞いだ。

 その直後、背中の向いた方向から話し声が聞こえてきた。


「へへへっ、聞いたか? あの話」

「ああ、聞いた聞いた。図書館の客人だろ? なんでも、全員揃いも揃って美少女らしいじゃねえか」

「まったく、タイミングの良い話だよな。サキュバスの王女ってだけでも垂涎ものなのに、一級品の戦利品が増えんだぜ?」

「カァッ〜! ああもう! 今から明後日の夜が楽しみだぜ!」


 気配は四人。

 どうやらこちらには気が付いていないようだ。呑気に、エミリアたちの話をしている。


「……塞翁が馬。お手柄だよ、シン」

「…………つまり殺して良いんだな」

「殺気を一切発さずに、よくそんな声が出せるね……。でも我慢だ、彼らは見張り。大事(おおごと)にするのは良くない」


 そう言うってことは、敵は結構な大所帯なのか?

 見えないせいで、よく分からない。


 何故見えないのかと言えば、転がり落ちる時にお互いを抱き締め、そのままの姿勢で横になっているからだ。そのせいでオメガからは敵の配置やら状況が見えるが、俺からは見えない。


 オメガと頷き合って、俺たちはバレないようにゆっくりと立ち上がろうとするが、


「誰だっ!」

「「っ!!」」


 少し動いただけでバレそうになり、俺はピタリと動くことを止める。

 同時に、身体を起こそうと両手で俺の肩を掴んだまま、オメガも動きを止める。そのため、オメガは目を隠せていない。


「……こんな所に魔物がいるはずがない。まさか……」


 ガサガサという草をかき分ける音で、誰かがこちらに来ていることが分かった。

 オメガの目に焦りの色が浮かぶ。何かを必死に考えているようだったが、すぐ近くから草の音が聞こえた時、全てを諦めたのか目をギュッと閉じた。

 まずいまずい! 


「にゃ、にゃーん……にゃーんにゃーん」

「!?」


 猫!?

 トチ狂ったのか、オメガが突然猫の真似をした。無駄に……というか、もう感心するほど滅茶苦茶上手い。毎日練習してたんじゃないかってレベルだ。

 だけどそれは流石に無理なんじゃ……


「なんだ猫か。ったく、ビビったじゃねえかよ……」


 いけるんだ!?

 敵が無能なのか、オメガの鳴き真似が上手過ぎるのか。


「と、とにかく今のうちに逃げよう……」

「ああ……そうだね」

「あ、その必要はないかなぁ……うん」

「ベルフェさっ……──!」


 驚きに叫びそうになって、オメガに口を塞がれた。

 でも俺が驚いたのも仕方がない、視線の先に、斜面を恐々と降りるベルフェがいたのだから。


「幻術の応用で、今なら誰にも見つかりませんよ。まあ、近付かれたら流石にヤバイけど、普通こんな森に来ないんで大丈夫と思って良いはずです、はい」

「本当だ……誰もこっちを気にしてない」


 ベルフェが一歩進むたびにガサガサ草をかき分ける音がしているが、見張りの呑気な話声は聞こえたままだ。

 俺とオメガが立ち上がっても、見張りは俺たちに興味の欠片も示さなかった。

 どうやら、本当に気が付いていないらしい。


「んじゃ、作戦会議と行きますか……。目標はボスの命、できれば殲滅ってとこですかね?」

「ああ、それで良い、というかそれ以外にないだろうね。この人員の割き方から見るに、指令を下す人間はここにいると考えて間違いないだろう。君もそれで良いだろう?」

「え? あ、ああ……」


 幻術にこんな使い方があったことに驚く俺を尻目に、切り替えの早いオメガはベルフェと話を進めていく。

 オメガはもう、目を隠すことを諦めたようだ。

 ……いや、俺も切り替えていかなきゃな。今はどうやって襲撃するかの会議中、驚いている暇はない。


「ボスがいるなら、大事にして逃げられちゃ困るよな? となると奇襲して、すぐにボスを殺しにいかなきゃ駄目か?」

「もしくは暗殺、か……。まぁ、兎にも角にも、敵の情報を得る必要がある。少し待っていてくれ」


 そう言うとオメガは目を閉じ、手の平をそっと地面に当てた。『精霊の目』を持つ俺だからこそ見えるが、どうやら魔力の糸を地中に伸ばしているらしい。

 糸を作り出すだけでなく、それを敵に気が付かれないで網目のように広げる。考えたくもない緻密な魔力操作が必要なのは、言うまでもない。


「…………いた。ご丁寧に脇に半裸の奴隷を侍らせてるから一目で分かったよ。ふん、悪趣味だね。弱点は……そうだな、やはりあれか」

「どうだったんだ?」

「まぁなんだ。敵の司令官は一言で言えば好色男だね。半裸の女性を侍らせていたよ。それと、奇襲は無理かも知れない。あれがあった」

「あれ?」

「ゲートだと思いますよ……。高位の悪魔なら使えて当たり前の技術です。どこにいてもどんな状況でも、ゲートを通れば自分の住処に一瞬で転移できるんです」

「襲撃したら逃げられるってことか……」


 となると、やはり暗殺。逃げられる前に近付き、一撃で仕留める。

 もしくは、大規模魔術による殲滅か。


「気付かれずの侵入も諦めた方がいい。部屋の周囲を大勢に守らせている上、最低でも扉を三つは開ける必要がある。人が一人通れる穴もないよ。魔術も無理だ。建物を破壊している間に逃げられる」

「じゃあどうすれば……」

「…………一つ、あるにはある。馬鹿らしい、作戦と呼んで良いのかも分からないものだけど……」

「本当か!?」

「…………私は嫌なんだけど……」


 喜ぶ俺とは対象的に、ベルフェは露骨に嫌そうな顔をしている。

 そしてそれはまた、オメガも同じだった。目に嫌悪感が溢れている。


 オメガとベルフェが、俺の方を見た。

 未だに何の話か分かっていない、俺の方を。


「? 俺? えっ? というか、二人はなんの話をしてるの?」


 作戦を分からず、作戦の重要な役にさせられそうになっている。それだけは分かったから、俺は焦る。

 そんな俺の肩に、オメガがポンと手を置いて耳元に口を寄せて言うには、


「女性なら、潜入できるってことだよ」


 それを聞いた途端、俺の背中をいやーな冷たい汗が伝った。


次話は明日です

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